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人のいない楽園 序章        敗北の記録 第二話


序章 敗北の記録・・・  第二話
2023年5月中旬、桜木巧は新卒で某中堅医療器具商社に入社し、1か月間の研修期間を終えて新人営業社員として担当した顧客の病院を回っていた。人員に余裕がない会社なので研修内容は十分とはお世辞にも言えないものだった。「なんだこれは、TPEじゃないか!。これでは耐久性に難があるだろう!。オタクの会社は素材知識もない新人を長年取引してきたウチの病院の担当にするのか!。もういい帰れ!部長に怒鳴り込んでやる。」怒鳴っているのはこの病院の外科医の福田という医師で今年50歳になるベテランである。どうやら提案した素材が適切ではなかったらしく切れてしまったようだ。「申し訳ありません。私の勉強不足でした。すぐに戻って最善の素材を見積もって参ります。」深々と頭を下げる桜木巧、しかし・・・「もういい!納期が間に合わない!今回はB社の商品を採用する。帰れ!。」福田の怒りは収まらず、ライバル会社の商品を採用する事を決めたようだ。桜木はうつむいたままひたすら謝りつつ静かに病院を後にした。会社に戻り直属の上司に今回の件を報告した。「何をやっているんだ馬鹿野郎!。お前は1か月間何を学んで来たんだ!。会社を潰す気か!。あーあ、明日又謝罪の為の宴席を設けなければならないな。お前の年収の査定に響くからな。」皆が見ている前で怒鳴られる巧、これは会社の方針で失敗した者はこうなるという見せしめを兼ねた恐怖政治にも似た儀式である。長年この会社に勤める者にとっては見慣れた光景で誰も見向きもしなかった。「俺いつ首になってもおかしくないな。京子との甘い生活の為に頑張らないといけないのに・・・どうしたものか??医療器具や人工臓器、義手義足の素材ってなんでこんなに種類があって難しいんだろう?。」巧が落ち込んでいるとある先輩営業マンが話しかけて来た。「お疲れ様、課長のヒステリー相変わらずだな。まあ気にするな。あれは他部署に厳しくやっているというアピールの為の芝居だ。失敗しない人間なんていないんだから気にするな。それに挑戦したから失敗したんだ。恥ずべきことは失敗よりも挑戦しない事だ。次頑張れ。」巧はそれでもうつむいたままである。先輩社員はさらに話を続けた。「聞いたぞ。桜木君は綺麗な彼女がいるんだって?羨ましいなあ。俺なんてかっこよくないからいつもフラれてばっかでさ。町を歩くカップルを見るたびに不平等な神様を恨んだものさ。まあ神様を恨んでもイケメンにはなれないけどな。ははは。」先輩社員はやや自虐的な話をして巧を慰め、その場を去った。「そうだ!。俺にはモデルみたいな綺麗な彼女 京子がいる。誰にでも手に入るものではない。京子との甘い生活の為に頑張らなければ。」愛する京子のおかげでぎりぎりまで追い詰められた心が救われた巧だった。
数日後の土曜日、巧は恋人の京子の買い物に付き合わされていた。とある有名ブランドのブティックで京子は試着している。かれこれ数時間はかけている。「ねえ、これ似合ってる?。」微笑みながら京子は前と後ろ姿を巧みにせる。「そうだねー。でもさっきの服の方が良くない?。」すると京子は急に不機嫌になった。「ええーこっちの方がいいじゃん。」さっきの服よりこの服の方が三割高い。巧は悟られないようにしながらこの服の会計を避けようとしていた。すると「やあ、桜木さんじゃないですか!。奇遇ですね。」声をかけて来たのは巧の取引先の大病院のオーナー院長の長男で医師の野沢健司である。おせじにもイケメンとは言えず小太りで絶えず甘いものを口にしている。「野沢さん奇遇ですね。いつも世話になっています。」深々とお辞儀をする巧。野沢は京子を見つめる。その様子を見た巧はすぐに野沢に駆け寄り京子を紹介した。「こちらは私の恋人で京子です。」「はじめまして。芹沢京子です。」学生時代から京子はイケメン以外の男とは目も合わせようとしない女性である。目をそらす京子。「野沢さんは巧の取引先という事は病院にお勤めなんですか?。」野沢は得意げに話す。「ええ、まあ、父が大きな病院のオーナーでして。ああこれ私の名刺。」野沢は京子に名刺を差し出す。「まあ、ありがとうございます。」京子は野沢と目を合わせて会釈をして名刺を受け取った。「ああ、すみません。デートのお邪魔をしてしまいましたね。私のような邪魔者は退散します。お幸せに。」余裕ある対応の野沢。その後ろ姿を見つめる京子。巧は少しムッとした。「京子、服選びはもういいのか?。」「ああそうね。大病院オーナーの御子息か~いい服着てたなあ。お金持ちなんだろうな~。」わざとらしくため息をつきながら流し目で巧を見つめる。「京子、その服似合っているよ。それにしよう。」「ええ?いいの?高いよこれ。」「構わないさ、俺だってそのくらい。」巧は野沢を見る京子の様子に嫉妬したのか高価な衣装をプレゼントする決意をしたようだ。
翌日の日曜日、巧は休日出勤の為出社している。ヒマを持て余した京子は学生時代の友人とファミレスで会っていた。ドリンクバーとケーキバイキングを頼んで2時間以上居座っている。「いいなー京子の彼氏ってイケメンじゃん。背も高いしね~。」京子は得意げである。「学生時代からの付き合いでさー。でも就職活動失敗したみたいで三流商社の営業なのよねえ~。」謙遜のつもりで言ったようだがそれを聞いた京子の友人がにやりと笑った。
京子の学生時代からの友人?山田ちなつは凡庸な見た目の普通の女性である。最近彼氏と婚約したようでグループラインに彼氏とのツーショット写真を上げている。「ちなつ~ライン見たよー。婚約おめでとう。性格よさそうな人じゃない。」京子は勝ち誇ったような態度でわざとらしく祝福するかのような事を言う。しかし「ありがとう京子~。彼見た目はあれだけど大手不動産会社の長男でさ~結婚したら海外移住しないかって言われてるんだ~。シンガポールかブルネイ、香港、ハワイ、ロサンゼルスにも不動産があってさー。迷っちゃうなー。」京子の表情が急に固まった。「あらそう。良かったわね。」「私も学生時代はかっこいいイケメンがよかったけどさ~社会人になったらやっぱ年収、資産持っている男がかっこよく見えて来ちゃってさー。好みって不思議なくらい変わるよね~。」遠回しに嫌味を言っているように京子には聞こえた。ふと何かを思い出したかのように財布の中を探す京子。「うーんどこかなー。」京子は昨日、巧とのデート中に渡された野沢の名刺を探し、わざとらしくテーブルの上に名刺を落とす。「あ!ごめんねー。ここのクーポン探していたら落ちちゃった。」ちなつは拾った名刺を見た。「え?これってあの有名な大病院の名刺じゃない。」「拾ってくれてありがとう。これあの大病院のオーナー院長の長男の名刺よ。」今度はちなつの顔が引きつった。「実はさ~今真剣に悩んでいるのよね~それでちなつに相談しようとおもってさ~。」嘘である。「この御曹司から交際申し込まれたんだ~結婚を前提にだってさ~」これも嘘である。ちなつはやや焦った様子で話す。「ええ!だって彼氏いるじゃん。それやばいよ。」「そうなのよね~大病院の御曹司、いずれ大病院を継ぐ大物なのよね~ホントやばいよね~。」「いやいやいやいや、そりゃだめでしょ。巧君にわるいでしょ。」「えーだって婚約とかしてないし~。どうしよっかな~。大病院なら民間の会社と違って潰れる心配ないし~。バブル崩壊しても大丈夫だし~。」今度はちなつが不機嫌になった。「二股かける気?人としてまずいよ~。」「ちなつはほかに交際申し込んでくる男とかいないの~。選択肢は多いほうがいいよ~。あらごめんね~野沢さんにディナーにさそわれちゃった~。じゃあねえ~。」勝ち誇ったかのように京子はちなつを置いてファミレスを出て行った。一人残されたちなつは京子の後姿をじっと見つめていた。
同日同時刻巧は会社の資料室で休日返上で勉強していた。その日は先日大失敗した義足の素材について勉強していた。「ふむふむ 下腿義足(かたいぎそく)膝より下の切断で装着します。大腿義足(だいたいぎそく)膝から上の切断で装着します。ふむふむライナーが主流っと、素材は、シリコン、TPE(熱可塑性エラストマー)、ウレタンなどか。」読みなれない資料を読み続けて数時間経過した。「ネットでも調べたけど会社の資料は極秘扱いなだけあって詳しいな。おっと閉館時間まであと30分か、持ち出し禁止だからしっかり頭に叩き込むぞ。京子を幸せにするためだ。」恋人の京子を信じて疑わない巧。京子が嘘をついてまで友人にマウントを取ってる間に巧は京子との幸せな生活の為に休日返上で頑張っていた。午後6時、某ホテルのラウンジレストランで京子は一人で誰かを待っている。巧と約束でもしているのか?。数分後一人の男性が京子の前に現れた。野沢健司だ。大病院の医師でオーナーの長男だ。何故?。「おまたせしてすみません。場所はここで宜しいですか?。」「ええ、十分です。お休み中突然連絡してすみません。」京子は胸元が開いた衣装を着ている。昨日巧にプレゼントされた衣装だ。野沢は露骨に京子の胸元に視線を送った。しかし悟られぬようにすぐに目をそらした。心の中では”桜木の奴こんないい女とやっているのか。ふざけやがって。”と言わんばかりの表情である。「どうなさったんですか野沢さん、お疲れですか?。」「いえいえ大丈夫ですよ。それでご相談とは何でしょうか?。」京子は少し元気がなさそうな様子で話し始めた。「いつも彼氏がお世話になっています。新人でまだ経験も浅いのできっとご迷惑をおかけしているでしょうね。申し訳ありません。」あくまで巧の事が心配で巧の事を相談する事を口実に野沢を呼び出したようだ。「桜木さんにはいつもお世話になっていますよ。病院なので24時間いつ緊急事態が起こっても不思議ではない環境なので真夜中に特急で商品を持ってきてもらう事も少なくありません。」野沢は話の途中でも京子の胸をチラチラ見ている。その様子に気が付いているにもかかわらず気が付かないふりをしながら女性慣れしていない野沢の視線が向くようにわざと足を組みなおしたり胸を揺らしたりする。「巧は仕事が忙しい事を理由になかなか会ってくれないので心配で。でもお話聞いて安心しましたわ。」笑顔を見せる京子。野沢は京子の色香にすっかり魅了され彼氏がいる事も忘れて野沢は京子にすっかり夢中になってしまった。「彼氏さんに会えないお気持ちお察しします。さぞかしお寂しいい事でしょう。しかしきっと巧さんは京子さんを心から愛していらっしゃいますよ。ご安心ください。」言葉とは裏腹に京子の胸を今度はチラチラではなくついじっと見つめてしまった。京子はわざとらしく視線を避けるように身をよじった。「野沢さんてとても大人で紳士でいらっしゃるのですね。巧より大人の方とお無受けしますので当然ですよね。素敵な方ですわ。今日はありがとうございました。」今日はこれで切り上げてじらす作戦のようだ。「又何かご不安でお寂しいと感じられましたら私で宜しければいつでもご相談ください。お世話になっている桜木さんの御恩返しが出来れば幸いです。」なんともぎこちない言い訳じみた誘い文句である。しかし京子は嬉しそうに微笑む。「本当ですか?。嬉しいです。今日はお話しできてとても楽しかったです。又ぜひご相談させてください。」京子は胸の下で腕を組み絶妙な角度で腰と胸を強調するポーズで立ち上がり胸元が見えるようにお辞儀をしてホテルを後にした。「京子さんか~桜木君がうらやましいな~僕なんか父に厳しく育てられて勉強しかしてこなかったから彼女なんて許してもらえなかったしってそれ以前にデブでちびだから学生時代ろくに女の子と話も出来なかったからなあ。うらやましいなあー。」いつまでも京子の後姿を目で追う野沢だった。「でも今の僕は医師国家試験に受かって医師として頑張っている。父の後を継いで大病院を継ぐ事も決まっている。今の僕なら京子さんみたいな美女だって夢じゃない。ようし頑張るぞ。」京子に誘惑されて恋愛スイッチが入ったのか野沢は恋愛に目覚めたかのような事を決意した。

第二話 END



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