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塗料メーカーで働く 第五十一話 やるしかないやろ 

 翌3月18日(水)午後1時頃 日菱電線工業社 技術部門の佐野氏は 東西ペイント社の東京工場へやってきた。

 40歳代 中肉中背 表情を変えずに話す佐野氏は UVカラーインク製造ラインの見学を希望していて 技術部 米村部長と川緑は 工場の製造部と品質管理部のメンバーと共に その対応に当たった。 

 関係者等は 管理棟2階の会議室に入り そこで 品質管理部 樋口課長により この日のスケジュールの説明が行われ その後 製造部 西村課長の案内で 製造現場の見学が行われた。

 午後5時頃 見学会が終わり 佐野氏は 「ありがとうございました。 カラーインクの製造現場を見させて頂き 大変参考になりました。」と御礼の言葉を述べた。

 東京工場の入り口付近で 佐野氏を見送った米村部長と川緑は そのまま東京工場を歩いて出た。

 最寄の駅へ向かう途中 前を歩いていた米村部長は 無言で居酒屋へ入って行ったので それを見た川緑も彼の後に続いた。

 入り口付近の2人掛けのテーブル席に座ると 部長は やって来た店員に 「ビールにしよか。」と言った。

 間もなくビンビールが届き 川緑は 米村部長のグラスにビールを注ぐと同時に 「昨日の平田部長の話を聞いてもいいですか。」と切り出した。

 部長は 川緑の気勢を制するように 「まあ 飲みながら話そか。」と言った。

 コップのビールを一気に飲み干すと 川緑は 「平田本部長は 私の研究を止めさせようとしているのですか。」と聞いた。

 米村部長は 「高野君の あのテーマな 平田さんが了解してやらせとるテーマやけどな おっさんは研究本部長の吉岡さんと技術本部長の有働さんが言ったことを気にしとるんよ。」と言った。

 新人研修発表会の時に 吉岡研究本部長は高野さんの発表の後に 「この研究は 一度チームリーダーの話を聞きたい。」と言っていた。

 米村部長は 「おっさんは 吉岡研究本部長の発言を 高野さんのテーマが技術部でやるべきことなのかと問われたと受け取ったんよ。」と言った。          

 また彼は 昨日の研究部の実習生の発表後の質疑応答で 有働技術本部長の言った 「その実験方法は 誰が考えたの? 」との発言に触れた。

 平田本部長は 彼の発言を 新規事業部の研究部と技術部で教育実習生等が同じようなテーマに取り組んでいながら お互いに連携が取れていないと指摘されたと受け取ったと言った。

 米村部長の話を聞いた川緑は 「この研究は UVカラーインクの開発競争に勝ち残るために必要な取り組みです。研究部がやっていることとは関係ありません。」と言った。

 「事業部幹部等の政治的な思惑に振り回されるのはかなわない。」という川緑の気持ちが伝わったのか 米村部長は困った表情になった。 

 部長の様子に 川緑は 取り組み中の研究活動を止められてしまう危機感を覚えた。

 それを止められたら 開発競争に負けると直感し 負ける戦いを強いられるなら この会社にいてもしかたがないと思った川緑は 「私は 机の中に辞表を入れています。」と覚悟を伝えた。            

 すると部長は 「昨日の高野君の研究発表を聞いとった人の中には 共感してくれた人もおるんよ。 短気を出したらあかんよ。」と言った。                          

 「それでは このまま続けてもいいですか?」と念を押すと 部長は 「やるしかないやろ。」と言った。 

 米村部長は 「わし、一つ失敗したと思うとるんは 今回のテーマを始めるときな 技術研究所に一言いわなんだことや。」と言った。

 技術研究所には UV硬化型樹脂関連の研究を行っている部署もあり そこの一部は 新規事業部関連の業務も請け負っていた。

 「一言いう」とは 高野さんが研究を始める時に 事前に技術研究所に研究依頼をするか または共同研究を申し込むということだった。

 米村部長は 続けて 「と言うのはやな 技術研究所の担当部長は うちの様な小さい部署がどうやゆうても絶対に乗ってきよらへんやろ。 そうすると 後はこっちでどうやろうと何も言われる筋合いは無いとゆうことや。」と言った。

 話を聞きながら川緑は 部長は 会社で仕事をするには関連部署への気配りが必要だと言っているのだろうと思った。

 しかし それは なんだか映画に出てくる渡世人のしきたりの様でもあり 新規事業部の商品開発力や技術開発力を構築するための本質からは外れたことのように感じた。 

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