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塗料メーカーで働く 第六十四話 押し寄せる仕事

 電子線・放射線技術に関する国際会議 ラドテック Asia‘93の発表者募集に手を挙げた途端 川緑に仕事の依頼が押し寄せてきた。 

 10月21日(水)午前11時頃 昭立電線社光ケーブル技術課の担当者から電話が入った。 

 彼は 「近く 新規に海底ケーブル用の光ファイバーを生産する予定です。 つきましては 今週中に それ用のUVカラーインク12色のサンプルの発送をお願いします。」と言った。

 海底ケーブル用光ファイバーは 国内で用いられる光ファイバーの様に 途中で分岐したり結線したりする必要がなく これに用いられるインクには 線を分けるための剥離機能は不必要だった。

 そのため 依頼のUVカラーインクは 現行のインクの配合から剥離剤を除いた仕様になった。 

 インクの配合から剥離剤を除くことは インクの設計変更が必要になり 東京工場では 直にはインクを製造できないため その仕事は川緑が対応することになった。

 海底ケーブル用UVカラーインクの件は 単に 製造代行の仕事をこなすだけでなく その後 東京工場への製造依託と 引継ぎも伴う業務になった。

 10月23日(金)午前10時に 東京工場でUVカラーインクの生産対応を協議する会議が開かれた。     

 松頭産業社 菊川課長と 東京工場 製造部の園田部長 生産管理課 品質管理課のメンバー等と 技術部 米村部長 川緑が参加した。                       

 議題は ここ暫く 増加を続けるUVカラーインクの注文量への対応についてだった。

 最初に 菊川課長は インクの注文量の現状と 今後の需要見込みについて報告した。

 報告を聞いた製造部の園田部長は 頭を抱えて 「この需要見込みは 現状の生産設備での生産能力をはるかに超えている。」言った。

 東京工場は UVカラーインクの生産コストを抑えるために できるだけ設備投資は避けたいところだが 光ファイバーの生産量は増加の一途をたどっていて 注文に対応できなくなるのは明らかだった。

 菊川課長は 「電線メーカー各社さんは 御社を含むインクメーカー数社のインクを 光ファイバーの製造ライン毎に振り分けていて それぞれのインクの生産性を見極めようlとしています。」と言った。

 続けて 「その後 彼等は メインに用いるインクを一社に絞り 光ファイバーを増産しようとしています。彼等の要求に答えられなければ インクの開発競争から撤退することになります。」と言った。

 菊川課長の報告を受けた東京工場は 近日中に 対応の方針を決定することになった。

 10月27日(火)午前10時頃 久々のTKM会での報告のために 実験の準備をしていた川緑のところに 昭立電線社の光ケーブル技術課から電話があった。

 電話の内容は 新タイプのUVカラーインク各色の追加サンプルの依頼だった。

 川緑は 松頭産業社の菊川課長に電話して 「明日のTKM会の件ですが 昭立電線社さんからインクサンプルの依頼がありまして 行けなくなりました。申し訳ないのですが ケイトウ電機さんに連絡をお願いします。」と言った。

 暫くして 菊川課長から折り返しの電話があった。

 課長は 「内藤次長に電話して 『川緑さんは ユーザー対応が追い付かなくて混乱しています。』と伝えましたら 次長は 『TKM会は延期してかまいませんよ。』とのことでした。」と言った。

 受話器を置いた川緑は 「んー。共同研究は やっぱり無理かー。」と呟いた。

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