【第1回】資本論をカンタンに!
この本を読み進める途中、私は自分の未来がたまらなく不安になった
搾取され続ける私たち労働者は、この先どう生きればよいのか?
こう思わせた本こそ、マルクスの「資本論」である。途中で私は途方もない無力感と不安、働くことの無意味さを感じるようになった。しかし読み進めるにつれ、その不安は消えていった。
つまり「資本論」は呪いの書ではなく、理解のしようによっては我々に生きる指標を示唆してくれる福音書である。いきなり搾取などと聞いて早くも不安を抱いた皆様にも、「この先も頑張ろう」と思ってもらえるよう、資本論をわかりやすく解説したいと思う。はじめに、コンテンツ内容を以下に示す。
第1章 富の根源と本質的価値
1節 富の根源とは
資本論ではお金や資本家と労働者を論ずる前に、まず「富とはなにか?」という根源的疑問の分析から始まっている。資本主義といえばお金の流れをイメージする人も多いが、資本論は商品を富の根源として話を展開する。
お金はただの便利道具であり、本当の富は商品とサービスの集まりである!
資本主義と聞いてイメージするものは、次のようなものであろう
お金(紙幣、銀行、金融、自由、富豪)
商売(経済、景気、物価、生活水準、競争など)
労働(給料、労働環境、春闘、賃金など)
これらのうち、資本主義を支配する富は一番上のお金と考えがちだが、マルクスは「商品」を資本の根源としている。
なぜお金ではないのか?というのも無理はない。私たちは「お金のある生活」に慣れきってしまっているからである。太古の人類になりきって考えてみよう。我々の先祖は昔からお金を経済の中心として生活していただろうか?答えはNoである。そう、古代人類はバーター(物々交換)が中心の生活を送っていた。
その古代から現代にいたるまで、お金が何のために生み出され、現在の貨幣制度に至るのかは、以下のページに分かりやすく解説されている。
まとめると、「富とはお金」と定義してしまった場合、「古代の物々交換はどうなのか?」や、「では現代の土地や美術品、米、株式などは富ではないのか?」という疑問が噴出し、矛盾が生じる。この理由から、資本主義においての富とは「商品・サービスの集まり」と定義され、お金は「物々交換を円滑に行う道具」と理解できる。
では富の正体である「商品」とは何か?ずばり商品とは「手に入れると、我々のニーズを満たすことができるモノ」と言える。つまり資本主義では、他人のニーズを満たすものを生産、提供し続ければ自らの富を蓄えることが出来る。これを最もシンプルに表した物語が、「わらしべ長者」だろう。
もっとも、わらしべ長者の若者は祈りをささげたお寺の「観音様」のお告げを基に行動しただけであり、巧みに相手のニーズを読み取って商品を用意したわけではないが...ニーズを満たす作業が富を増大させるという良い例である。
本日は初回なのでこの辺りで留め、要点をまとめておこう
【まとめ】
資本主義社会において富の本質は「商品・サービスの集まり」
お金は商品の交換を円滑に行うための道具
相手のニーズを満たすモノを提供することが、富を増大させる
次回からも、資本論について詳しく解説していこうと思う。次回は「商品」の価値の決まり方である。でまはた!(2024/5/20あんぱん)
【参考文献】
Teamバンミカス、「まんがで読破 資本論」、Teamバンミカス合同会社、2008年
許成準、「超訳 資本論」、彩図社、2015年
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