コトヴィア〜いつかあのウィナーズサークルで〜5
「もしもし。おー、今ゴール前にきたで」
「俺ももうゴール前におるで」
「えっ?どこや?」
「ほんまにゴール板の近くやで」
「あっ、おったおった!」
「ん?どこや?」
「右斜め前、見てみー」
「おー!見えた見えた!」
LINEの通話を切る。スマホでのやり取りはほぼ毎週しているが、面と向かって会うのは実に15年振りくらいだ。
「真平、久しぶりやな!」
「おー!スーツ着て気合入ってるな!」
顔は少し赤みを帯びていてほろ酔い気分のようだ。そんな真平は半袖のシャツとハーフパンツにサンダルというかなりラフな格好。
「今日はその格好が羨ましいわ」
「天気予報で今日は暑いって言うてたからな。ほんで俺はウィナーズサークルに入らんしな。外から口取りの写真取るで。コトヴィア1番人気やん!スゴイな!」
「今日は滅多にないチャンスやと自分でも思うわ!で、馬券の方はどう?」
「とりあえず1レースは東京と函館も買ったけど全部ハズレた。既にマイナス1万や。ほんでこのレースは3連複コトヴィアを軸に買ったで!3着以内は固いやろ!これでちょっと取り返せるはずや!」
そう言ってポケットから馬券を出す。15番コトヴィアを軸に相手は5頭。コトヴィアが3着以内に入り、かつ相手に選んだ5頭の中から2頭が3着以内に入れば的中だ。1着にならなければ私は口取りに参加出来ないが真平の馬券はコトヴィアが勝たなくても当たる可能性がある。競馬の楽しみ方はそれぞれにあるのだ。
発走時刻5分前、今度は妻から電話がくる。
「今向かってるよー。もうすぐゴール前の付近やけど」
「もうゴール前におるで。あーこっちこっち!」
妻と娘が歩いてるのが見えたので手を振る。こちらはいつも一緒にいるのですぐに見つける事が出来る。
「なんとか間に合った。あっ、はじめまして、妻の◯◯です。はい、あいさつは?」
娘に挨拶を促す。
「コンニチハ」
「はじめまして!同級生の森村です。こんにちは!ちゃんと挨拶出来てかしこいな!なんさいですか?」
「4しゃい」
「4歳かー!知らん間に結婚して子供も出来て、ほんで一口馬主になって···会わん間に随分環境が変わったな」
「そら10年も経ったら色々変わるで。でもお互い馬好きなのは変わってなかったからまたこうやって再会できたな」
40手前のおじさん2人が競馬場で感慨に浸る。
「もう1回滑り台にいきたいー!」
娘が不服そうに言う
「ええよー!お父さんの馬のレースが終わったらまた行こう。今度はお父さんも滑り台しようかなあ!」
「おいおいスーツ着て滑り台かよ!笑えるな」
そんな雑談をしていると第2レースの馬券の発売を締め切ったというアナウンスが流れる。
「さあ!いよいよやな!」
真平が言う。
「お父さんの馬応援しようね」
妻は娘に語りかける。
自分が走る訳ではないが緊張する。
しばらくすると場内が一瞬静寂に包まれると同時に2コーナーのスタート地点でスターターが台に上がり赤い旗を振る。その合図の後ファンファーレが鳴り各馬が順番にゲートに入っていく。
勝てばあのウィナーズサークルで···そう考えると胸の鼓動が高鳴ってくる。
そしてコトヴィアもゲートに入り全馬がゲート入り。
(がんばれ!)
そう願いながら両手を前に合わせて祈りのポーズを作ってた。
続く