塗料メーカーで働く 第八十四話 基礎研究はやるな!
7月15日(木)午前9時 本館の会議室で 新規事業部技術部の月次報告会が開かれた。
今回 新任の吉岡事業部長の挨拶があり 事前に 技術部のメンバー全員に 月次報告会への出席を指示されていた。
この3か月間 川緑は ユーザー対応を優先して月次報告会をパスしていたが 米村部長に 「今回だけは 出といてな。」と釘を刺されていた。
報告会の冒頭 事業部長は 技術部のメンバーに向かって 「技術部に所属する君たちの仕事は開発だ! 開発は遊びじゃない! 基礎研究はやるな!」と強い口調で言った。
それだけ言うと 事業部長は話題を変えたので メンバーは どのような理由でその発言があったのか分らなかった。
その後 事業部長が退席すると メンバーは皆 隣の者と顔を見合わせ 自分の仕事のやり方を責められたと感じたと言った。
川緑は これまでに他の部長等から同じようなことを言われていたので 事業部長の 「基礎研究はやるな!」という言葉は 自分に対して言っていると感じた。
報告会が終わり 居室に戻った川緑は 本部長の 「基礎研究はやるな!」の発言の真意は 3社の共同研究 TKM会の事だろうと思った。
先の年次報告会での川緑の報告に対して 平田本部長は 「その研究がUVランプを選ぶ以外に何の役に立つんだ。」と言ったことも そう思う理由の一つだった。
また 理由の一つは 以前に 野村部長が吉岡研究本部長の発言に対して 「彼はそんなことは言わん 誰かに言わされている。」と言ったことだった。
今日の本部長の発言は 新規事業部の責任者会議の場で議論され オーソライズされた統一見解として述べられたものと思われた。
吉岡研究本部長の事業部長の兼任と 彼の今回の発言の背景には 発足から4年目となる新規事業部の低迷する経営状況があると予想された。
新規事業部の責任者等は 経営状況を改善するために事業部の研究部と技術部の業務分担を明確にし 技術部の末端まで彼等の指揮命令を利かせ統制する目論見が読み取れた。
しかし 川緑のチームの体制は 競合他社に比べて多勢に無勢であり 他社に無い新しい技術を獲得しなければ勝てる戦略を立てられないことは明らかだった。
川緑は 他社に勝てる戦略を立てるためには TKM会の共同研究を進める以外に手段は無いと考えていたので それが止められるなら仕事をやる意味がないと感じた。
先々 事業部の責任者等と衝突する局面があれば 机の中の辞表を取り出すことになるだろうと予想し そうなる前に どこか転職できる会社を探しておくことも必要だろうと思った。
そのようなことを考えていると 松頭産業社の菊川課長から電話が入った。
課長は 「9月に ケイトウ電機さんが 藤河電線さんの新規UVランプを試験するそうです。」と言った。
「川緑さん 至急 UVランプを試作するのに必要な情報を ケイトウ電機の森永さんへ届けてもらえませんか。」と言った。