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塗料メーカーで働く 第六十一話 パンクしとるじゃろ

 10月9日(金)午前7時頃 会社の居室で目を覚ました川緑は 実験室へ降りて 古友電工社向けの新タイプUVカラーインクの製造を再開した。
  
 この日 技術部では 事業部長への月次報告会が予定されていた。

 午前8時頃 出社してきた米村部長に 川緑は 今月分の業務報告書を提出し 「すみません。今日は インクの製造作業がありまして 報告会は欠席します。」と言った。

 部長は 「しゃーないな。 あんたの欠席は わしから伝えとくわ。」と言った。

 午後3時頃 川緑は 注文分のUVカラーインクを作り終えると インクを缶詰した製品ボトルにラベルを貼り 品質検査表とともに 段ボール箱に梱包して発送した。 
                                 
  午後4時頃 インクの製造設備を片付けて 居室へ戻ったところへ 営業の渕上課長から電話が入った。                                       

 40歳代中頃 小柄で 細身 温厚そうな顔に眼鏡を掛けた渕上課長は 技術部の他のチームの営業を担当していたが 営業の北野係長の異動に伴い 川緑の関連業務も兼任していた。

 課長は 「古友電工社 千葉事業所から連絡がありましてな 三重事業所へ供給している新タイプのインクとは別の新しいインクの開発依頼したいとのことですわ。」と言った。

 彼は 「そこでじゃな お前さん 近いうちに 先方へ行って話を聞いてもらえんじゃろか。」と言った。

 以前に 川緑は 千葉事業所へ 新タイプのUVカラーインクを紹介していたが 千葉事業所は 更に高速硬化タイプのUVカラーインクを求めていた。

 課長は 「仕事の量からいって お前さん もう既にパンクしとるじゃろ。 そこに新規の開発テーマをやるのは無理じゃと思う。 そこで ケイトウ電機さんとの共同研究の件は 遅らしてもらえんかと思うんじゃが。」と言った。 

  彼の言葉に カチンときた川緑は 「TKM会の共同研究をやらなかったら 他社に勝てるインクを開発する自信はありません。」と言った。

 続けて 「高速硬化タイプのインクの開発を進める限り いずれ この研究に戻ってくることになります。」と付け加えた。

 川緑の口調に押された課長は 「この件は 米村さんとよく相談しといて。」と言って電話を切った。

 受話器を置いた川緑は 寝不足の頭に血が上って妙な圧迫を感じ 今後の仕事に不安を感じた。    

 渕上課長は 川緑の仕事量の多さを気にかけて TKM会の共同研究の仕事を遅らせる提案をしたのは分かっていたし 共同研究の仕事よりも ユーザーの対応を優先していることも分かっていた。

 それでも 川緑は サンプル出荷に追われる状況が続き 共同研究が進まないまま時間が過ぎていくのはまずいと強く感じた。

 この状況が続いたら 自分の目指す技術力の向上は見込めなくなり 近い将来 競合他社に負ける戦いを強いられる局面がくるだろうと思った。

 そう思うと 押しつぶされるような圧迫感を受け 「はーっ」とため息が出た。

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