478人の重み

 ジャニーズ事務所が2度目の記者会見を開き、その報道が始まっている。

  会見冒頭部分で、井ノ原快彦氏が、「被害者に対する誹謗中傷をやめてほしい」と訴えた。SNSや投稿サイトは、被害者に対する大量の誹謗中傷で溢れている。被害者にとっては「二次被害」で、性的加害事件で、被害を受けながら言い出せない社会環境を作っている。

 この問題に触れるのは避けてきたが、私の関心は2点に絞られる。

① 長期にわたる子どもへの性的虐待という、重大な人権侵害の犯罪を、日本社会はどのように受け止め、その根絶のために、何をするのかという問題。

〜 加害者が既に物故している、被害者が名乗り出るのを困難にする社会環境があるなどの大きな制約と障害があるとしても、犯罪と被害の事実は消えない。

② 長期にわたる犯罪を、報道しなかった、日本のマスコミの対応と今後。

〜 ハリウッドの有力プロデューサーによる性的虐待問題を暴いたニューヨーク・タイムズ記者の調査報道は、「SHE SAID (邦訳「その名をあばけ」2020年新潮社)」で読むことができる。
〜 被害を名乗り出た女性のためらいと痛苦と葛藤、そしてその後の苦難など、遠い昔の、物的証拠も乏しい、極めて難しい事件を、長期の調査報道で追っていく。加害者側には有名弁護士が何人も付き、秘密保持条項の付いた示談で被害者の声を封じ、事件を闇に葬っていく米国社会の問題にも迫る。残念ながら、日本の報道(あるいは非報道)と対照的だ。

478と325

 会見では、「連絡」のあった人が現時点で「478人」、内補償を求めているのが「325人」と公表された。実際の被害者数は、多分この数には収まらないだろう。被害を申し出るのには勇気がいるし、社会には申し出たことが明らかになると、被害を上回る苦難が待ち構えているからだ。

 被害者には70代の男性もいるが、勇気を持って名乗り出た被害者の多くが、中年になっている。テレビに映る被害者が「老けて」見えるのは、被害の後遺症に苦しんできた年月がいかに長かったかを示すものであり、ほとんどの被害者が主に小中学生=子どもの時に受けた被害であることを、決して忘れてはならない。

政府の反応

 この問題に、政府はどのように反応してきたのだろう?

 岸田総理は、6月12日の国会で政府の見解を問われると、「ジャニーズ事務所問題について『関係政府省会議』を立ち上げる」と答えた。

 開催された会議で、被害を申し出た人へのヒアリングすら行なっていないことが判明すると、小倉将信・子ども政策担当大臣は7月14日の会見で、「特定の事業者における事案について、政府として対応するために会議を開催しているわけではない」と釈明した。まあ、この程度の役所であり、大臣だ。

 国連人権理事会は人権専門家を派遣し、日本の人権問題を、12日間にわたり幅広く調査した。故・ジャニー喜多川氏の性的虐待の被害者にもヒアリングを行なっている。

 同委員会は、「政府に透明な捜査の確保と被害者の救済が必要」と指摘したが、松野博一・官房長官は8月7日の会見で、「個別の被害は事案ごとに裁判などで判断され、個別事業者における事案は事業者で適切に対応されるべきものだ」とし、関係者を調査するつもりはないとした。さらに国連の指摘は「法的拘束力を持つものではない」と突っぱねた。(「」内は、東京新聞8月7日紙面から引用)

 最高裁判所の判決も報道すらされず、何も起きずに放置され、結果被害拡大に歯止めがかからなかったことを持ち出すまでもないが、人権侵害問題には、もっと毅然とした態度を、明確に示すべきではないのだろうか?

 人権問題では、日本の国際的評価は、極めて低い。「人権意識が低い国」と言われるのは、巡り巡って国民になる。

「478」より「325」・・・いや「44」でしょ?

 会見を踏まえた報道は、人権侵害の真相と深層に焦点を当てるものと思っていたが、微妙に違った。

視聴率の高いNHK午後7時のニュースで、冒頭トップ・ニュース上位6本のうち、

  • 1位はジャニース事務所会見で、「社名変更し廃業」、「新会社設立、社名はファン公募」、「救済申し出325人」など、会見の要約版のような、総花的な内容だった。新社名のファン公募への反応を聞く街頭インタビューには、呆れた。

  • 3位は、四谷大塚進学塾の講師による強制わいせつ事件で、共犯の同僚講師が逮捕された。SNSにチャットグループを作り、「よりリアルに感じてもらうために」、被害者の小学生の氏名や住所などの個人情報を投稿していたという。とんでもない、悪質極まる事件だ。

  • 6位は、特別養護老人ホームでの入所者への人権侵害事件だった。

 NHKの看板ニュース番組のトップ6のうち3つが人権に関わる問題で、1件目の(子ども時代の)被害者は推定478人以上、2件目の被害者は7歳の小学生、3件目は高齢者だ。子ども家庭庁も、内閣も、やはり、「個別の事案には答えない」のか?

 2位は、大谷選手のホームラン王獲得のニュースだった。新聞は号外を出した 〜 「号外!44本!大谷選手がホームラン王に!」 〜「暗い時には、明るいニュース」のバランス感覚=見識だ。大谷選手は好きだし、出場試合のテレビ放送はいつも見ていた。でも、478の後では44もあまり喜べなかった。

(了)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?