タコ部屋に送られた(?)時のこと

高校の卒業式の何日前であったろうか。

国立大学前期日程の不合格が決まり、確かその2日後くらいに実際に進学した学校の合格通知が届いた。後期日程を受けるか少し考えたが、後期に出願していた大学の所在地には学生が稼げるバイト先はなさそうだ、と勝手に思って、受けないことにした。もう勉強する気も残っていなかった。

進学先が決まった私に母は、地元のアルバイト情報誌を見せてきた。その情報誌には、県外の求人も少しは載っていたのであった。

母が見せてきたページには、学生が住み込みで働ける(逆に言うと、住み込み以外禁止の)求人が載っていた。そして母は「あんたここで働きなさい」と言ってきた。正直、住み込みは嫌だったが、アパートを借りるお金もない私にはそこしかないと思った。

自分で電話をかけた、というか、かけさせられた。事務所の人が、私の進学先を調べて配属先を決めた。何回か電話のやり取りをして、「むこうの所長さんが、なるべく早く来てほしいって」

そう言われたのは、卒業式の2日3日くらい前であったと思う。飛行機の手配とかで、卒業式の一週間後に移動することになった。 

本当は、修了式まで地元にいたかった。大好きだった先生の退任挨拶を見届けたかった。それは叶わず、感傷に浸る間もなく、引越しの準備をせねばならなかった。

母は私に、いつもの般若の顔で、「あんたの荷物、一切合切、何一つ残らず持ってけ!」と言って私に荷造りさせた。自分の娘をやっと追い出せるとでも言いたげであった。

  実家(と言いたくないが、便宜上そう呼ぶしかない)を叩き出されるようにしてタコ部屋に着くと、3時間ぶっ続けの説教という、手荒い歓迎を受けた。そして数日後、私の荷物が届いて、また所長から「なんだこの荷物は、学生にはこんな荷物は必要ないんだ」と怒られたのであった。

私は心の中で「私の荷物が多いのはわたしのせいじゃないんです、ごめんなさい」と唱えた。



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