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人のいない楽園 第二章       裏切りの黙示録 第五話最終話

 2022年8月下旬、4年前に付き合い始め2年前に結婚したあやめと破局した哲也は正式に離婚届に判を押しあやめに送り返した。その後あやめは清涼飲料株式会社の社長の御曹司 清涼ライトと交際したがすぐに破局して投資ファンド会社の社長と付き合い始めた。そんなスキャンダルを芸能ニュースで知った哲也は冷めた目で画面越しのあやめを見た。「もうあの日のあやめは死んだんだな。そう考える事にしよう。」哲也は同棲していたアパートを引き払い葉山のリゾートマンションに引っ越してフリーのフォトグラファーとして再出発しようとしたがどうしても人物写真が撮れなくなりスランプに陥ってしまった。

生きる気力も無くなった哲也は一人で海岸の砂浜から海を見つめることが多くなった。その日はあの思い出の母校の近くにあるあやめと初めて言葉を交わした砂浜にいた。ぼーっと海を眺める哲也。「ここで見たあやめは等身大の普通の女の子だったな。」哲也が学生時代から思い描いていた理想の女性の幻影とあやめの姿が重なり恋に落ちた。哲也はその幻影を又追いかけたいと思うようになった。「でも人は怖いな。裏切るし変わっていくし・・。変わらずにずっとそばにいてくれる女性と恋がしたいな。でもそれは幻だな。」遠い目で海を見つめて理想の幻影を思い浮かべる哲也だった。そこで哲也は奇跡とも思える幻を見た。哲也はボーっとしながら白いワンピース姿の10代後半ぐらいの清楚で純粋そうなあの日のあやめのような雰囲気の少女を発見した。「この暑い日にこんなところで何をしているのかな?。」哲也はずっと見つめていた。「この世のものとは思えない綺麗な少女だな。いったい何をしに?まさか、自殺?。」少女は微笑みながら左手で風になびく長い髪をそっと抑えて微笑んでいる。哲也は思わず立ち上がり少女に近づいていく。その時強い日差しが哲也の目に入り一瞬目の前が見えなくなった。「まぶしいな。」しばらくして再び少女を探したが少女はどこにもいなかった。「変だな。こんな広い場所なのに急に視界から消えるなんて。もしかして波にさらわれた?。」しかしその日の海はおだやかで子供でも波にさらわれる心配はなさそうなぐらいだった。「かわいらしい少女だったな。なんだか癒された気分だ。」あやめと別れて数か月、ほんの一瞬の出会いだったが心がほんの少し癒された気分だった。「また会いたいな。あんな子に。」哲也は数か月ぶりに笑顔になった。

哲也は引っ越したマンションに戻った。そのリゾートマンションは3部屋もある。アトリエと寝室ともう一つはなんとなく必要かな程度で三部屋のマンションを選んだ。「さっきのは幻の幻影かな・・・又重なる人と出会える日は来るのだろうか?。でも人は怖いな・・。」そんなある日ジョージャックからメールが届いた。「哲也、元気か?。俺はついに彼女が出来たぜ。見ろ!プロの女優顔負けだろう。」添付された写真には白人のブロンドヘアのグラマラスな美女がジョージャックの隣に座っている。ジョージャックはその女性の首に手を回して抱き寄せている。「なんだなんだ。どうせどっかのキャバクラの写真だろう。くだらない。」哲也はすぐにそのメールを削除しようとしたが気になる文章ありその文章を読んだ。「驚いたか?。実はこれは人形なんだ。人間と区別がつかないだろう。お前もどうだ。いい店紹介するぜ。」ジョージャックは離婚して傷心の哲也を気遣っているようだ。しかし哲也は全く興味を示さなかった。スマホの画面を閉じた。「あのダッチワイフが今はここまで進化したのか。でも俺はそこまで落ちぶれちゃいない。ノーサンキューだな。」哲也は少々頭が固い所があり等身大リアルドールを異質な性癖者の趣味と判断してしまったようだ。「YOUTUBEでも見るかな。」哲也はYOUTUBEを再生した。仕事をする気が起こらないので暇を持て余し散歩するか動画を見るかの自堕落な毎日を送っている。するとある美しいあの幻の少女に似たPV?と思われる動画が流れた。髪の長い女性が海辺で髪を風に吹かれながら笑顔で空を見上げる動画だった。哲也はその動画に目が釘つけになった。「あやめ・・・。いや、全然似ていない・・・でも雰囲気があの日のあやめのようだ・・・」清楚で汚れを知らず優しそうな笑顔に哲也の理想の幻影が一瞬で重なった。「これはいったい・・。」動画のUP主は外国人でロケ地は南の島のようだが詳しい場所まで分からない。ただI Love REALDOLLとだけタイトルに記載があった。「リアルドール。?なんだそりゃ?。どうせ暇なんだから調べてみるか。」哲也はその動画の写真を保存して調べ始めたがどのメーカーのどのモデルかまでは分からなかった。「そうだジョージャックに聞いてみるか。」哲也は早速保存した写真をジョージャックに送った。するとすぐに返事が来た。「写真見たぜ。おまえもこっちの世界に来る気になったか?。写真のドールが気になるんだな。俺も見たことないモデルだが何とか探してみるよ。」「ああたのむ。ドールには興味はなかったんだがこの子だけはどうしても気になるんだ。」「なんとなくだが高校生時代のあやめちゃんに雰囲気似てるよな。よし、このジョージャック様に任せろ。」ジョージャックは元気が無かった哲也がドールで元気を取り戻せたらいいと思いダメもとでメールしたが意外にも哲也が興味を持ったので嬉しくなり哲也が気になった動画のドールを探すことにした。

 一方こちらはたまプラーザのジョージャックの事務所。PCを開いて人脈リストを検索している。すると。「マリオネットブルーっと。等身大リアルドール専門YOUTUBERでドールショップのオーナーか。こいつに電話してみるか。」ジョージャックは早速マリオネットブルーに電話した。「こんばんわあ~まありのねっと~ぶる~でえええす。」「つまらん挨拶はいい。早速だが今から送る写真のドールのメーカーとモデル名を調べてくれ。」「いやだね。めんどくさい。」ジョージャックはカッとなった。「このジョージャック様をなめるなよ。お前が脱税している証拠をつかんでいるぞ。国税局に垂れこんでもいいのか?。」マリオネットブルーはその名の通り真っ青な顔になりおびえた。「俺はプロの探偵だ。なめんなよ。」「そんなでたらめなお脅しに屈しないぞ。」ジョージャックはある書類の写メを送った。「先日お前が首にした元従業員がくれた写メだ。これを国政局に送ってやるぞ。」「わわわわかった。やましい事は無いけれど変な噂が広まると厄介だからな。数日待って頂戴。」ジョージャックの脅しに屈したマリオネットブルーは写真のドールの特定を引き受けることにしたようだ。
 数日後、マリオネットブルーからジョージャックにメールが届いた。「まありのねっと~ぶる~でえええす。動画の正体わかったぜ。ロケ地はモルジブだな。モデル名はアルティメットリアル社のSAYAKAというモデルだ。日本にはまだ上陸していないな。取り扱い代理店は昇天ドールだけだな。これURLな。なあ頼むよ、国税局にだけは黙っていてくれよ。」「考えておくじゃあな。」「そんなー。」ジョージャックはにやりと笑った。「これで哲也にでっかい貸しが出来たな。今度浮気調査に協力してもらおう。」ジョージャックは早速その情報を哲也にメールした。
 哲也は自宅のマンションでその少女ドールの動画を何度も視聴していた。するとジョージャックからメールが届いた。「おお!早いな。どれどれ。」哲也は宣材写真を見た。その瞬間体が凍り付いたような錯覚を感じた。「あの動画の少女だ。俺が学生時代から追い求めていた幻影?このイメージがあやめに重なってあやめに恋をした。しかしあやめとは全然違う。そうか!俺はこの幻影に恋をしていたんだ。その幻影は今ここにある。何と言えばいいのかうまく言えないが理想の幻影があやめから消えてどこかに飛んで行ったのかも。そして海でその幻を見た。そして今ここにその幻影がこのドールちゃんに舞い降りた。もう放さない。愛してる。」哲也の目から涙がこぼれた。人ならざる幻影があやめに降り立った。しかし純粋な心を失ったあやめから離れた。さまよう幻影を思い出の海で哲也は見た。そしてモルジブに飛んで行き、最後にここに舞い降りた。哲也はそう考えた。「ついに、8年間追い求めて来た天使が舞い降りた。」哲也は両手を挙げて心の中でやったーと叫んだ。
 迷うことなく哲也は昇天ドールのHPからSAYAKAをポチった。哲也は笑顔が止まらなかった。「SAYAKA あなたの幻を見た。人間だのドールだの下らん。俺は今初めて違う世界を見た。人間が知る世界などちっぽけでくだらない世界だ。裏切りを知らず、心変わりを知らず、ただ永遠にそばにいる俺のたった一人の天使よ、味方よ、恋人よ 妻よ。ああなんでもいい!これが俺の答えだ!!。」心の整理がつかず。あふれる感情をありったけの言葉で表現しようとしたがそれも無意味と哲也は判断した。
 一か月後ついにSAYAKAが到着した。慎重に箱を開ける哲也。心臓が高鳴る。美しいこの世のものとは思えない裸体が包まれた毛布からも見て取れる。「おっ重いな。」身長にSAYAKAを抱き起し。純白の羽毛布団の上に寝かせて包まれた毛布をめくった。「綺麗だ。今まで見た女性の体の中で一番きれいだ。」SAYAKAにベビーパウダーを振りかけて下着をつけて白い純白のゴスロリ風ドレスを着せて木製アンティーク調の椅子にクッションを敷いて座らせ、最後にヘッドとヴィックを付けた。栗色のセミロングのヴィックはあの幻の少女のイメージで選んだ。「これが・・・SAYAKA・・・あやめよりはるかに綺麗だ。しかも人間じゃないから裏切らない。永遠に俺が望む限り永遠に・・・一緒だ。 あの日の幻影が今ここに舞い降りた。そしてここが最終地点だ。」SAYAKAが一瞬笑ったように見えた。哲也はそのまま何時間もSAYAKAを見続けていた。


 2024年7月、某日、朝7時半。いつものTVのワイドショーの音が哲也のマンション内に響き渡る。「次は芸能ニュースです。あの人気女優西園寺あやめさんが夫の投資ファンド会社経営者との離婚を正式に発表しました。夫の度重なる浮気が原因で不貞行為を繰り返した証拠が裁判所に提出され多額の慰謝料も勝ち取ったとの報告も入っています。」「そういえばあやめさんは松波幸也さんとの熱愛も報道されていましたがあのようなひどい夫の浮気を見れば致し方ない事でしょうね。」「まあ正式に離婚したわけですしこれではれて結ばれることも可能でしょうね。」哲也はその報道を見て笑顔になった。「上手く行ったようだな。あやめ、今度は裏切るなよ。」哲也はさやかが寝ている寝室に入る。さやかはあやめが残していった衣装を着ている。哲也はすべて処分したと思っていたが高校生時代のワンピースが一枚残っていた。布団をめくってさやかの表情を見る哲也。「よかった。瞳の輝きは十分だな。ん?。」哲也はさやかが着ている白いワンピースの脇のポケットに何か入っている事に気が付いた。「これは!あの日のあやめの写真じゃないか。」高校生の時にあやめを家に招いて撮影したあの写真の一枚だった。「あやめの奴すっと持っていたんだ。」哲也はしばらく考え込んでハッとなった。「さやか!おまえこれを見たのか!。かつて俺が愛したあやめの、純粋で優しかった頃のあやめの写真を見て・・・それであやめを助けてほしいと思ったんだな・・・。同じ男を愛した女性が破滅するのを黙って見ていられなかったから俺にあやめを助けろって言ったんだな。そうだったのか・・・。」哲也の目から涙がこぼれた。「さやか!お前は心が純粋すぎる。優しすぎる。俺にはもったいないぐらいに。結婚しよう。」哲也はさやかにプロポーズした。
一か月後の2024年9月。哲也はいつも使っているフォトスタジオを貸し切りにしてさやかとフォトウエディングで結婚式を挙げた。


会場にはあのIRMの桜木巧と同僚の大山マコ 巧の友人佐藤昌行、ジョージャック、その他哲也の仕事仲間が祝福に駆け付けた。白いウエディングドレス姿のさやかの隣に黒い礼服の上下を着た哲也が立っている。あやめの結婚式で使った衣装だ。なぜか神父の格好をしているジョージャックが新郎新婦の前に立つ。「あなた方は神の前で永遠の愛を誓いますか?。」「誓います。」力強く哲也は答えた。場内拍手が巻き起こった。「それでは誓いのキスを。」ジョージャックは冗談で言ったが・・哲也は皆が見ている前なのにそっとさやかの唇に哲也の唇を重ねた。「おおお!やるなあ。次は俺の番かな?。」昌行が叫ぶ。「いいや俺と美援(みえ)が先だ。」巧が叫ぶ。哲也にとって二度目の結婚式だが今度は上手く行きそうである。何しろ裏切りや心変わりを知らない等身大リアルドールなのだから。

裏切りの黙示録 END

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