都会の汚れた水文学

ICOCAでと会計で言ってしまうのは西の名残りで、店員を混乱させるためにわざと言ってる訳ではない。結露のペットボトルに張り付く一本の髪の毛はわたしの傷んだもので、指で弄ぶと黒い線が有機的に動いて曇りを拭う。ちいさな水の粒を分断させる。

昨日の夜の電話、あなたは貴族だと言われた。性格のひん曲がった男友達はびしりとわらいながらいう。精巧な宝飾品を作る男。清純な契りを交わすための指輪は君の手で造られる。
力無きものの哀歌ですよ、男の体液にまみれ幸福を感じているばかり。なにも貴いことない。猫を飼ってる君の方が私にとっては貴族だよ。

仕事を終え、久しぶりに会った男のために濃い化粧をし、3時間で全てを落としてからまた片手間の化粧をし直す。しみのついたベットシーツは端が乾き始めている。男と私の肺に平等に湿った空気がまわる。駅までも送らない男はもう他人になりたがっている。
終電に間に合うように駆けて迷いただ情けなく焦る。ペットボトルを落として混ざる水には身体を重ねた他人の唾液が入っていたなと思わされる。詩的に言っても見苦しい姿だ。空車と書いてあるひかりと目が合う。暗くて見えない運転席は嘲笑っているように思える。
平静な都会人の顔をして乗る最後の電車、身体中の毛穴から真水のようなさらさらとしたぬるい汗が噴き出て、髪の毛をつたい、水色の上着を鼠色に変える。酒のにおいで蒸れた空気を、酔いしれてはしゃいでいるひと、うなだれて寝ているひと、悪口を言っているひと、みなで乗り合わせてまた肺の中でまわる。

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