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人のいない楽園・・・第五章        不透明な関係 第二話


 2024年7月某日、防犯課の刑事、米倉栄作は上司の部長に呼び出されていた。「おい!米倉!お前何やっているんだ!。性犯罪は増加する一方だぞ。ただでさえ警察官は不足しているんだ!。余計な仕事を増やすんじゃないよ!。」黙ってうつむく米倉。「おい!何とか言ったらどうなんだ!。」机を叩く部長。「申し訳ありません。考え付く限りの事はしていますがさらに努力します。」「はあ?。努力じゃ事件は減らねえんだよ!。事件を減らすのが防犯課の役目だろうがまったく!。警察は何をやっているんだと市民からの苦情も殺到しているんだ。ノイローゼになりそうだよ全く。」頭を抱える部長。お互いに追い詰められているように見える。その様子を見て見ぬふりする防犯課のメンバー。警察に対するバッシングはSNS上でもTVニュースでも増加する一方であった。
  米倉にとって部長のカミナリは日常茶飯事だがいつ怒鳴られても慣れないようである。米倉はうなだれながらパトカーで藤尾の様子を見に行った。
山城工務店の基礎工事を手伝っている藤尾。GPS付きの腕輪をはめられており強力なチタン合金製なのでガスバーナーでも外れない。米倉は現場監督の山本六郎を訪ねた。「山本監督。お疲れ様です。藤尾の様子はいかがですか?。」「物覚えが悪いのでドブさらいと土砂の積み下ろしだけやらせています。二言目には女の為、やるため、とわめいてうるさくて仕方ありません。」
米倉は苦い顔をする。「まあ奴なりにまじめにやってはいるようですな。逃げ出してもGPSで場所は特定できるしこのままでも大丈夫でしょう。」米倉は山城工務店の作業場を後にしてパトロールを終え、夜には地域防犯の為痴漢が出そうな場所をパトロールした。警察という仕事は実に大変である。

 夜のパトロールは無事に終了し深夜0時に帰宅したが忘れ物をした米倉は署に戻った。すると怪しげな人影が署内の倉庫の出入り口に見えたのでそれを追った。
 「泥棒か?。だとしたら警察署で窃盗を働くなんて大胆な奴だな。」
 倉庫内には先日届いた防犯GOODS?等身大リアルドールが置いてある。

「あとでしらばっくれられても面倒だから動画撮影しておこう。」
米倉は犯行の一部始終をスマホで撮影した。
「狙いは等身大リアルドールか?。マニアックな泥棒だな?。」
すると等身大リアルドールを裸にしていきなり抱き着いた。
そして胸を触り息を荒くしはじめた。「もしかして藤尾の奴か?。」
しかし藤尾のGPSは山城工務店の作業員用寮の位置を指していた。
米倉は電灯をつけた。
すると!
「ぶぶぶぶぶブブ部部長!!こんなところで何をしているのですか?。」「よよよよよ米倉君!こここっここれには深い訳が・・。」

米倉は一瞬驚いたがすぐに冷静になって一部始終を撮影した動画を部長に見せた。
「今朝はずいぶん厳しい叱責を皆の前でしてくれましたよね。なのに陰でこんなことしてサボっていたのですか?。」米倉は切れた。
「この動画を部長の奥さんや職場の同僚に見せたらどういう事になりますかな?。これではやっている事は藤尾容疑者と大差ないですよ。」
「たたたたのむ。この事は誰にも言わないでくれ。妻はやらせてくれないしやらせてくれたとしても体重85kgじゃやる気も起きないし、小遣いも少なくて風俗にも行かれないしAVは先日見つかってすべて捨てられたし欲求不満がたまっていたんだよ。」
「今何故性犯罪が増えたのか嫌というほど理解しました。そのうち私が部長を逮捕しなければならなくなるかもですね。」呆れた表情でため息をつく米倉だった。
 一方、佐藤昌行は精神疾患自立施設のグループホームに出張に行く為、
前日から那須高原のホテルに滞在していた。
 何故か?恋人の愛香と一緒だった。
「愛香を一人にするとかわいそうだからな。」
愛香はとてもうれしそうに瞳を潤ませている。
「後で夜の那須高原をプチドライブしよう。夜景スポットもチェック済みだ。」愛香は嬉しそうに瞳を輝かせていた。
「そんなに嬉しいか。そうだよな。お泊り旅行は初めてだもんな。短い生涯なんだから楽しい思い出いっぱい作らなきゃな。」そっと愛香を抱きしめる昌行。昌行がこの出張を命じられた理由は由紀の治療が予想より成果が得られなかったからである。病院としては何とか実績を残したいのでヒーリングカウンセラーとして名高い昌行にもこの治療に参加してもらいカウンセラーの視点で解決策を模索してほしいという院長たっての要望からであった。
面白くないのは由紀である。精神科医としてのプライドがあるので由紀はこの治療を続けたいと熱望した、しかし決められたスケジュールで成果が出なければ病院の評判にもかかわるので優秀なカウンセラーである昌行にもこの治療に参加してもらい由紀を支援してもらう事となった。
 昌行はそんな切迫した状況下であっても愛香と夜景を楽しむドライブをするなどリラックスした様子で明日からの激務に備えるつもりのように見える。「今更緊張しても仕方ないからな。まずは気分転換して明日から頑張ろう。」平日の那須高原は誰もいないので夜景スポットも昌行と愛香の貸し切り状態である。二人はゆらめく夜景をただ黙って見つめている。「愛香、あの光の一粒一粒に人の喜びや悲しみがあるんだよ。ゆらめく光はまるでその人々が生きているから、活動しているから揺らめいているように見えないか?。」愛香はうるんだ瞳で夜景を見つめる。「光の数だけ人生がある。みんな頑張って生きているのさ。俺たちも力を合わせて幸せになろう。」
一瞬、愛香が頷いたように見えた。「愛香は素直でいい子だな。」
これが人間同士なら会話や表情、時には涙や笑い顔でコミュニケーションが取れるが、人と等身大リアルドールだとそのお互いのコミュニケーションが傍から見ると不透明に見える。しかしその不透明な関係が心が通じ合っているが故の以心伝心とも受け取れ、人間同士のコミュニケーションと違ってスムーズな意思疎通のようにも見える。
 等身大リアルドールと人間の恋愛はとても不思議で神秘的に見えなくもないと昌行は思った。
 翌日、朝8時半、昌行は那須高原某精神疾患自立施設のグループホームで施設長に朝礼で紹介された。「佐藤昌行です。本日より3日間精神科医の下村に代わり患者さんのカウンセリングを担当します。宜しくお願いします。」頭を下げる昌行、皆に拍手で迎えられ昌行は早速施設長室に呼ばれた。
「今日から3日間宜しく頼むよ。」「はい、事前に渡された資料を元に自分なりに治療プログラムを作成しました。」プログラム表を施設長に渡した。「なるほど。アニマルセラピーの応用編だね。当施設としても初めての試みだが患者さんの背景を考慮すると適格なプログラムだと思う。宜しくお願いしますね。」「ご承諾ありがとうございます。全力で頑張ります。」

 昌行は施設長との面談の直後から早速カウンセリングの仕事に入った。
昌行が最初にカウンセリングを担当する患者は17歳の女子高生で学校になじめず休学中にこの施設で療養中の女の子である。カルテを見てカウンセリングのシュミレーションはすでに頭の中で構築していた。
病室に入る昌行。 
 女の子は初めて会う昌行にちょっと緊張気味のように見える。
「はじめまして、佐藤昌行です。ここは景色もいいし空気もきれいだ。いい所だね。」しかし女の子は無言である。
「話は聞いた。実は私も好きだった女性にフラれてね。しかも偶然職場で再会しちゃって参っているんだ。」女の子の名は三好すみれという。
とある女子高で先輩の女子高生に恋をして勇気を出して告白したがすでに先輩には彼氏がおりしかも深い中だと知ってショックを受けた。その上その告白を他の生徒に見られておりSNSで瞬時に学校中に知られてしまい親しい友人からも距離を取られてしまったらしい。
 その事が原因で精神を病んで引きこもってしまったのだ。
 「私は悩んだよ、しかもその元彼女と口論になりそのはずみで私の恥ずかしい性癖をカミングアウトしてしまい院内の看護婦や女性社員に知れ渡って総スカンをくらってね。でもこの子がいるから今日まで頑張れたんだよ。」昌行は等身大リアルドールの愛香の写真をスマホですみれに見せた。
「わあ、綺麗な人。」すみれは初めて話をした。
 しばらくすみれは愛香の写真を見つめていた。
「私は等身大の人形を愛しているんだよ。君は同性の先輩が好きだったんだよね。でもお互い世間の目で苦労しているようだね。仲間だね。」
 笑顔を見せる昌行。
「そうだ、愛香に会ってみないか?。愛香には同じような年ごろの友達がいないんだ。愛香の友達になってくれないか?。」
 そういいながらタオルケットをかけた車椅子を廊下から押して病室に車椅子を持ち込んだ。驚くすみれ。
「これが愛香だよ。」
タオルケットを取ると車椅子に乗った愛香がほほえみながらすみれを見ているように見える。
「綺麗な人。本当にお人形さんなの?。」「そうだよ。さわってごらん。」すみれはおそるおそる愛香のほほに手を当てた。
「やわらかい。人肌みたい。」初めて笑顔を見せるすみれ。
「今日から愛香とすみれちゃんはお友達だ。そうだ!記念写真をとらないか?」すみれはあわてて上着を着て櫛で髪をとかした。
 すみれの準備が終わるまで待ってから、昌行はスマホで記念写真を撮った。「今すみれちゃんのスマホに送るからね。」写真を受け取ったすみれは早速その写真をすみれの愛用しているピンク色のスマホの待ち受け画面に登録した。「明後日には帰るけどそれまで愛香を貸してあげるから仲良くしてね。」昌行は愛香を車椅子に乗せたまま愛香に挨拶をすませて、すみれの病室を後にした。
「明後日まで愛香とお別れか?。仕方ない一人の少女を救うためだ。」
ややさみしそうに昌行は笑った。
 2024年7月某日朝、米倉刑事は朝から上司の部長に呼びだされていた。「米倉君、先日出所して早速痴漢を働いた藤尾だがあれから大人しく山城工務店の現場で働いているらしいね。あいつが真面目に働く姿なんて初めて見たよ。」上機嫌の部長。「私も驚いています。2週間という約束でしたが行く当てもないし雇ってくれる寺もないしこのまま働きたいって本人が熱望するのでこのまま放置しますか?。」「そうだな。2週間後に約束通り例の等身大リアルドールを山城工務店の寮に届けてやれ。」「はい。これでやっと藤尾も更生するかもしれませんね。」藤尾が真面目に働く事はこの数年間一日もなかったので二人はものすごく驚いていた。
 山城工務店の現場でも藤尾は皆と馴染んでいるように見える。
「山本監督!今日の作業終わりました。」「はあ?俺は藤尾だが?。」
すると山本監督が激怒しながらその作業員を怒鳴った。
「ばかやろう。俺が山本監督だ!。服装からして違うだろうが!。」
「すみません。あまりにも顔が似ているので間違えました。」
「おまえわざと間違えたふりして俺をディスっているだろう。今度やったらクビだぞ!。」
「すみませんでへへへ。しかし似てるなあ。(笑)」
絶対にわざとやっている。
「山本監督!明日の予定表がまだ来てませんよ。」
「だから俺は藤尾だってば!。」「あっそうか!しかし似てるなあ。婦女暴行魔って似るんだな。」山本は切れた。「てめえ今何っていった!。」「あ!山本監督が二人いる。どっちが本物なんだ?お前ら分かるか?。」「わからねえ。瓜二つだ。」「お前らクビだからな!でていけ。」怒り狂う山本監督。「うるせえな。偽物!おいみんな。こいつは山本監督の名を騙るふとどき者だ。みんなでつまみ出せ!。」
「やめろおまえら!わああああ。」本物の山本監督が本当につまみ出された。ダンプの荷台につまみ出されたのでそのまま50km離れた土砂集積場まで土砂と一緒に運ばれた。
「おたっしゃでーニセ監督。ああすっきりした。いつも仕事しないで威張ってばっかだからざまあみろ。」藤尾と山本監督の顔が似ている事をいいことに普段の仕返しとばかりに藤尾と山本監督を間違えたふりして追放した山城工務店の現場のならず者達であった。
「いやー藤尾君!山本監督と顔が似ていてくれてありがとうな。おかげでスカっとしたぜ。」わけがわからない藤尾だがなぜか喜んでいた。「何で感謝されているのか分からないがお父さんお母さんからもらったこの顔が初めて役に立ってよかったよ。」
なんだかんだで更生への道は順調なようで現場の仲間からの人気も上々の藤尾だった。 第二話END

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