くだらない嘘で自分の価値を損なってはいけない
研修医は2年間かけて、いろいろな診療科をローテートする。
大体が、1つの科に1−2ヶ月ほど在籍して、その科の基本的な診療や、救急対応、簡単な処置の方法などを学ぶ。
僕がたまに顔を出している外勤先の一つでは、循環器は必修の科目であるため研修医の全員が回ることになっている。
最近、循環器に回ってきた研修医はやたらと口を揃えて、
「将来は循環器考えてます!」「内科系に進む予定です!」
と言うらしい。
「おお、そうなんだ、いいね!ぜひ学んでいってね。」
となるのだが、どうもそんなに興味があるようには見えない。
部長が「手術に入る?」と聞いても、「あ、いや、大丈夫です。」と断ったり、救急対応の手伝いを頼もうとすると、もうすでにいなくなっていたりする。
特段やる気がない、というわけでもないが「将来この科に進みたい!」というほどのエネルギーは感じない。
しかも現在の医者の進路は、どちらかといえば、忙しい内科系よりも、皮膚科や眼科、精神科など、緊急対応が少なく給料も高い、ライフワークバランスの良い科が人気である。
はて…これはどういうことだろう。
最近仲良くなった他の研修医から、その真相を聞くことができた。
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そういうことか。まあこれは正直わからんでもない。
確かに「循環器に進みたいです!」と言われると、「おぉ、そうかそうか!循環器志望か!先生、いいね!」とやる気を出す上司が多いことは事実である。
言ってしまえば、就職活動の面接でいろいろな会社を受けるたびに
「御社が第一志望です!」
というのと原理的には一緒だろう。
ただ、これは就職活動の面接という「たった数分間しかない時間で自分をアピールするための戦略」である。
就活のような大きなセレクションをクリアしなくてはいけないシチュエーションであれば、確かに脳死で「第一志望です!」というのは、ある意味マナーとも言えるだろう。
ただ、研修医は、すでに就活を終えた状態である。
というか、就活を終えて、もう社会人として共に働く同僚である。
そんな気遣いは果たしてまだ必要なんだろうか…?
「まあでも、研修医なりの気遣いかな…時代の影響もあるし…」
なんて、考えていた。
僕はその後に、研修医から発せられる言葉に心底驚いてしまった。
思わず、「それ、マジ?」と聞き返してしまった。
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僕らの時代は、自分の志望科が決まれば、それが現在回っている科と例え違っていたとしても、普通に上司に伝えている人が多かった。
上司からしてみれば、「あぁ、あの外科志望の〇〇君ね。」「先生は呼吸器内科志望だよね、ちょっとこれ教えてくれない?」といった具合に、個性や特徴の一つとして、把握されていた。
将来の志望科が異なるからといって、そこに特段の差別はなかった。
確かに、志望科が決まっていない時期なんかは、あまり興味がなくても「この科も考えてはいます!」と言って回ることはあった。
「将来進むかもしれない。」と伝えることで、積極的に教えてもらえるし、やらせてもらう処置が増える。そうすれば、興味が出て実際に進路になる可能性もあるからだ。
ただ、上司への配慮のだったり、その場をやり過ごすために事実と異なることを言おうという感覚はなかった。
ましてや、
「そう言った方が、怒られにくいから。」
という理由で、立ち振る舞うということは正直言って、考えられない。
僕自身、研修医時代にとても感慨深い思い出がある。
整形外科を回った時のことだ。
僕は根っからの内科系志望で、特に心臓が大好きだったので割と早い段階で「循環器内科一本」と決めていた。
そして正直言って、整形外科は全く興味がなかった。
そのローテート初日のことである。
整形の先生方の全員の前で簡単な自己紹介と挨拶したところ、コワモテの先生から、食い気味に質問が飛んできた。
「で、Jay先生は、整形外科興味あるの?」
初めて話す先生でもあり、怖そうな先生だ。
これは…どう答えるのが良いか…
一瞬動揺した。
ただ、正直言って、研修医生活も佳境であり、卒後の進路だってほぼ固まっている。
不要な嘘や曖昧な返事はかえって失礼だ。思い切ってこう答えた。
その時は、
「ふーん。そう。」
とだけ、言われて無事お咎めなく終了した。
その後は、思いのほか、コワモテ先生に意外と色々な手技をやらせてもらえた。
手術も「予習してきたら入っていいよ。」と言われ、大変ありがたいことに執刀までさせていただいた。
手術に入ると、怒られることも多かったが、その分、反省会と称した飲み会もたくさん開いていただいた。
研修医卒業の時は、「お前おもろかったから、最後に派手に行くか!」
とコワモテ先生から特別に呼び出されて、全く整形外科に進まないにも関わらず、ど派手な送別会まで開いてもらった。
「進路は違えど、まあなんかやる気はあった奴」
このレッテルを貼ってもらうことができ、自分の中でもとても良い思い出になっている。
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お恥ずかしいことに、これは、僕が特別頑張ったから、優秀だったから、とかそういうことは一切ない。
オペ室では「おまえ縫合遅いわ。」「クーパー(ハサミ)も上手に使えねぇのか。」とたくさん怒られた。
慣れない外科系で手際は相当悪かったし、整形の知識もほとんどなかったため、周りと比べても普通に不出来な方であったと思う。
ただ、ここで唯一良かったことは、「一人の大人」として、自分のスタンスと気持ちを正直に上司たちに伝えたことである。
コワモテ先生が良い上司であったことも幸いであった。
上司に「あなたとは違う道に進みます。」と、正直に伝えることで、自分に不利益があるかもしれない。
それでもバレるかもしれない嘘をつくよりはマシである。
「志望科です。」と心にもないことを言った上で、サボるというのは最悪である。
もし勢いで言ってしまったのであれば、最低限の努力の姿勢は見せる必要がある。
確かにそこには上司と部下という関係がある。
ただ一方で、互いに成人した大人の男同士でもある。
僕らは、もう子供ではない。親や先生の顔色を伺って”怒られないように”振る舞うことから、卒業しなくてはいけない。
僕が尊敬している田端信太郎さんの著書にも素敵な言葉がある
ここには、田端さんがご自身の息子さんに語りかける形で具体的なエピソードが書かれている。
息子に向けた語り口であるから、「正直であることの美徳」についての話が中心になるかと思いきや、さすが田端さんである。
その後の内容は是非著書を手に取って読んでほしい。
それらを証明する具体的なエピソードとビジネスのプロとしての素晴らしい姿勢や考え方が詳細に描かれている。
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研修医生活は2年間、そのうちのせいぜい1、2ヶ月を共にするだけの上司である。
多忙すぎる環境の中で、関係性は希薄なままで終わることも多いだろう。僕も大半の上司はそれなりの関係性でローテートを終えている。
ただ、自分の志望や考え方と関係なく、一人の大人としてスタンスをしっかり示すことができた整形外科の上司とは思いの外、強い信頼関係を持って過ごすことができた。
今となっては整形外科で習った手術の基本が、意外と現在の診療でも活きており、「人生何が役に立つかわからんものだな〜。」と感じている。
30代の僕はまだまだこれから色々な人に物事を教わる必要がある。
くだらない嘘で、自分の価値を損なってしまわないよう、今一度自戒を込めて、書いてみた次第である。
ここまで読んでくださってありがとうございます!!
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一緒に皆さんと成長していきたいと思っています。よろしくお願いします。