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人のいない楽園 第六章          狂信者達の盲目 第二話

2024年8月末日、貞行は久しぶりに休暇が取れたので昼近くまで寝ていた。深夜12時近くに帰宅する毎日なので心身ともに疲れ果てていた。深い眠りについた貞行は夢を見ている。白い靄の中声だけが聞こえてくる。
「助けて・・・・私は捨てられる・・・・お願い・・助けて・・。」
「はっ!又同じ夢だ。」白い靄の中駅のホームに立ち尽くし電車が来てもすぐにドアが閉まって行ってしまう。そしてあの声が聞こえる。そんな不思議な夢を何度も見るようになった。
「あの声どこかで聞いたような?。まあいいか。」疲れ切った体を起こしてゆっくりとベッドから離れる。スマホでドールの代理店のサイトを見るのが毎日の朝の日課になっており休みの日も代理店のサイトを見た。
「又値上げか!。円安と材料高騰だけでなく等身大リアルドールの購入者も激減したため様々な機能を追加か!質を向上させて単価を向上させる狙いだな。」価格高騰だけでなく等身大リアルドールへのバッシングが常態化した為新規にドールオーナーになる客が激減し、既存の生き残ったマニア向けに高性能で高品質な新型を発表して買い替えを促進するのが狙いのようである。
「はあー。又値上げじゃお迎え時期が遠くなるよな。」ため息が止まらない貞行だった。
するとそこにラインのメッセージが届いた。
「お休み中ごめんね。どうしているのかなと思ってさ。」会社の同僚の裕子からのラインだった。昼休みはいつも一緒に山下公園でお弁当を食べている仲だがあれからラインも交換して休日もラインのやり取りをするようになったのだ。
「へー水着の写真だ。黒いビキニか!大胆だな。友達と室内プールかな。いいなあ。」裕子が添付した写真を羨ましそうに眺める。「しかし裕子ちゃんとは以前どっかで会った気がするんだよな?。気のせいかな。しかしでかい胸だな。」不思議な事に貞行はあまり人間の女性には欲情しない。二次元や等身大リアルドールには激しく反応するのだが。
すると又別のラインメッセージが届いた。等身大ドールミュージアムの桜木巧からである。「突然メッセージすみません。ドールミュージアムの桜木です。お客様が大変ご興味をお持ちのSANSHINEドールのメイちゃんですがセコハンドールの旧型が下取りで入荷しました。分割式ですので性的使用に対する抵抗はないと思います。ボディもクリーニング消毒済みです。2023年モデルです。写真添付します。」貞行は早速その写真を開いて見た。「メイちゃんだ。かわいいな。え!新品の半額以下?これなら何とかなりそうだ。早速見に行こう。」貞行は疲れ切ってはいたがそのドールが他人に先を越されないように急いでミュージアムに向かう事にした。貞行はスーツ姿に着替えてひげを剃り、髪型を整えて香水をつけて出かけた。まるでデートに向かうようである。

 閉館時間2時間前に貞行は到着した。まっしぐらにセコハンドールの展示ブースに向かう。するとすでに何人かの客が見ていた。「やあ児玉さん、遠いのに早かったですね。」巧は他のお客さんに丁寧に会釈した。
「申し訳ありませんね。この方に最初にお声がけさせていただき遠くからいらして下さったのでこの方の商談がうまくいかなかったら後でお声がけいたします。」巧は事情を説明して数人のお客さんに頭を下げるとそのお客さんたちは残念そうにその場を離れた。
「桜木さん!本当にありがとうございます。あやうく先を越されるところでした。」
「いえいえ。最初にお声掛けしたのは児玉さんですので筋を通しただけです。さあこちらになります。」巧はセコハンのメイちゃんの展示場所まで貞行を案内した。高さ1mほどの柵のある展示台の上にメイちゃんが立っている。黒いビキニ姿である。身長175cm B92cm引き締まったウエストに少し大きめのヒップはプロのモデル顔負けである。
「おおおお!。これは美しい。想像以上だ。」喜ぶ貞行とは裏腹に巧はちょっと心配そうにプリントアウトした写真を貞行に渡した。
「まだ作られて1年も経っていないのですが・・等身大リアルドールはアダルト商品でして💦お客様の趣味趣向によってはちょっと異質な扱いをされる場合も多いのでこのような写真をお見せするのは気が引けるのですが・・・」すまなそうに写真を手渡す巧。受け取る貞行。
「これは・・・。」背中に縄で出来た型付きやお尻にあざのように見える色移り、そしてほんのり漂うタバコ臭、極めつけは脱着式ではあるが下半身の局部が裂けておりシリコン系接着剤で修復されていた。
「これはひどい・・・・。」悲しそうな表情の貞行。
「やっぱり無理ですよね。折角遠くから来ていただいたのに申し訳ありません。破損部分の写真も添付すべきでした。」深々と頭を下げる巧。
「いえ・・・大丈夫です・・・。」貞行はじっと写真を見つめる。
「先日名古屋のお客様から送られてきました。最新型のアルティメットリアル社のモデルを購入なさいましたのでその下取りになります。」
「名古屋?。」貞行は5か月前に引っ越しの派遣労働で名古屋までこのメイちゃんと同じモデルの等身大リアルドールを助手席に乗せて運んだことがある。「しかし・・まさかな。」貞行は事情を話した。
すると「最初に売れたのは2023年の12月でお迎えはその1か月後ですから1月頃ですね。当時は関東で1体だけの販売だったのでおそらくこのモデルはお客様がお運びになられたものと同じだと思います。」
「あの時はあんなにお姫様のように大事にしていたのに・・・半年足らずでこんな姿に・・・。ひどい・・・・。」貞行の目に涙が込み上げて来た。
その姿を見た巧は貞行の気持ちを理解した。
「では私の一存ですがさらに3万円お引きします。それでいかがですか?。」巧はどうしても貞行にこの可愛そうなドールをお迎えしてほしいと心底思った。値引き分は上司の承認が下りなければ自腹を覚悟していた。「ありがとうございます桜木さん。でもいいのですか?。」
「私もいろいろあって等身大リアルドールに救われた身です。今度は私がドールを救いたいのです。あなたはきっと大切にしてくれる方だと確信しました。3万で足りなければ言ってください。努力します。」生活が苦しい貞行にとって願っても無い幸運だった。ドールも背中の型付きとお尻の色移り、局部の破損修復を除けば問題ないと思っていたので二つ返事でお迎えを決断した。「桜木さん本当にありがとうございます。私も生活が苦しいのでお値引き本当に助かります。」貞行は3万円の値引きで購入を決断しすぐにその場でカードのリボ払いで決済した。「しかし不思議な運命ですね。5か月前に引っ越しとはいえドライブした子をお迎えとは。当時はまだ日本で発売前だったので前のオーナーさんはかなり無理してお迎えしたと思います。日本で1体という満足感もあったのでしょうね。魅力的であるがゆえに欲情が暴走したのでしょう。でもお客様は紳士的な方だから私も安心ですよ。」巧も嬉しそうである。巧と貞行はその後30分も話し込んでしまい閉館時間を過ぎた事さえ忘れてしまっていた。

 貞行は思わぬ幸運に天にも昇りそうな気持だった。帰りの電車内でも先ほど撮影したメイちゃんの写真をスマホの待ち受けにしてずっと見つめていた。「新品の半額以下とはいえお迎えしてしまった。来週土曜に到着か!待ち遠しいな。しかし奇遇だよな。俺が運んだ子が巡り巡って俺のものになるなんて。本当に不思議だ。」貞行はこの不思議な体験を一生忘れないであろうと思った。
 
つかの間の休日が終わり憂鬱な月曜日がやってきたが貞行は笑顔でいっぱいである。満員電車も苦にならず笑顔で出社した。午前中は輸入雑貨のスケジュール管理と顧客への納期報告、通関業者に通関状況の問い合わせなどを行い、輸入許可が下りた商品の引き取りと配達など忙しいのが通例だった。「ふう、午前中の仕事は何とか無事に終わったな。さて楽しみな昼休みだ。山下公園にGOだな。」貞行は今朝買ったコンビニ弁当を持って山下公園のいつものベンチに向かった。「社内ではなかなか会えないけど新井さんいつも昼休みにここで会えるんだよな。でも今日は遅いな。」仕方なく先に食べ始める貞行。しかし裕子は来ない。変だな。昨日はあんなに元気そうだったのに。ラインの添付された写真を見ようとしたが…。「あれ、消えている。変だな。間違って消したのかな?。」差出人ホルダーを見ても裕子のメッセージは無かった。「何かしらのエラーだな。会えたら又登録しよっと。」貞行は4月に入社以来ほぼ毎日の昼休みにこのベンチで裕子とおしゃべりしていたので一人でベンチに座って海を見ていても退屈であった。「いつもはあっという間に時間が過ぎるのに一人だと長く感じるな。仕方ないから戻るか。」貞行は残業対策の缶コーヒーを数本買って会社に戻った。「おお児玉君今日は早い戻りだな。」上司の涼宮課長が笑顔で話しかける。「ええ、今日は新井さんがお休みか出張みたいで会えませんでした。」すると涼宮は不思議そうな表情になった。「新井い~。そんな名字の社員いないけどな~。」「ええええ!いるじゃないですか!背の高い色白の巨乳の綺麗な女性社員が!!。」驚きを隠せない貞行。「おいおい、気は確かか?。この会社に若い女性社員はおろかお茶くみのおばちゃんだっていないぞ。君は疲れているのか?。明日は休んでもいいぞ。」「4月に入社して山下公園でお弁当を食べていたら話しかけて来たんです。あれから4か月も昼休みはほぼ一緒だったんですよ。」「何言ってんだ君は!きみはいつも昼休みは一人でベンチで弁当食べていたじゃないか!。やっぱりおかしいよ君、明日は休んでいいから病院行ってきなさい。」「一人で弁当を・・・・見えていなかったのですか・・・・。」貞行は頭が混乱してしばらくは動揺を隠せなかった。冷静になって会社のイントラネットで社員名簿を確認したが”新井裕子”
の名前はいくら探しても無かった。人事課に聞いても辞めた社員の名簿にも載っていなかった。「俺は幽霊にでも取りつかれたのかな?。頭がおかしくなりそうだ。一旦忘れてメイちゃんの為にも一生懸命働かないと!。」貞行は又深夜まで働けば裕子が現れて声をかけてくれるかもしれないと思った。しかし深夜まで残業しても裕子は現れなかった。「会社ぐるみでどっきりでも仕掛けているのかな?。それとも俺の頭が本当におかしくなったのか?。」その日は結局裕子に会えずじまいで帰宅した。

あれから数日経過したが裕子は現れなかった。しかし貞行はまた会いたいと思っている。別に裕子に恋をしているわけではない。貞行はあくまでメイちゃん一筋である。例え裕子にコクられてもメイちゃんを差し置いて裕子と付き合う気は全く無かった。しかし慣れない職場環境で楽しい思い出をくれた裕子の事が忘れられなかった。貞行は理屈抜きでまた裕子に会って話したいと心底思っていた。「裕子ちゃん一体君は何者なんだ?そしてどこに行ったんだ?何故俺に話しかけてきたんだ?。」裕子に会えなくなった喪失感は予想以上であった。慣れない環境でやさしくしてくれた事への感謝、同世代の話し相手が出来た嬉しさ、綺麗で色白の女性の知り合いが出来た優越感、職場の愚痴を言い合える同僚、様々な役割を果たしてくれた裕子への想いは言葉では表現できないものであった。

 貞行がお迎えしたメイちゃんの元オーナー村木真司49歳は名古屋に引っ越して営業の仕事に転属になり5か月が経過した。自宅のマンションには3体の等身大リアルドールが寝室に保管されていた。うち一体は全裸で縛られている。口にはボールを銜えさせられている。「いい気分だ。俺に逆らえない美女か。最高の眺めだぜ。でもこのドールにも飽きたな。又新しいモデルに買い替えるかな。」ドール達は悲しそうな表情に見える。
「そういえば以前下取りに出したドールだがミュージアムで展示されていたそうだが売れたみたいだな。俺のおさがりで自分を慰めるなんてみじめな野郎もいたもんだぜ。」不気味は表情でにやりと笑う真司。
「そうだ。どうせ売るなら又キャンプ場に持って行ってテントの中で大勢が寝静まった時間帯にやりまくるかな!!。あのスリルがたまんねえんだよな。」真司はドールをただキャンプ場に連れて行くだけでなく夜に人がいる環境でやりまくるスリルを味わう事で快楽を感じる性癖があるようだ。 続く・・・

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