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人のいない楽園・・・ 第四章      1982 第一話

 2024年5月某日。
 ある大手工務店で全事務社員を集めて定例の社長からの挨拶を兼ねた特別朝礼が行われていた。事務社員300人が会社の体育館に集まっていた。
その会社の副社長の氷室が社長を紹介する。
「偉大なるわれらが指導者!我らがリーダー 大頭領! 山城~剛社長のお出ましだ。皆敬礼(`・ω・´)ゞ。」事務社員全員が右手を真っ直ぐに上げる。「偉大なる!我らが英雄、我らが支配者、我らが大頭領 山城剛社長!。」剛は演説台に立った。そして話し始めた。「聞け!わが同士達よ!。今の日本の建設業界は腐っている。政治家への賄賂、談合、夜の接待、並びに不法滞在外国人の違法な雇用など数多くの汚職、不正がまかり通ている。実に嘆かわしい。そこで私はそんなブタ共とは断じてなれ合わない。そしてわが社の社員にそのような腐ったものは一人もいないと信じている。」従業員は歓声の声を上げる。「そうだそうだー。そんな不正は許すなー。」「我々は断じてそんな不正は許さないぞー。」剛の熱い演説は続く。「業界内で蔓延る不正を正す為、私は戦う!皆力を貸してくれ。」「流石社長だ!。大頭領!大頭領!大頭領!大頭領!。」体育館内に大頭領コールが巻き起こった。剛は元々職人上がりなので汚い大人の世界とは無縁である。それゆえ社長に就任して業界の闇を知り、失望し、落胆したが死を覚悟してその闇と戦う決意をした。女房子供は安全な地方に逃がし。剛は業界の闇をマスコミにリークしたり貧しい労働者に施しを与えたりする日々だった。
演説を終えた剛は社長室に戻る。
 演説後休む間もなく山城工務店 山城剛 社長62歳はある書類を見て渋い顔をしていた。
彼は先代社長から会社を引き継いだ二代目で子育ても一段落し二人の息子は大学を卒業して公務員になった。剛は元々大工の頭領だったが統率力とカリスマ性が買われ先代社長の娘婿として結婚し、2代目社長を引き継いだのだ。元々大工の頭領をやっていたので”大頭領”と親しみを込めて呼ばれている。
 山城工務店はGW中ではあるが休みが無い。その理由は連休中に新店舗の建築に励んでいたためだ。理由としては作業員が真夏に作業すると熱中症になるので人道的な配慮を最優先しての事である。 
 さて真夏前に重要な基礎工事を終了したいのだがその作業は遅れているようだ。「氷室副社長、この店舗の作業が特に遅れているようだな。」剛が渋い顔で話す。「はい、この店舗の現場監督”山本六郎”がどうやら原因のようです。」剛が頭を抱える。「またあいつか。しょうがないな。」「大頭領!いくら学生時代からの友人でもあいつをこれ以上好き勝手にさせるわけにはいきません。一度お忍びで現場を視察して奴を叱り飛ばしてください。」「又例の奴をやるのか。気が進まないな。業界の闇を正す前に社内の闇をなんとかしないとな。」剛は市販の作業服に着替えて山本の担当する現場に向かった。
 一方こちらは山本六郎が担当する現場。だが山本は現場で昼間からビールを飲んで管理事務所で寝ていた。作業員たちは皆現場監督がいない事をいいことに仕事をせずに遊んでいる。「監督がいなけりゃこっちのもんだぜ。あいつ昨夜は又キャバクラで深夜まで飲んでいたんだぜ。だから当分起きてこねえな。」「遊び放題怠け放題、これで日当もらえるんだからやめられないぜ。」実にひどいありさまである。そんな現場に二人の作業服を着た男性が現れた。「これはひどい。怠け放題だ。」あきれて見ている剛。そこにガラの悪い外国人や入れ墨が入った作業員がやってきた。「なんだてめえらは。俺たちに何か用か!。」「おいおっさん。ここは泣く子も黙る山城工務店の作業現場だ。命が惜しけりゃさっさと帰れ。」
 実に態度の悪い典型的なならず者たちである。副社長の氷室が突然叫んだ。
 「ここにおわすお方をどなたと心得る、恐れ多くも山城工務店 2台目社長!大頭領こと山城剛社長であらせられるぞ。下郎ども!頭が高い!。」氷室は剛の社員証を見せた。
「ええええ!。あの大頭領、やくざも恐れるあの大頭領閣下!ははーっ。」先ほどまでいきがっていたガラの悪い作業員たちはたちまち全員その場にひれ伏した。
「どどどどうか首だけはご勘弁を。ここの日当は他の倍以上だからやめたくない。」全員土下座をして頭を地面にこすりつけた。
「お前たちのような雑魚には用はない。山本はどこだ。さっさと連れて来い!。」怒鳴る剛と氷室副社長。ちなみに氷室副社長はマヤ様の手下の氷室空子の実の父親である。本名は太郎平である。親子そろって権力者の手下である。間もなく山本が作業員に連行されてきた。「お前がだらしないから現場の規律が乱れるのだ。これで何度目だ!。」山本とともに副現場監督のウズベキスタン系パキスタン人の”モードック”も連行されてきた。「こいつもグルです。」二人は二日酔いでべろんべろんである。
 「おい山本、お前は私の大学生時代からの友人だから今まで我慢して今日まで耐えて来た。仏の顔も三度までと言われているがこれまで30回は大目に見て来たがもう限界だ。
 あとモードック!お前がついていながらいさめる事もせず一緒になって飲み歩くとは。お前も同罪だ!。」その言葉に酔いが覚めた二人は見苦しい言い訳をし始めた。
「こここここのモードックのやろうにそそのかされたんですよ社長。信じてくださいよ。」
「ふざけるなよ。お前が俺にいいキャバ嬢がいるキャバクラ探して来いって命令したんじゃないか。」剛は切れた。
「もう限界だ。お前たちクビだ、解雇だ ファイヤードだ。」
 六郎は即座にモードックを指さした。「そうすですよ。こんな奴クビにしてくださいよ。」あざ笑う六郎。しかし。「聞こえなかったのか!?私はお前たちと言ったんだ。お前もクビだ。出ていけ。」会社を食い倒すシロアリ社員二人はもはや言い逃れも出来ず懲戒免職が決定した。

 このような波乱万丈な日常を過ごす剛だが唯一心を許せる人?がいる。翌日は一か月ぶりの休暇が取れた剛は女房子供を地方に逃がしているので広い屋敷には彼一人である。
 しかし彼の屋敷のリビングにはすごい美人がいる。愛人か?。浮気相手か?。「ふう、今日は大変だったな。あれから山本とモードックは泣き叫びながら私の足を掴み靴をなめ始めた。仕方ないから重労働3か月で解雇だけは許してやったがそれでよかったのかな?。」愛人?に話しかける。「答えるはずがないな。」剛はそっと美女を抱き寄せた。

 実はこの美女は等身大リアルドールである。アルティメットリアル社の美里(ミリ)というモデルで人間と全く区別がつかない事で有名なモデルである。
 剛は妻を愛しており浮気をしないかわりにこの等身大リアルドールを妻公認でお迎えしたのだ。
 自宅は広い屋敷でガレージにはビンテージフェラーリ348とアストンマーチンが入っている。剛は美里をフェラーリに乗せた。
 目立たぬように夜のドライブをするつもりのようだ。「ふう。フェラーリは乗り降りが大変だな。」美里にもシートベルトをしめて夜の高速道路を走りPAでデートをするつもりである。ブオンブオンと太いV8独特の爆音がガレージに響く。
ガレージの電動シャッターがスマホのリモコンで開く。
「美里はフェラーリ初めてだろう。今夜はドライブ楽しんでくれよ。」
 リトラクタブルヘッドライトを開けて車がガレージを出る。
 間もなく高速道路に入り剛は時速200kmでクルージングする。国産車の180kmリミッターが無いのでだれも追いつけない。すると1台の黒いカウンタックが走ってきた。「平日の夜に珍しいな。」カウンタックには助手席に若い女性が乗っていた。「かっこいい。フェラーリだ。」それが気に入らなかったのか運転している男は猛スピードでフェラーリを追い抜こうとするが348は260km以上出るのでなかなか追い抜けない。「ちょっとーこの車見てくれだけじゃない。なんで追い抜けないのよ。」カウンタックは300km出ると言われているが鋼管フレームで設計も古いので300km出そうとしての車体がついて行かないし事故るのでだれも出さないらしい。結局フェラーリを追い抜くのをあきらめたようだ。剛がつぶやいた。「ふん、だらしねえな。それでもカウンタックのオーナーか?。」その時である。CDで角松敏生が流れた。「1982年頃だったっけな?。初彼女との思い出の曲だ。亜希子今どうしているのかな。馬鹿な女だ。俺と結婚していれば今頃社長夫人でフェラーリの助手席にも乗れたのにな。」
 実は助手席の等身大リアルドール美里は少しだけ初彼女の面影がある。
それがお迎えのきっかけになったのだがそのことは妻には内緒で墓場までその秘密を持っていくつもりのようだ。時速250kmで走る剛。しかし前方に突然強い光が光り前方が全く見えなくなった。「なんだ!。」前が全く見えなくなった。その後急に光が消えた。「ふう。助かった。いったいあの光はなんだったんだ?。」
剛は近くのPAに入り車を停めた。「ちょっと待っていろよ美里。」トイレに行って用を足す剛。鏡の前に立つとある若いイケメンが立っている。ぶかぶかのスーツである。「なんだこいつ、ぶかぶかじゃないか。みっともないな。」しかしほかにだれもいない。「え?こいつ誰だ?ドッキリか?。同じ動作をするイケメンはだれだ?。俺か?ばかな!。」状況が呑み込めない剛。PAのお店で缶ジュースをカードで買おうとするがカードが使えなかった。仕方なく自販機で1000円札を入れたがエラーになり出てきてしまう。「あれ?。」100円玉でようやく購入できた。再び車に乗ってカーラジオを点けた。すると午前零時の時報とともに「1982年5月〇日になりました。」というアナウンスが流れた。「ええええええ!1982年だと。」ようやく状況が呑み込めた剛。高速を降りようとしても料金が払えないので実家の住所と連絡先を伝えて後日振り込むことにした。「1982年ということは俺は大学の建築学科の学生だな。とりあえず実家に行くかな。」剛はフェラーリで実家に帰った。実家の駐車場は青空駐車なのでとりあえず目立たぬように車に積んであった自動車カバーをかけた。実家は本屋の二階より上にある。剛は実家に入ると母親がまだ起きていた。
「剛、一体どこに行っていたんだい。明日は学校だろ。なんだいそのぶかぶかのスーツは。父ちゃんのスーツかってに着たらだめでしょ。」剛は母の姿を見て驚きを隠せなかった。「若いなあ。めちゃ若い。」おどろく剛の母「お前何を突然言い出すんだ?ははあ小遣いが欲しいんだね。見え透いたお世辞言わなくてもやるよほれ。」「伊藤博文!懐かしい。今は野口だよな。」「はあ?何言ってんだ、あんな小物が肖像画になれるかい。」剛の母は野口をディスった。
剛はすぐに寝ることにした。「これは夢だ。明日になればすべて元に戻る。」そう信じて就寝したが・・。「おはようございます。1982年5月某日です。」ブラウン管TVのアナウンサーが元気な声で言った。「戻っていないな。でも若返ったんだ。これはこれでいいかも。」すると部屋の外の階段を勢いよく登って来る音が聞こえた。「おおい剛、起きたか?。」なんと学生時代の山本六郎である。剛は驚いて山本を見るやいなや話しだした。「おまえ、若いな。」「はあ?。20歳なんだから当たり前だろ。お前変だぜ。」
「なんだおまえその口の利き方は!社長に向かって無礼だぞ。重労働延期するぞ。」1982年当時の山本が切れた。「おまえいいかげんいしろよ。俺がいつお前の会社の社員になったんだよ、訳の分からない事言っていると彼女紹介してやらないからな。」「彼女?。」「ああそうだよ。お前あれだけ俺に泣きついたのにふざけた事ばっか言ってると紹介してやらないからな。亜希子ちゃんを!。」「亜希子ちゃん?。」剛はすべてを思い出した。「そうか、そういえば亜希子ちゃんと知り合ったのは1982年の5月頃だったな。初めて会ったのは六郎が花火大会の帰りに休憩に寄った時だよな。六郎の彼女の友達としてここに亜希子ちゃんを連れてきて俺が一目ぼれしたんだったよな。」剛はすべて思い出した。「(剛の心の声)まずい。この部屋のクローゼットの中を見られたらまずい。美里が入っている。六郎は泥棒みたいに人の部屋をひっかきまわす癖があるからそれやられたら一発でアウトだ。ものすごくまずい・・・。」剛はピンチに立たされた

第一話 END

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