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塗料メーカーで働く 第五十七話 実習生の研究テーマ

 5月に発生した 古友電工社 三重事業所でのUVカラーインクのトラブルへの対応に追われ 川緑は 実習生の永野さんの指導ができなくなっていた。

 その間 川緑は 永野さんに取組んでもらうテーマを考えていた。

 新人研修のテーマは 従来の実習生のテーマと同様に 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」として サブタイトルを 「酸素阻害」とすることにした。

 光ファーバーに用いられるアクリル系のUV硬化型樹脂は UV硬化の際に空気中の酸素により その硬化が阻害されることが知られていて その現象は 「酸素阻害」と呼ばれていた。

 光ファイバーの製造ラインでは 酸素によるUVカラーインクの硬化阻害を防止する目的で インクの露光エリアへの窒素パージが行われていた。                                  

 高速硬化タイプのUVカラーインクの開発においても インクの硬化性と酸素濃度との関係は 研究すべき重要なテーマだった。

 川緑は 酸素のUV硬化型樹脂の硬化性への影響を研究するためのモデルを考えていた。     

 彼は 頭の中で UV硬化型樹脂の表面付近をズームアップし その近傍を飛び交う酸素分子をイメージした。 

 気体の分子運動論によれば ボルツマン定数を k、 絶対温度を T とした時に 理想気体は空間の一軸方向に運動エネルギー (1/2)・kT を持つことが知られていた。 

 一方 質量 M の酸素分子が一方向に速度 v で動いているときの運動エネルギーは (1/2)・Mv^2 なので これらの関係から 25℃での酸素分子の速度を求めると それは音速程になった。

 ある時間に 一つの酸素分子が任意の方向に平均として音速で進むとすると その酸素分子が近接するUV硬化型樹脂の表面に向かう割合はその方向の速度成分として表わせた。

 一つの酸素分子の樹脂内部に侵入する割合は 酸素分子の持つ運動エネルギーに比例し その割合が 硬化性に影響すると仮定すると 酸素阻害を定式化できると考えた。

 酸素阻害を定式化できれば それを これまでの硬化の式に盛り込み 式が表現できる範囲が広がると思われた。

 永野さんの研究の詳細をイメージできたが それができるかどうかは 昨年9月に 購入を申請していた研究設備が入るかどうかに掛かっていた。

 川緑は 米村部長に 「研究設備購入の件は どうなってますか?」と聞いた。

 すると 彼は 首をかしげながら 「あれね 予算が無くてな 資材部で値切り交渉しとるんやけど 難航しとるんよ。」と言った。

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