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人のいない楽園 第一章  見えない束縛 第四話

2022年8月12日土曜日、佐藤昌行はある運送会社の営業所に向かっていた。何故か濃いグレーのブランド製のダブルのスーツを着ている。ヘアスタイルはスポーツ刈りで夏らしいさわやかな感じである。おそらくそこらの床屋ではなく名のある美容院の仕事のようだ。昌行はレンタカーを借りており車種は高級なワゴン車である。後部座席は折りたためるようになっており人が二人は寝そべる事が出来そうだ。白いワゴン車の中は香水だろうか?。あまり強すぎない種類のものでラベンダーに近い独特な香りがする。まさか!デート?しかし行先は営業所である。「うーんホテルの予約は今夜6時か。お城のようなホテルのツインのスイートルームで記念すべき初夜を一緒に迎えるのか。今から心臓がどきどきする。」昌行は柄にもなくまるで初めてのデートに向かう中学生のような感じでテレながらにゃにやしている。いったい誰とデートなのか?。運送会社の女性事務員でもナンパしたのか?。昌行は東農運輸という運送会社の巨大な倉庫兼積み出しプラットホームに向かった。「すみませーん。営業所留めの荷物引き取りに来ました佐藤です。」「はーい、こちらになります。」綺麗な女性事務員が昌行を案内する。「これか!でかいな。」「今係りの者が手伝います。」「いいですよ。これから自分でやらなきゃだし。」昌行は慣れない手つきで巨大で長い大きな箱を持とうとするが・・・。「おおお重い。」なかなか持ち上がらない。「ちょっと失礼。」綺麗な10代後半ぐらいの細身の女性事務員が巨大な段ボールの横にしゃがみ込み両手でかかえて腰に密着させて体を左に倒しながら立ち上がり軽々と持ち上げて昌行のレンタカーの後部ハッチから積み込んだ。「ええ!凄いですね。この箱50kg近くはありますよ。」「忙しい時は職員総出で積み込み手伝うので慣れました。」女性事務員は笑顔で答えた。運送会社あるあるである。昌行は深々と女性事務員にお議事をしてお礼を言って缶ジュースを事務所の前の自販機で買って女性事務員に渡した。「いやーすごいですね。かわいいだけでなくたくましさも併せ持つすばらしい方です。」昌行は”この子俺の女にしてやってもいいかな?。”と一瞬思った。しかしすぐに愛香の姿が思い浮かぶ。「いかんいかんいかん。すみません。私には心に決めた人がいます。」「はあ?。」訳が分からない女性事務員。昌行は笑顔で女性事務員に手を振りながら東農運輸を後にした。昌行は予約したホテルにすぐ到着した。予約時間10分前だがチェックインは可能だった。お城のようなデザインのホテルで休憩 宿泊が別料金である。あ!ラブホテルだ。昌行はラブホテルに宿泊するようだ。後から彼女が来るのか?。昌行は巨大な段ボールを慣れない手つきで運ぶ。しかし歩いては休みを繰り返し予約した部屋に到着するまで小さなホテルなのに15分もかかった。部屋を開けると綺麗な純白のシーツと毛布が丁寧にたたんである大きなダブルベッドに小さなカラオケセット、飲み物入りの冷蔵庫に天井と両端の壁に大きな鏡、絨毯は真っ赤で椅子は木彫西洋風の椅子が二つある。二人掛けのソファーもあり昌行はソファーに倒れこんだ。「疲れたー。持ちにくい重い段ボールをここまで運ぶなんて何の罰ゲームだよ。でもこれからはこの苦行に耐えないとならないんだよな。昌行は大汗をかいたのでシャワールームに入りシャワーを浴びた。「やる前のシャワーはエチケットだよな。」しかし相手の女性は一向に現れない。
白いガウンに身を包んだ昌行は歯を磨き香水を自身に吹き付けたのち段ボールの前に座った。カッターで丁寧に巨大な段ボールの透明」テープを切り箱を開ける。すると白い柔らかそうな毛布にくるまれた何かがある。丁寧に毛布をめくると全裸の女性が出て来た。え!首が無い!。どうやら等身大リアルドールのようだ。「初めて見るが美しい肌だな。リアル塗装オプション注文してよかった。白い肌に赤い血色のよさそうな赤身がリアルだな。」昌行は早速用意していた白い下着を着せて説明書を見ながらヘッドを取り付けた。「綺麗だ・・・まるで天使だ・・・今まで付き合って来た彼女達には悪いが誰もかなわない。あーあ、あと5年早くこの子に出会っていたら傷ついたり傷つけたりしないで過ごせただろうにな。」昌行は急に遠い目になった。10分後・・・・我に返った昌行はあの夢で見たドールと全く同じ姿形の”愛香”と名付けた等身大リアルドールに下着を着せてダブルベッドに座らせてその姿をじっと見ていた。何故か少し悲しそうに見える。「ん?第一印象良くなかったかな?。見た目は大人の女性で経験豊富そうだけどまだ生まれて一か月だしきっと見たことが無い外の世界と外の人間に驚いているんだな。」昌行は新婚初夜を楽しみにしていたが不安そうな愛香の姿を見て思いとどまった。「なんだよ。そんな顔されちゃ出来ねえじゃねえか。ちッ折角高いホテル代払ったのにお預けかよ。悪党にはなりたくないし仕方ないな。」まるで付き合いたてのカップルがホテルに入ったはいいが直前でHを拒否らてた彼氏になったような気分だった。昌行はムッとしながらワインを飲んでその日は早めに寝た。隣には愛香が白い下着姿で寝ている。愛香の表情が少し和らいだように見える。
数日後、愛香をお迎えしてご機嫌の昌行は元気よくカウンセリングの仕事に励んでいた。「佐藤君最近頑張っているね、患者さんの評判もかなりいいよ。その調子で頼むよ。」この精神科医院の院長日下部は70歳近いベテランである。高齢ゆえ引退を希望しており後任の精神科医をずっと探している。そのかいあってようやく後任の精神科医が見つかり早速来週からここに赴任するようだ。「日下部先生今まで本当にお世話になりました。ご勇退後はゆっくりお休みください。」昌行は頭を下げる。「ははは。まだ早いよ今週いっぱいは頑張るからね。ああ後任の精神科医は女性だよ。まだ若いが優秀な精神科医だ、しかも凄い美人だぞ。良かったな佐藤君。」日下部は軽く昌行の肩に手のひらをのせて微笑んだ。「綺麗な女性の精神科医?。まさか!」昌行はなんとなく嫌な予感がした。
一週間後日下部は引退した。その後任としてある若い巨乳の美しい精神科医が赴任してきた。院長代理がその女医を朝の朝礼で紹介する。「えー今日からこの病院で働いてもらう事になった精神科医の”下村由紀”先生だ。」黒縁眼鏡で長い髪を後ろに束ねきりっとした雰囲気の巨乳の女性が白衣を着て胸を張って立っている。その白衣だがやけに体にフィットしており胸元もやや開いており男性職員男性看護師の注目を集めている。しかし一人だけ下村を見ないように視線をそらしている職員がいる。昌行だ。「下村由紀です。今日からお世話になります。私は先日まで東京の精神科医でインターンをやっていました。本格的な勤務はここが初めてとなります。この病院はとても評判が良く回復率も常に上位と聞き及んでいます。皆様のような優秀な方々と一緒に働けることを嬉しく思います。」場内から拍手が起こる。頭を下げる由紀。頭を上げた瞬間昌行と目が合った。「え?昌行?・・・。」驚きを隠せない由紀。目が合った瞬間目をそらす事が出来なくなった昌行。空気を読んだのか院長代理はすぐに話し始めた。「下村先生はここが初勤務となるが大変優秀な実績をお持ちです。きっとみなさんと力を合わせて多くの患者さんを救う事が出来ると思います。では今日から宜しくお願いします。」朝礼での挨拶が終わり皆持ち場に戻る。
午前12時。昌行は人目を避けるかのように食堂ではなく病院の駐車場のベンチで一人で弁当を食べていた。「折角愛香をお迎えして甘い同棲生活を送っていたのに・・・神様よ!なんの罰ゲームだ?。多くの女性を傷つけた罰ゲームか?。」昌行はすぐに罰ゲームは仕方ないかなと思った。
昌行がぼーっとそのような事を考えていると、人が近づいてくることに気が付いた。「探したわよ。」昌行に声をかける女性がいる。由紀だ。「久しぶりだな。元気そうだな。精神科医になれてよかったな。おめでとう。」ややうつむきながら話す昌行。「ありがとう。しかし驚いたわ。まさかこんな偶然があるなんてね。でもお互いプロなんだから私情を捨てて仕事しましょうね。」「ああ同感だ。由紀が優秀なのは俺も良く知っている。優秀な医者の下で働けることを前向きにとらえることにするよ。」昌行はややひきつった笑顔で答えた。昼休みが終わったので二人は持ち場に戻った。
 由紀が赴任してきて2週間が過ぎた。今年の夏は猛暑続きで八月も後半だというのに猛暑は相変わらずのようだ。しかしこの2週間は暑さも忘れるような忙しさで由紀の事を考える暇も無いくらいだった。「最初は気まずかったが慣れればどうという事は無いな。これも愛香のおかげだな。彼女がそばにいてくれるおかげで蘇る辛い過去の思いも元カノの存在にも耐えられる。愛香がいなかったらどうなっていた事か。これも守り神となったアイちゃんのおかげだな。」昌行のスマホの待ち受け画面はアイちゃんの額に入った写真を持った愛香の写真である。二人に守ってもらおうと思いお守り代わりに待ち受け画面にしている。
しかし前触れもなくある事件が起こった。9月初旬、ある品のいい会社経営者が来院した。あの斎藤正敏である。彼は等身大ドールに癒されているとはいえ愛する妻に若くして先立たれ精神はずっと不安定なままである。正敏の自宅からこの病院は遠く離れているが正敏は昌行の人柄を慕ってこの病院に来るようになったのだ。「やあ、佐藤さん。お久しぶりです。こうして又お会いできてうれしいですよ。これから宜しくお願いします。」笑顔で会釈する正敏。「わざわざ遠くからありがとうございます。精一杯努力しますので。」笑顔で答える昌行。正敏は由紀の診察を受け、処方された薬を受け取り笑顔で昌行に手を振って病院を後にした。しかし正敏は少し元気な無い様子だった。「斎藤さんお疲れなんだな。」昌行は心配そうに正敏の背中を見つめて見送った。その直後、昌行は由紀に診察室に呼び出された。今後の治療の打ち合わせの相談をするためだ。診察室のドアを開けて中に入ると足を組んで正敏のカルテを片手に持って睨むように見つめる由紀がいる。「この斎藤さんという患者さんかなり心を病んでいるわね。重症ね。」おもむろに話を切り出す由紀。「何しろ若くして奥さんをガンで亡くしておられるから当然だよね。」静かに答える昌行。しかしその後の由紀の発言に驚愕することになる。「斎藤さんが話してくれたんだけどあの人頭がいかれているわ。もう助からないかもね。」驚く昌行。「一体何があったんだ?。」呆れた表情で由紀はやや感情的に答える。「ダッチワイフ依存症ね。吐気がするわ。」その一言で昌行は理解した。「私に人間そっくりのダッチワイフの写真を見せたわ。この子に救われたですって。笑っちゃうわ。私あの類のグッズ大嫌いなのよね。すぐに廃棄するように言ってやったわ。」嘲り笑う由紀。それを聞いた瞬間、昌行は切れた。「おまえそれでも人間か!!!。お前にそんなことを言う資格はない!。」突然切れらた由紀はびっくりしたがすぐに逆切れした。「いきなりびっくりするでしょう!。何であんな奴の肩持つのよ。」「斎藤さんは俺の恩人だ!。悪口は絶対許さない!。」「それはお前の私情だろ!私情を仕事に持ち込まないんじゃなかった?。」「大切な友人をバカにされて黙っていられるか!。これを見ろ!。」昌行はスマホの待ち受け写真を由紀に見せた。「あらかわいいねこちゃんね。」「こっちだ!。」「あら昌行の今の彼女?。かわいいわね。」昌行は怒りが収まらず極秘にしていた愛香の写真を元カノの由紀に見せた。「これはお前が大嫌いな等身大リアルドールだ。」「はあ?。お前気でも狂ったか?頭は確かか?」「正気だ!。これでも斎藤さんがいかれているという気か。」「おまえの頭も精密検査したほうがいいな。いかれたヒーリングカウンセラーなんて聞いた事が無い。」「なんだとー。世界中の等身大リアルドールの持ち主は全員頭がいかれているとでもいうのか!。お前こそ正気じゃないぞ!。」大声で口論をするので院長代理が何事かと診察室に入ってきた。「おいおいおいおい!いったい何事だ。二人ともおちついて。」感情が収まらない由紀「院長代理!この薄汚い男を今すぐ解雇してください。こいつは異常者です。」「なにいってやがるお前こそ偏見に凝り固まった差別主義者じゃないか!。医者が聞いてあきれる!。」困り果てた院長代理はとっさにある提案をした。「喧嘩の原因はわからないが二人とも当医院では不可欠な人材だ。そうだ!佐藤君はしばらく自宅でテレワークでカウンセリングをしてくれないか?。患者さんも佐藤くんを必要としているし。」院長代理はとっさのひらめきとはいえこの問題を解決するいいアイデアを思いついた。「すみません。私も大人げなかったです。院長代理さえよければそれに従います。自宅も遠くて通勤大変だし助かります。大声出してすみませんでした。」深々と頭を下げる昌行。「私も謝罪します。そのようにお取り計らいお願いします。」由紀も頭を下げた。昌行は次週から自宅勤務になった。
第四話 END

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