「仕事普段着」に見るお国柄

 アメリカの企業は、「オフサイト・ミーティング」が好きだ。会社以外の場所で開く会議で、研修を目的とすることが多い。国土が広く、参加者の出身地も様々だから、たまには本社以外の場所を選ぶという公平性か、気分を変えるとより良い考えが浮かぶという期待の表れか? 場所が風光明媚な観光地だったりすると、参加者の期待は膨らむが、建前上「遊び」ではない。

 会議案内の隅に、たいてい「ドレス・コード」が書いてある。会議中何を着るかを指示する「服装規程」だが、「ビジネス・カジュアル」と言う指定が多い。

 これは、「あくまでも仕事なんだぞ」と釘を刺しているのか=ビジネス、「まあ、堅苦しくない楽な服装でいいよ」=カジュアルと言っているのか、はっきりしない。「仕事着」?「普段着」?「仕事普段着」!慣れない頃は、困った。

 規定は3段階あり、一番厳しいのが「ビジネス」で、男性なら背広にネクタイ。窮屈だが、悩みがない。一番緩いのは「カジュアル」で、普段着と聞けば「遊び」感が高まる。ただ、それなりの悩みもあるし、滅多に指定されない。「ビジネス・カジュアル」はその中間だが、解釈の幅が広く、特に日本人は悩む。

 会議が始まると、参加者の服装はまちまちで、「解釈」の幅が広く、お国柄が透けて見える。男性を中心に、主観的観察の一端をご紹介すると;

イギリス人とニュージーランド人

 地味なスラックスに襟付きシャツ。黒い革靴だが、紐のないスリッポン。さすがに大英帝国の末裔か、身だしなみにこれと言った乱れがない。結構古びていることが多いのは、物を大切にしている証し。ネクタイを締めれば、「ビジネス」でも何とか通用しそう。

 アメリカ生まれでイギリス人男性と結婚し、ロンドンで暮らしているジェーン・ウォームズレーさんは、こう言うことに詳しい。ちょっと古いが多くは今も通用することが多い著書「イギリス的生活とアメリカ的生活」(1995年 河出書房新社)によれば;

(アメリカのイギリス人男性のいでたちについて) ”・・・旅行のための服など買わないし、持ってきたものも気候への配慮などなし・・・「無駄さ。たった1、2週間のことだ」。「これで充分」と着用しているのは古くなったビジネス・スーツのズボンにエアテックスの半袖シャツ。シャツの地はクリーム色(純白はどぎつくて嫌い)だから、強い日差しの下では薄汚れて見える。”

出典:ジェーン・ウォームズレー「イギリス的生活とアメリカ的生活」(1995年 河出書房新社)

 ニュージーランド人は、隣のオーストラリアに対抗意識があるわけではないだろうが、コーヒーより紅茶の生活習慣含め(若い人はコーヒー?)、イギリスにより近い。ちょっと違うのは、着ているものが、イギリス人より新しそうで、パリッとしている。

オーストラリア人

 この発言でオーストラリアに入国拒否されたら困るが、限られた経験では、男性は圧倒的にジャージーの上下。カジュアルを超え、ラフに近い。そのままベットに入れそう。着ている本人が伸び伸びできるので、会議では、周囲に縛られない「自由で大胆」な発言が多く、会議主催者にとっては、意義ある服装かもしれない。

 女性にもジャージーの参加者がいるが、上下で変化をつけていることが多い。仲の良かった女性はちょっとワイルドで、つまらない講演だと、振り返ってあかんべーをして笑わせる。結構おしゃれで、上は素材と色の違うスウェットに毎日違ったワンポイントのブローチをつけていた。でも、足元を見ると、ほとんど裸足はだしのことが多かった。発言もワイルドだった。家を離れれば、厳しい自然が待っている広い国土で生活しているから?

アメリカ人

 男女とも、Tシャツにジーンズが主流。さすがにTシャツ&ジーンズ王国らしく、バリエーションが多彩。暑いところでは、短パン派もいる。太陽が眩しくなくても、サングラスは必需品。発言も行動も自由で、集合時間に遅れる以外は、協調的。本社の会議では、スーツをパリッと着こなしていたのとは対照的だ。

 ウォームズレー女史の本では、「海外でのアメリカ人のスタイルは、大抵次のどちらかーーピシッと決めるかカジュアルか」

日本人と韓国人

 ゴルフ・ウェア。

 家計の事情か生活習慣か、ビジネス・スーツとパジャマ以外の中間=普段に着る服は、あまり持っていなかった。Tシャツとジーンズに、昔よく着たが小さくなりかけている「普段着」が少々あるくらいだ。「ビジネス・カジュアル」なんて、どっちつかずの服装は初めての経験だ。

 ここは「専門家」に聞こうと、デパートへ。紳士服売り場の男性店員に事情を説明すると「まー、ゴルフウェアが無難ですね。5階です」と素っ気ないので、別の売り場の女性店員に相談すると、「やはりコーディネーションが大切ですね」と親切なのだが、シャツにスラックス、さらにスカーフなんか合わせて「お似合いですよ」なんて言う。1週間分揃えると、新しい冷蔵庫が買えそうなので、やめた。

 結局、それほどラフに見えない「普段着」をかき集めて持って行った。

 日本人と韓国人は、集合時間の前には、廊下に必ず集まっている。「天気良くて良かったね!」なんて通りすがりに素振りの真似をしながら声をかけてくる宿泊客もいるが、研修は室内でやるし、アメリカ企業は、研修の後、ゴルフをしない。

アジアの参加者

インドから参加した女性は、サリー姿。他の女性参加者が周りに集まり、「私も着てみたい!」とうっとり。懇親会で、ワイルドな台湾女性参加者に何度も乾杯かんぺーを強いられ、床に座り込み、介抱された。聞くと、家の外で飲むのも、お酒を飲むのも初めてだったそうだ。帰りのタクシーに財布を入れたバッグを忘れたことに気づき、さらに青くなっていたが、1時間もしないうちに、気がついた運転手が届けてくれると、「こんなことはインドでは絶対起きない」と感激していた。今は米国で数学を教えているが、サリー姿だ。そう言えば、本社の研究所で会ったインド人女性は、数学が専門で、サリー姿で登場した。汎用服?

インドネシアマレーシアからの男性参加者は、バティックのシャツ。アメリカの男性参加者が、「いいねー、記念に僕のTシャツと交換しない?」どうも、アロハシャツと勘違いしているフシがある。バティックは〜アロハもそうだが〜普段用と正装用があり、夜は正装用に着替える。

ベトナムから来た女性参加者は、パリッと洗濯が効いた半袖の上着に、地味だが品のあるブラウスとスラックス姿で会議に参加した。色はカーキで、どうも軍装品(軍服)を仕立て直したように見える。以前ハノイで、軍帽・軍服姿の男性が道を行き交うのを見かけた。軍人ではない。ガイドに聞くと、元軍人が支給品をそのまま使っていたり、若い民間人が、仕立て直して着ていることもあると聞いた。それかもしれない。彼女は、元北ベトナム政府の情報部門で働いていたそうだ。夜は、落ち着いた色彩のアオザイ姿で現れ、参加者からため息が漏れた。

 この他、中南米、ヨーロッパ、アジアからの参加者もいて、それぞれの「ビジネス・カジュアル」のお国柄を偲ばせたが、文章が多くなったので、いつか別の機会で紹介したい。

(了)

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