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人のいない楽園 序章        敗北の記録 第一話  

序章  敗北の記録・・・ 第一話 

2024年3月中旬、とある中堅医療器具商社に勤める営業マンがいる。大卒で入社1年目の若手営業社員の桜木巧24歳は日頃の激務に耐え、ようやく2日間だけ週末の休みを取る事が許された。身長175cmやせ形で細面でスラっとした感じのイケメンで学生時代から付き合っている彼女もおり、明日は1か月ぶりに彼女に会う約束をしている。ベッドで目覚めて時計を見るともう午前10時を過ぎていた。「昨日は深夜に戻ったからなあ。8時間以上寝たのは何か月ぶりかな?。」眠そうに独り言をつぶやきながら遅い朝食を取ってスマホで明日のスケージュールを確認し予約したレストランの再確認をする。「京子のやつ味にうるさいからな。ここなら間違いないだろう。1か月も会えなかったからきっと不機嫌だろうな。」京子というのは巧が大学生時代から付き合っている恋人である。巧は見た目至上主義で極端に顔とスタイルがいい女性に弱くものすごい面食いである。巧の恋人の京子はフィンランド系クオーターでモデルのような体系で引き締まったウエストなのに巨乳で色白の美女である。大学のミスコンで優勝した事もある。巧は学生時代1年以上かけて必死に自分磨きを行いブランド品の服を買い、ダイエットも頑張り面白いトークが出来るようにお笑い番組を見て必死にお笑いを勉強するという努力を続け京子に交際を申し込んだ。何度フラれても何度も繰り返し交際を求め、ついに交際を実現する事が出来た。巧は見た目至上主義なので性格が悪くても外見が良ければいいという考えを持っている。
翌日午後1時、巧は予約したレストランの前で彼女の京子を待っていた。ここは四つ星シェフのフランス料理レストランで大変人気がある店であるため予約しても1か月待ちはザラである。食事は2時に予約していた。「ごめんごめん待った~。」笑顔で京子が現れた。「大丈夫だよ。さあ入ろう。」巧はドアを開けて今京子をエスコートして店内を案内した。「へーいいお店ね。朝食抜いてきたからおなかぺこぺこ。」京子は笑顔で巧が椅子を引いてくれた窓際の出来に座った。前菜が届くと京子は美味しそうに食べる。巧は笑顔でその様子を見ながら言った。「一か月ぶりだね。なかなか休みが取れなくてさ。同僚が辞めちゃってそいつの分まで仕事が回ってきてさ。たまんないよ。」やや愚痴交じりの言葉に京子は少し引っかかったような様子で言った。「でも一か月は無いんじゃないの。夜に会うとかさー。言い訳にしか聞こえないよ。」急に不機嫌になる京子。「ごめんごめん。そうだよね。今度から時間調整して何とかするから。」京子はかなり気分屋のようである。巧は思い出したようにカバンから小さなリボン付きの箱を取り出した。「これ、以前欲しがっていたものだよ。」巧は笑顔で京子に手渡した。「え?誕生日でもないのにプレゼント?。開けていい?。」「もちろん。」京子は受け取るとすぐに包装紙を破り箱を開けた。すると。「なにこれ、安物の香水ね。」急に不機嫌になる京子。「え?だってこれは学生時代に初めてプレゼントした時すごく喜んでくれた香水だよ。」キョトンとする巧。京子は急に不機嫌になり箱を閉じて巧みに手渡した。「何年前の話よ!。今は興味ないわ。ってか何で私の好みを聞いてから買ってくれないのよ。」京子は少し切れたように言い放った。「ごめんごめんそうだよね、これから気を付けるよ。」巧は引きつりながら笑顔で答える。するとワインと料理が運ばれてきた。「料理が来たよ。さあ機嫌直して食べよう。」巧が料理に手を付けようとすると。「何であんたが先に食べるのよ!レディーファーストでしょ!!。」又切れた。沈黙する巧。ワインを飲んで料理を口に運ぶ京子。「何これ、私の好みじゃないわ。」少し口を付けてフォークとナイフを置いた。「すみませーんメニューくださーい。」勝手に店員を呼んでメニューを持ってこさせる京子。「これ全部下げてこのメニューの料理大至急持ってきて。」「かしこまりました。」巧は驚いた様子で固まっていた。「だって大好きな料理だって言ってたでしょ。」「だからあ!いつの話してんだよ!。好みなんて変わるでしょ普通!常識よ!!。」京子はまた切れた。
数分後コース料理が下げられ別の料理が運ばれてきた。巧は無言だった。
しばらくして京子は少し落ち着いたらしく笑顔でごちそうさまと言った。
「機嫌が直って良かったよ、このメニュー覚えておくね。」すると京子は再び不機嫌な顔になって言った。「もう覚えなくていいわよ。もう無理!。実は話したいことがあってね。率直に言うけど別れてくれない?。」「ええええ!。」巧は突然の言葉に震えながら大声を上げた。「しっ!声がでかい!!。」一か月ぶりに最愛の恋人に会えたのに何の前触れもなく別れ話を切り出された巧は天国から地獄に突き落とされた気分だった。「えええ!。何で!なんでなんだよ。」京子はさすがに気の毒に思ったらしく落ち着いた声で言う。「例えばさーデートの最中に僕の夢は自然豊かな高原でログハウス立てて可愛い妻とのんびり暮らすのが夢だとかさー今の仕事きついけど小さな夢があるから頑張れるとかさー聞いていて引くのよねー。私たち付き合っているだけでしょ。婚約しているんじゃないんだからさー。」巧はファンタジーアニメや小説が大好きでその影響でそのような夢を持っている。しかしそれが京子にとってはドン引きしてしまう内容であったようだ。「待ってくれ、ログハウスはともかく俺は京子と結婚して独立して自然豊かな高原でのんびり暮らすことが夢なんだ。だから今の仕事必死に頑張ってこられたんだ。心の支えだったんだ!。」必死に訴える巧。しかし京子の目は冷ややかだった。「はん!。それはお前の勝手な妄想だろ!。現実を見ろよ!。私だって今年25歳だよ。いくら美人だって年には勝てねえんだよ!。」まるで別人のように豹変して巧をなじった。「はっきり言うわ。ある男から交際を求められているのよ。その人は医者の息子でね。お父さんは大病院のオーナーなの。分かる?。」巧は呆然としている。「何ボーっとしているのよ。別れろって言ってるの。」京子は席を立ちあがってバッグを持って背を向けた。「ごめんね。私だってこのチャンスを逃したくないのよ。さよなら。」京子はそのままそそくさと店を出て行った。店内のお客さん全員が注目するので京子はその視線に耐えられなかったようだ。数時間後・・・「お客様そろそろ閉店のお時間でございます。」
我に返った巧は店員の目を見る。「え!ああ、わかった。お会計だね。」
「お食事合計10万5千円になります。」「えええええ!。」巧はその金額に驚いたが仕方なくカードのリボ払いで支払った。よろよろと席を立ちあがる巧。明日は月曜日、地獄のような激務が巧を待っている。巧はまるで夢遊病者のようにふらふらと駅まで歩いていく。途中何度も車にクラクションを鳴らされたり通行人にぶつかりそうになりながら駅に到着した。駅のベンチに倒れるようにうつぶせになりながらそのまま動かなかった。なぜならあふれ出る涙を人に見られたくないからである。「畜生!涙が止まらない。いくら止めようとしても次々とあふれ出て来やがる。畜生!。」それもそのはずである。最愛の恋人京子との結婚生活が唯一の心の支えだったのにそれが突然何の前触れもなく失われたのだ。巧の心の中は空洞になった感覚になり全身の力が果てしなく抜けていく感じがした。
巧が自宅のワンルームマンションに到着したのは午前1時過ぎだった。明日6時には家を出なければならないのに巧は一人で家に戻る孤独に耐えきれず。あてもなく飲み歩いていたためだった。自宅に戻るや否やそのままの高級スーツの服装でベッドに倒れこんだ。
翌日、二日酔いの状態で出社した。朝礼の最中も何度もふらついて上司に怒鳴られる始末だった。朝礼の内容も上の空状態だがどうやら会社の業績について深刻な話がなされていたようだ。朝礼を終えて巧は自分のデスクに戻る。するとデスクの上が綺麗に片付いていた。「あれ!PCがない!。なんでだ?。」
すると巧の直属の上司が巧に近寄ってきた。「なんだ!君は話を聞いていなかったのか?。わが社は業績不振で四月から経営統合でわが営業部は廃止になったんだ!。」「ええええええ!。」「年末から数か月退職者が続出して君にも苦労をかけてすまなかった。しかし今の人員とスキルでは業務が回らない事が分かったので上層部が経営統合を決定して統合先の営業部が引き継ぐことになったのだよ。」巧は二日酔いのボーっとする頭でもようやく事の重大さを理解する事が出来た。「じゃあ私たちはどの部署に異動になったのですか?。」少しすまなそうに直属の上司が答える。「統合先の会社のロジスティック部門が人手不足でね。特にドライバー不足が深刻でね。悪いが来週から配送ドライバーをやってもらう事になった。君は確かゴールド免許だったよね。それゆえ君をぜひ欲しいと先方からの強い要請があってね。来週から頼むよ。」「ええええ!いったいいつまでですか?。」「無期限で頼むよ。まだ若いんだからいろんな経験を積めばきっと役に立つよ。現場の仕事は重要だからね。」わざとらしい作り笑いをする直属の上司。巧は昨日の失恋にさらに追い打ちをかけるような不幸な人事異動を言い渡されその衝撃は雷に打たれたかのようだった。巧は新卒枠で入社した会社なので卒業して2年目で辞めるのはさすがにもったいないと思った。しかしトラック運転手をやるために大学を卒業したわけではない。それに今まで必死に営業業務を続けて来たキャリアが無くなってしまう。トラックドライバーなんてやったら一生ドライバー業務しか雇ってもらえなくなる。しかも自動運転でAIに取って代わられる可能性もある仕事なのだ。巧はこの話を断ろうと思ったが自己都合で退職する事になるのでその場では辞めるとは言えなかった。直属の上司はその直後役員室に向かった。「悪いが役員室に呼び出された。返事は3日待ってやる。よく考えてくれ。」直属の上司は二回ノックして奥の役員室に入った。「言いにくい話を部下にさせてしまってすまなかったね。」「いえ、わが社の存亡の危機です。仕方ないです。」「入社2年目では大した戦力にならんし、桜木君の同僚も半分以上辞めてしまったし彼だっていつ辞めるかわからないしね。人選としては適格だったかもな。」「若いうちは現場の苦労も経験したほうが彼の為です。それを断って辞めるのであれば自己都合退職になるのでそれはそれで好都合ですしね。」少し笑顔で答える直属の上司。巧はその会話を役員室の前で聞いてしまった。「ふざけるな!。死ぬ思いで仲間が次々と辞めていく中そいつらの仕事までやって今日まで耐えて来たのに。京子との結婚生活の為に頑張ってきたのに!!。ちくしょう!!。今度は会社が俺を裏切るのかよ!!!。」悔しさと悲しさが入り混じった鉄の味がする唾液がにじみ出てくるのを巧は感じた。巧はその日は午後から休暇を取って自宅に帰った。人事異動の返事は3日以内にしなければならない。営業の仕事の引継ぎはしなくていいとの事だったが三日間で取引先への挨拶や移動先部署の見学などやる事は多かった。巧は二日酔いも人事異動の衝撃で醒めて思考は戻っていた。自宅のベッドでトラック配送ドライバーをやるか新卒枠で入社した会社を辞めるか悩んでいた。「会社辞めたらこの不景気でろくな仕事見つからないだろうな。かといってトラックドライバーなんてやったら一生そのキャリアでしか仕事が見つからないだろうし最近トラックドライバーの事故が激増しているし下手すりゃ死ぬな。どうしたものか・・・。」巧はスマホでなんとなく占いサイトを検索し始めた。「どうせ俺の悪い頭でいくら悩んでも答えなんて出ないだろうし。占いで決めるかな。」巧はある占いサイトに目が釘付けになった。美しい露出度の高い服装の占い師の美女の写真を見つけたからだ。見た目至主義なので目が釘付けになるのも仕方ない。「なになに、マヤちゃんのときめき占いの館・・・占い師 飯能マヤ どうせ占ってもらうなら美女がいいなここに決めた。」見た目で占い師を決めたようだ。懲りない巧である。しかしどっかで聞いたような名前の占い師である。
続く

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