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万博の思い出

今日は高校の同窓会の日だ。
実に、20年ぶりになるのか。
これまで同窓会などには興味もなく、高校の同期の集まりにはまったく顔を出さなかったのだが、今回は恩師の芳村先生が声をかけてくれたので乗り気ではなかったが、どうしても、というので出ることにした。
実はとある事件を起こし卒業間近に退学処分を食らったこともあって、当時のことをあまり思い出したくない、という気持ちもあったのだ。
ただ、その時には芳村先生にはかなり世話になった。
退学後の仕事の斡旋もしてくれて、今の俺がある。

俺ももう、38歳。
ひと昔の表現で言えば、アラフォーていうやつや。
比較的遅かったが、結婚もして子どもも二人いる。
今までは生きるのに必死で、嫁さん子どもが出来てからはほんと死に物狂いで働いてきたが、ようやく落ち着いて日々を過ごせるようになった今、少しだけ、昔の思い出にも浸ってみたい。
そんな淡い期待もあった。

今日は早めに仕事を切り上げて、同窓会に向かうつもりが、思わぬトラブルに見舞われ、このままだと少し遅れそうな感じになった。
まぁ仕事と言っても、2040年を過ぎたあたりから人工知能AIのシンギュラリティが起こり、事務的な仕事に関してはほぼ全てAIに任せた方が「早くて正確で安い」こともあり、人類ができることはほぼなくなってしまったのだが、やはり人と人との交わりにおいては、昔と何ら変わりはない。
取引先に行って、頭を下げる仕事はAIにはできない。
それも「今の時点で」やけどな。

名菓「月和尚」の効果もあって取引先にも許してもらい、大阪メトロに乗って同窓会が行われている「鯛正格」へ向かった。すでに開始時間の19時を過ぎている。
店に入ると、もう同窓会は始まっていた。

「おー、片野!お前、片野やろ?
 面影あるぅー!!
 でも、てっぺんの方はかなりきとるのぅ。」

でっかい声でしゃべりかけてきたのは・・比良方か。

「20年経ってもぴっちり眉毛は変わらんね。
 片野くん。こっち空いてるよ。」

艶のある声で席を促してくれたのは・・
井桁さんか。
高校の時からさすがに時間の経過は感じさせるが、当時と同じで、優しくてべっぴんさんだ。

「おーおー、片野、おっそいのー!
 ってかお前ほんまノリわるかったよなぁ。
 長いこと顔も見せんとよぉ!」
「ほんまワレ、どのツラ下げてきたんじゃ!
 って怒ってもしゃーないな!
 冗談冗談、はよ座れ!」

20年経ってもヤカラを隠さんこの感じ・・、
矢尾と岸輪田のコンビか。
なんでか二人ともすでに頭にネクタイを巻いている。
他にも大坂、酒井、仙南、河岸原、箕尾・・
まぁ卒業してもう20年経ってるから、
正直記憶にない奴もおる。
全員はわからんけど、変わらん奴もおるなぁ。
懐かしさがこみあげてきた。

促された席に座ると、とりあえずのビールが届いて、
一人で飲もうかどうしよかと思てたら、
大坂が不意に、

「じゃあ片野もきたことやし、もう一回やな。
 皆の再会を祝して、乾杯!!」

と音頭を取ってくれた。
当時は確か、クラスの委員長やったはず。
さすがは大坂。
委員長のおかげで、気持ちよく今日の一杯を頂くことができた。

「ほんまに卒業してから20年かぁ。
 長いようであっちゅう間やったなぁ!
 もう、2056年やしな!ガハハハ!」
「比良方よ、もう酔っぱらってんのか?
 そうや、今は2056年や。
 21世紀も半分以上過ぎたな。」
「大坂はほんまクールやのぅ。ええやないか。
 これまで無事に生きてこれたんやから。
 そやのぉ?片野。
 お前、これまでどうしてたんや?」

美味しくビールを頂いているときに、不意に矢尾に話を振られたので、返答に困ってしまった。
 
「もぅ、比良方くん、片野くんがむせてるやないの。
 飲んでるときに話しかけたらあかんで。」

井桁さんがさりげなくフォローしてくれた。

「うーん、この20年かぁ。
 まぁ、いろいろあったなぁ。
 ちょっと会社でやらかしてもて、降格なったり
 したけど、今は何とかやれてるで。
 奥さんと子どももおるしな。」
「ほうかー!そらよかったなぁ!
 大事にしたりやー!!
 じゃあ、もう一杯や、乾杯!!」

比良方はちょっと強引なとこもあるが、こういうのに不慣れな俺に気を使ってくれてるんやなと感じた。

「なぁなぁそういや、あれよあれ。
 小学校の時にさー、
 なんか目玉ようさんあるバケモンみたいな
 キャラクターおらんかったっけ?」
「バケモンいうな、ミャクミャクさんや!」
「大坂、お前なんで『さん』付けしとるねん。
 それや、ミャクミャクや。」
「あー、ミャクミャクさんやね。
 キモカワ言われてたやつ!」
「なんや井桁さんまで『さん』付けしてるやん。
 そうそうキモっ!って言われてたやつ。
 でもインパクトあったよなぁ。
 今でも覚えとるもんなぁ。」

ミャクミャク?
なんやミャクミャクって。
しらんぞそんなキャラクター。
キモっ!って。なんか痛い。
なんかわからんけど、自分に言われてるんやないのに、そんな風に感じてしまって心が痛くなってきた。

「そういや、俺らが小学校1,2年生くらいのとき
 の記憶あるから何年前や・・
 今2056年やから・・」
「比良方、2025年の万博やから、31年前や。」
「ほら、大坂ちゃんはすぐ先に答えゆっちゃう
 んだからぁ。いぢわるやのぅ。
 比良方、お前、パーやな!って言われ続けて
 略してあだ名がひらぱー!
 な俺にも計算させてーちょうだい!!
 そうか、もう30年以上前なんか、あの万博は。」

ば、万博やと?


何の話や。
万博て、あの吹田にある公園で昔あったイベントのことやろ。
俺のばあちゃんが子どもの時行ったとかいう話しとったから、ええっと、少なくとも今から80年以上前のことやぞ。
こいつら、何言うてんねん。
いや、待てよ。
ただ、なんか引っかかるぞ。
ミャクミャクって、なんか聞いたことある。
でも・・思い出されへん。

ミャクミャク、キモい。
ミャクミャク、キモカワっ!
ミャクミャク、万博。
ミャクミャク、いのち輝く!
ミャクミャク・・

ヒッ!!

「片野くん、大丈夫?
 なんか顔色悪いで?
 急に飲みすぎたんちゃう?
 お水いる?」

井桁さんが心配して声をかけてくれた。
そんなにひどい顔してたのか。

「おお、片野どないしてん急に。
 お前もあのミャクミャクさん思い出して、
 あまりのインパクトにキモっ!
 ってなってもーたんか」

比良方よ、そのキモいってやめてくれ。
地味に効く。
なんで効くんかはわからんけども。

「比良方、何回もキモいて言うな。
 ミャクミャクさんはな、神様やぞ。
 その証拠にな、お前も知らんうちに、
 『さん』付けしとるぞ。」
「うわっ、ほんまや。。
 ミャクミャクさん恐るべしや。」

ミャクミャクさんなる、キモカワやら神様やらなんかわからんものの話がおわったところで、今まで大人しく座ってお酒を飲んでいた仙南くんも会話に参加してきた。

「それにしても、僕も今でも覚えてるわ、
 遠足で行った万博。
 きれいやったわぁ、何館かどうかはもう忘れて
 もたけど、全面ガラス張りでキラキラした建物は
 よう覚えてるわぁ。

 他にも、西陣織使った綺麗な建物とか。


 他にも変わったデザインの建物がいっぱい
 あったなぁ。」
「おー、仙南、そうやな。
 クソでっかい輪っかもあったなぁ。」
「比良方、それ、大屋根のリング、な。
 木でできたやつや。」

「大坂、それやそれ!
 でーっかいリングや!
 それだけでも行ったかいあったと思うわー。
 今まで見たことないデッカいもんやったからなぁ。
 子どもながらによう覚えてるわ。
 まぁ、あれみて俺もオヤジの跡継いで
 土建屋になったんやけどな!」
「で、今作ってるんが一戸建てかい。」
「なんやこら、大坂。
 ワレぇ断熱材の中に埋め込んだろかコラ!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。
 僕、昔から絵ぇ描くのん好きやってん。
 で、僕もあんなきれいな建物みてからぼんやりと、
 大きなったらこんな建物、建てたいなぁて、
 思うようになったんよね。」
「あぁ、それで!
 仙南くん、設計士さんになったんやね!」
「そやねん、井桁さん。
 木のリングは大き過ぎて無理やけど、
 今の技術からしたら大概の建物は、
 3Dプリンターで作れたりもするんやけど、
 あの時代でようあんだけのもん、手作りで
 建てられたなって思うわ。
 当時の職人の人らはがんばらはったと思う。」

仙南くんも活き活きとして、当時の思い出を語っている。
それにしても、や。
さっきから、比良方も大坂も井桁さんも仙南くんも、
「いつの万博」の話をしているんや?
ガラス張りの建物?着物みたいな建物?
木でできたクソデカいリング?
まったく記憶にない。
30年以上も前やから、忘れてしまったんか。
でも、ミャクミャクさんだけは覚えてる。
なんでや。
なんで俺だけミャクミャクさん以外の記憶がないんや。。
俺も大阪府民やったぞ・・。

「なぁ片野、お前も何か覚えてるやろ?
 あの万博の思い出を。
 確か、大阪府の子どもは
 無料で行けたはずやぞ?
 人間洗濯機とか空飛ぶクル・・」
「おい、比良方。そこまでにしとけ。
 片野、大丈夫か。無理せんでええから、
 しんどかったらもうお開きにするから
 言いや?」

大坂、ありがと。
昔からお前はクールに見えるけど、
優しいよな。

「なんでやねん!まだ話し足りんわ!
 ほな歌うぞ!うろ覚えやけどな!!
 それでは聞いてください。
 2025年大阪万博のテーマ!
 こんにちはー!さくらぁーさぁくぅー!
 こんにちはー!幕があぁくー!」

あぁ、この曲も何か聞いたことあるぞ!
コンビの人らが歌ってて、片方がグラサンでデッカイ人やった気がする。
それで、今なんて?
2025年大阪万博やと?!
なんでこの曲だけ覚えてて、2025年の万博の記憶が
俺にはないねん・・・

「比良方くん、もうやめなさい。
 他のお客さんも居てはるし、それにな・・」

今までニコニコ皆の話を聞いていた芳村先生が比良方の歌を止めてから、こう続けた。

「君らは当時、小学校2年生ぐらいやったから、
 よう覚えてないやろけどな。。
 片野君の出身の地域ではな、その・・
 学校では行ってないんやよ。万博に。」

学校では行ってない、やと・・
そうや!思い出した!!
おかんが言うとったわ!

「市長さんがやめときなはれ、って言うたから、
 うちの市では学校では行かへんねやて。
 うちから夢洲まではちょっと遠いしなぁ。
 ごめんなぁ、うち、おかぁちゃんしかおらんし、
 休み取れるかわからへんし。。
 行きたい言うてたのになぁ。
 ほんまごめんなぁ。」

当時、片親で貧しかった我が家は遊園地にも行ったことがなかった。
たとえ無料でチケットがもらえたとしても俺ひとりでは行くことができひんし、おかんも仕事休んでさらにおかんの分のチケットまで用意することは・・
ちょっとしんどかったんやと思う。
確かに俺は万博いうもんにめっちゃ行きたかった記憶がある。
俺はそうや・・特にオランダや!
オランダ館が見たかったんや。
学校から貸与されていたタブレットを使って見たオランダ館。

まだ読める漢字も少なくて、説明文はようわからんかったけど、「真ん中の球体」が「日の出」を表してるって書いてあった気がする。
めっちゃ楽しみにしてて、小学校で行けるて言うてたのに、住んでた市の、たまたまその時の市長してた奴が反対したせいで行けんかった万博。
子どもながらに悲しかったわ。

だいぶ思い出してきた。
そらミャクミャクは知ってるわ。
当時、そこら中におったわ。
行けんってわかってからは「万博の悪魔や!」言うて、家族で万博に行ってお土産にキーホルダー買うて帰ってきて付けてる子をバカにしてた。
歌もよう知ってる。
学校の「いきいき」放課後事業で、毎日遅くまで学校に残ってたときに教室でよう流れとったからな。。
でも、行かれへんってなってからは、それも嫌で、帰っても誰もおらん家に早よ帰って、おかんが帰ってくるのずっと待っとった。

そうか・・それで俺には、ミャクミャクさんの記憶やコブクロのテーマソングの記憶があっても、「万博に行った」記憶はないんか。
そら、行けてないんやもんな。
ガッテンガッテン、やわ。
悲しすぎて、封印してたんやな、当時の記憶を。

その後は、芳村先生が話を変えてくれて、和やかな雰囲気で、20年の時を埋めることができた。
宴もたけなわというところで、飲みすぎた矢尾と岸輪田が、テーブルを神輿代わりにしそうになったのでお開きとなった。
その後も嫌な気分のまま帰りたくなかった俺は、有志とともに朝まで何軒も梯子して飲んで、歌った。

あまり気乗りせずに参加した同窓会だったが、久しぶりに皆の元気そうな顔を見れたのはとてもよかった。
もっと早く、みんなと会えばよかった。

今まで意識してこなかったが、小さい時の記憶ていうのは、中年になって急に鮮やかに、眩しく思い出されるもんなんやね。
朝まで飲み歩いて、帰りのタクシーに揺られつつ、ふと見たスマートフォンの待ち受け。
二人の子どもの顔に見入る。
この子らももう小学生や。
この時期に体験することは、こんなおっさんになっても、覚えてるもんは覚えてるし、将来目指すべき職業にもつながったりする。

正直、万博を体験できてればどうなっていたかはわからない。
ifの話をしてもしゃーないしな。
しかし・・なんやろう、この寂寥感は。
言い表せないような、この喪失感は。
画面の中で子どもたちは無邪気に笑いあってじゃれあっている。

いろんな思いが交錯して今うまく言い表せないのだが、ただ一つ強く言えることは、この子たちには今の俺の、こんな思いにはさせたくないなということだ。
俺はもう仕方ない。
終わったことを嘆いても仕方ない。
子どもたちには、こんな思いを味わわせたくないなと。
そう思いながら、タクシーの窓の外を見る。
高度2500フィートの「空飛ぶ」タクシーから見る景色はいつも絶品だ。
ちょうど朝日が昇りかけて、空がキラキラしている。
俺が子どもの頃、見たかったオランダ館の「日の出」。
その夢は叶わなかったが、2025年の万博で人々が想像した夢の景色を目の当たりにして俺はいま、
とても感動している。

そういえば、うちのチビたち、あそこに行きたいって言ってたな。
長年の交渉が募り、ようやく誘致に成功し去年開園した「大阪Destiny land」連れてってやるか。
休日はまだ人でいっぱいだろうし、平日連れてくか。
学校?そんなもん当てになるかい!
休ませてもええわ!連れていく!
俺の子には今しかできんことをさせてやる!
そう固く決意し、子どもらのうれしそうな顔を想像しながら幸せな気分でいると、空飛ぶタクシーの揺れの心地良さもあいまって、俺は夢の世界へと旅立っていった。


この物語はだいぶフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。


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