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人のいない楽園 第一章 見えない束縛 第一話

2024年4月中旬、桜木巧は来月に迫った等身大リアルドール総合展示場のスタッフ入社式に備えて自宅でオンライン研修を受けていた。オリエンタル工業100%出資の等身大リアルドール総合展示場はほぼ世界中の代表的な等身大リアルドールを展示する規模を持つ国内最大級の展示場でほぼ世界中の代表的な最新モデルの等身大リアルドールを見る事が出来る。しかしなぜか大々的にマスコミにプレスリリースする事も無くオープニングセレモニーはささやかな規模で身内だけで行われるようだ。展示場も当初は都内を予定していたが諸事情により埼玉県某所に変更された。「ふう、等身大リアルドールのブランドや生産工場の資料を見るだけで一日潰れたな。いったい何社あるんだか?。」巧はコーラのペットボトルをラッパ飲みして休憩がてらネットでアニメを見始めた。アニメはよくあるハーレムもので異世界に転生した主人公が美女に囲まれてチート能力で無双するという内容である。「このパターンのアニメばっかだな。こんな内容がもてはやされているんだから見てる奴はよっぽどリアルな日本に嫌気がさしているんだろうな。」文句を言いながらも見てしまう巧。すると主人公がヒロインと抱き合ってキスするシーンがモニターに映った。「まずい!うっ。」口を押さえてあわててアニメを消す。巧は恋人にひどいフラれ方をした上にひどいリストラを経験したため精神疾患を患っている。その為カップルが目の前でいちゃついていると激しい吐き気と頭痛が起こるのだ。「畜生、アニメもダメか。俺の精神疾患は思ったより重症だな。入社式までに症状を緩和したいから明日精神科に行くかな。又美人のお姉さん医師にも会えるしな。」巧は早速ネットで翌日の午後にいつもの精神科医院を予約した。
翌日、午後1時いつもの精神科医院に10分前にやってきて待合室でスマホを見ていた。「美援(みえ)ちゃん!いつ見てもきれいだよなあ。支払いは済ませたけど受注生産だからお迎えまであと1か月か・・もう6話目なのに。このままでは美援(みえ)ちゃんの登場は12話超えるな。これじゃあダグラム状態じゃないか!。」分かる人にしか分からないネタである。「桜木さーんどうぞー。」「はーい。」巧はスマホの電源を切って診療室に入った。するといつもの美人の女医さんではなく見かけない若い男性が座っていた。


「桜木さんですね。引継ぎは出来ています。初めまして。私は当医院の女医下村の部下の佐藤昌行といいます。カウンセラーです。」巧は露骨に残念そうな顔をした。「まあそうガッカリしないでください。下村は今日は来月結婚する彼氏と式場の下見に行っています。」「そうですか・・・残念です・・・・いいえいいえおめでとうございます。」見た目至上主義者の巧は露骨に残念がっていた。戦わずして負けた心境であったがお迎えする美援(みえ)ちゃんの為にもこれでいいと思った。「早速ですが私は就職先が決まり来月から働き始めます。今のうちに少しでも精神疾患を回復したいので宜しくお願いします。」巧は力強く話す。「そういえば下村医師が”私の胸ばかり見るいやらしい若い患者さんがいるわ”と愚痴っていましたがまさか桜木さんではないですよね。」ドキッとする巧。「はははは。まさか。冗談はよしてくださいよ。」「私の胸で良ければいくらでも見てください。」「えええ遠慮します。そういう趣味は無いので。」巧はなんだかチャラい相談員だなと不安になってきた。「大失恋に大リストラというダブルパンチでは確かに並みの精神力では持たないですね。仕事は再就職なさいましたが再就職なさっても又裏切られてリストラされるのではと疑心暗鬼になっていませんか?。」今までのチャラっとした態度からがらりと変化して真剣な表情で質問する佐藤。「はい、確かにそうゆう不安はあります。」暗い表情で答える巧。「恋も同じですね。新しい可愛い彼女が出来ても又捨てられるのではと不安になるでしょう。」「一度ひどい目に合うとそう思ってしまいますね。」巧は正直に答えた。「ですが!次の仕事で大成功するかもしれない!次の恋でいい相手に恵まれて幸せになるかもしれない。違いますか?。」「はい、そうかもしれません。」「では!どうすれば仕事で成功しどうすれば次の恋で幸せになると思いますか!。」矢継ぎ早に質問を浴びせる佐藤。「そりゃ仕事で成果を上げて認めてもらいかつその仕事が続けられる環境になければなりませんよね。恋も決して裏切らない信頼できる相手を見つけて結ばれれば幸せになりますよね。」「その通り。でも簡単な事ではではない。やってみなければ分からない事を今悩んでも無駄です。やってダメなら次を考えればいい。ご自分が成長する事だけを考えて全力で努力すればたとえ会社がつぶれても次につながる。だからあなたは転職に成功した!違いますか!。」「その通りです。」「ならもう大丈夫。ただ今現在できる事を全力でやりなさい。恋も同じです!以上。」巧は佐藤の言葉に答えを見つけたような気がした。全力で努力すれば成長する。成長すれば次がある。巧は元気が出て来た。巧は診察室を出てスマホの電源を入れた。美援ちゃんの宣材写真を待ち受け画面にしていたので美援ちゃんを見て元気を貰おうとした。「ほう!可愛い彼女ですね。どこのドールですか。」後ろには佐藤が立っていた。「え!これがドールと分かるのですか。誰もわからなかったのに。」「私も持っていますので分かります。」「ええええ!。」巧はものすごく驚いた。「決して裏切らない可愛い彼女。もう失恋問題は解決ですね。」にやにやしながら佐藤は答えた。「これ私のアカウント名です。」佐藤は一枚のメモ用紙を巧に渡した。「カエサル?どっかで聞いたような??あーーーーーーー。」巧がドールの事を調べるためにツイッターで調べた時に見たアカウント名だった。「なるほど。オーナーさんの目はごまかせないですね。愛香ちゃんは元気ですか?。」「ハイ元気です。美援ちゃんはまだ完成しないですよね。でも国内生産だから安心ですよ。」お互いアカウントをフォローしていたので美援という巧が注文したドールの事を佐藤は知っていた。巧は翌日も精神科医院を予約した。佐藤とドールの話がしたいからだ。翌日、午後1時。「桜木さーん。診察室にお入りくださーい。」巧は喜び勇んで診察室に入った。するといつもの女医下村由紀がいた。「え!佐藤さんはいないのですか?。」といいつつ巧はまた下村の胸を見た。「佐藤が宜しいのですか?。あなた男色の趣味もあるのですか?佐藤は昨日一日だけのヘルプです。普段は自宅でテレワークでカウンセリングをやっていますってあなた!まじめにやってください。セクハラで訴えますよ!。」「すみませんつい。💦」巧の意志とは関係なく下村の胸を見てしまう巧であった。自宅は遠いのでそれ以来佐藤に会う事は無かった。
その佐藤はその日は在宅でテレワーク中だった。家は実家の関東某所でカウンセリングを行っている。「ふう。一段落したな。しかしカウンセリングの仕事も楽じゃないよな。人に理解してもらえるように伝えるって本当に難しい。」昌行は猫の写真の前にキャットフードを置いている。時々取り替えているようだ。「もう2年か・・・。もうこんなつらい思いはしたくないな。」愛猫との別れがあまりにも辛いので二度とペットは飼わないと誓ったようだ。ん?昌行の部屋に誰かいるようだ。黒い髪がベッドの上の布団からはみ出している。「愛香(あいか)もういい加減に起きろよ。もう12時だぜ。」昌行はミルクティーを入れてベッドの横にあるサイドテーブルに置いた。恋人?嫁?どうやら同棲しているようだ。布団を少しめくって愛香と呼ぶ女性に顔を近づける。「いつ見てもかわいいな。昨夜はありがとう。ゆっくりお休み。」そう言い終わると再び顔に布団を被せた。「恥ずかしがり屋さんだな~。」昌行は昼食のサンドイッチを食べながら愛香の方を見つめた。仕事が一段落したので昌行はPCでSNSを見始めた。ネットニュースを見る昌行。するとある広告を見つけた。「なになに、美女があなたを指導!ときめき恋愛レッスン!。今こんなサービスがあるのか?。」今流行りの恋愛塾というサービスである。内気な男性、恋がしたいのにその勇気が出ない男性、息子を結婚させたい両親などをターゲットに恋愛のノウハウを教育し、恋を実らせることが目的のようだ。「レッスン料月10万!高!半年で等身大リアルドール買えるじゃないか!。あほらし。ン?プロの精神科医先生プロデュースの心理学的視点で作られたプログラムであなたも卒業すればモテまくりイケメンです??。」昌行は精神科医が気になった。「なにー下村由紀先生監修だってー。うちの上司じゃないか!。由紀のやつこんな副業やっていたのか!。」なぜか上司を名前で呼び捨てにする昌行。昌行は広告を非表示にして等身大リアルドールのSNSを開いた。実は愛香と呼んでいる美しい女性は人間ではない。アルティメットリアル社製のフルシリコンリアルドールである。160cm 42kg ゼリー胸一体式フルオプションで1年半ほど前に妥協なき旅の果てにお迎えしたのである。アルティメットリアル社はハリウッド映画の小道具を手掛けていた会社で多角化の一つとして等身大リアルドール業界に参入した新規メーカーの一つで最も人間らしいドールを開発製造するメーカーの一つである。休憩を終えた昌行は又テレワークカウンセリングを再開した。
同時刻、ここはときめき恋愛レッスン!のoffice。ときめき恋愛レッスン!は国が定め、民間に委託した少子化対策事業の一つで国の審査に受かれば国から助成金がもらえる。その少子化対策事業に応募した事業主は精神科医である下村由紀に依頼して教育カリキュラム作成を依頼して事業を起こした。その事業主こそ下村由紀の婚約者”谷部栄三(たにべえいぞう)”である。名前の通りやばい雰囲気の男である。「由紀もなかなかやるなあ。最初の彼氏を調教して見事なまでのプレイボーイに変身させてその成功体験を記録に残し事業化して一儲けとは。わが嫁ながら惚れ惚れするぜ。」谷部栄三28歳は由紀の婚約者で先日一緒に式場の下見に行った男である。「だからあ!話しながら私の胸ばっか見んなよドスケベ!。真面目にやれ!。全く、この間の巧とかいう男もそうだったわ。巨乳になんて生まれて来るんじゃなかったわ。エロイ視線は絶えないし肩は凝るしろくなことが無い。」「しかし世の中狭いよなあ。まさか由紀の初彼がヒーリングカウンセラーとして由紀の部下として配属されるなんてな。」「5年前の20歳の時の話よ。昌行が私と付き合いたての頃最初の一週間は猫被っていたけど何も察しないから尻を蹴ってやったわ。そして私の理想の男にならなかったら速攻で別れてやるって言ったら私の胸を見ながら全力を尽くすとガッツポーズしたわね。懐かしいわね。」どうやら由紀と昌行は5年前に恋人同士だったらしい。今はとっくに分かれてそれぞれ別?のパートナーがいるようである。職場は同じだが昌行は気まずいのでカウンセリングは基本自宅でテレワークで行うようで由紀がいない時だけ精神科医院に出向くようである。「そういえばあいつ私と別れてから女性をとっかえひっかえして遊びまわっていたわ。最初はムカついたけど私の教育プログラムが間違っていなかった事があいつのおかげで分かったわ。それでこの事業を思いついたってわけ。」どうやら由紀の恋愛体験がプログラムの元のようだ。その体験に精神科医として身に着けた知識と理論が加わり今の進化した教育プログラムとなったようだ。
「しかし最近世界中で等身大リアルドールとかいう気持ちの悪いダッチワイフの進化版がひそかなブームらしいわね。アー汚らわしい。モテないブ男やじじいが大金出してあんなもの買うなんて悲しいわよね。この国家公認のときめき恋愛レッスン!を大成功させてあの如何わしい物体を撲滅してやるわ!。」由紀は等身大リアルドールが大嫌いなようだ。由紀は話し終えると立ち去ろうとしたが谷部が由紀の左腕を掴んだ。「もう我慢できねえんだよ。いいだろう。」「いいわけないだろ!結婚するまでお預けだ!。」由紀は谷部の手を振り払って立ち去った。

第一話 END

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