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徳田虎雄 不随の病院王

【本文より抜粋】

日本一の病院帝国を築きあげた徳洲会創設者・徳田虎雄氏がいま、己の「生」と向き合っている。
ALS(筋萎縮性硬化症)とは身体を動かす神経系が壊れ、全身の筋肉が縮んでいく難病だ。
2002年春に同病を患った徳田氏は、もはや全身の自由が利かない。
それでも眼球の動きで文字盤を追いながらこう語るのだ。
「これからがじんせいのしょうぶ」。
だが徳田氏にも運命の時が近づいている。
2013年、衆院選を巡る公選法違反容疑事件で東京地検特捜部の強制捜査。
病も進行し、眼の動きすらままならなくなる
「完全なる閉じ込め状態」も、近く訪れるかも知れない。

男の名前は、徳田虎雄。
1938年2月17日、鹿児島県大島郡に属する奄美群島・徳之島の生まれ。
大阪大学医学部卒の医師にして、医療法人「徳洲会」の理事長。
かつては衆議院議員を合計で4期務め、政界にもその名を轟かせた。
ただ、その轟かせ方は、かなり「きわもの」といった印象で多くの人の記憶に残されているのではないだろうか。

徳田が一代で築き上げた医療法人・徳洲会グループは、「年中無休、24時間オープン」といった一見奇抜な謳い文句を掲げて急拡大を続け、いまや日本最大の民間医療グループにまで成長した。

徳洲会グループが全国に展開する病院は現在、北は北海道から南は沖縄まで66。小さなクリニックや関連の老人保健施設まですべて合わせると、全国に280以上もの医療施設を持ち、抱える医師は合計で実に約2000人、職員の総数は2万5000人近くに上っている。

※ ※ ※

【ササピーの感想】

猪突猛進であり、純粋な人であったのが、よく分かった。
医師会を敵に回しながらも、全国に沢山の徳洲会病院を作り、衆議院議員にまでなったパワーには驚かされる。

私の息子が小さかった頃、太宰府で生活していて、福岡県春日市にあった徳洲会病院には、何度か助けられたことがある。

徳洲会といえば、猪瀬氏の5000万の事件は、記憶に新しい。

猪瀬氏は、借りたものだと言っていたが、
まあ、普通に考えれば、違うと思う。
徳田虎雄氏が、猪瀬氏にあげたんだと思う。
しかし、そこに深い意味は無かったような気がする。

徳田虎雄氏のまわりには、カネをたかる政治家だらけだったそうである。

徳田氏は、そういった連中にも金を回してやっていたとのこと、、
善悪とは感覚が違うようである。

小沢一郎のことは嫌っていたそうであるが、
それはそれとして、色々と助けてやっている。

2024年7月お亡くなりになる。
合掌🙏

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