病気への向き合い方〜それぞれの方法〜

骨髄移植の副作用

前回の記事で書いた副作用は、下痢にしても血尿(出血性膀胱炎)にしても、肌の状態や痙攣発作・意識障害にしても、全部骨髄移植のGVHDでなり得るものでした。たぶん移植の前の説明の時に言われてたし、実際その時々で説明されたと思うのですが、あまりにたくさんの副作用や合併症がありすぎて、考えるのを放棄して、聞いたものの全てが素通りしてしまっていたと思います。
今、改めてnoteを書くにあたって急いで調べたり、自分の過去の手帳を見直したりしながら書いている始末です。

でもわざわざ調べる必要は私はないと思っています。調べれば調べるほど最悪のことしか書いてないから。合併症が酷くなれば死に至る可能性がある、みたいな。それにYouTubeで息子がGVHDの出方って人それぞれで、どんな症状が出てもおかしくない、何が起こっても不思議じゃない、って言ってたんですけど、本当にその通りだと思って。
白内障は骨髄移植をしたら100%なりますって言われてたんですが、その症状が出たのは中学3年生の時でした。髄外再発はしていましたが、骨髄移植は7歳の時で、それから8年も経っていました。
高校生の時に頭痛が酷くて学校を休まないといけなくなっていたのは、文献には載ってなかったからなかなか認めてもらえなかったけど、最終的に放射線の晩期障害としか言いようがないですねって言われたし。

夫の向き合い方

もちろんうちの夫のようにとにかく調べないと気が済まない人だっていると思います。病気初心者向けの本から医療従事者が読むような本まで買って、調べて調べて調べた上で先生たちに疑問、質問をぶつける、みたいな。もちろんそれがダメなわけでは決してないです。家族を襲ったよく分からない病気に対する理解を深めようと夫なりに必死になっていたと思うから。

うちの場合は、息子の病気が分かり入院が決まった時点で昼間の付き添いや夜の泊まりはどうするのか(小児科だったので、親の泊まりは必須でした)、下の子の世話(娘はまだ3歳にもなってなくて、保育園の送り迎えや生活全般)はどうするのかとか決めなければいけないことが山積みでした。
とりあえず昼の付き添いは私がして、泊まりは私と夫で1日交代、抗がん剤治療でしんどい時(熱が続いたり吐き気が止まらない時とか)は私が連泊することになりました。なので夫とはずっとすれ違い生活でした。だからいろいろと2人で話す時間はほとんどありません。
たまに長い時間会う時って、病院で息子の病状の説明の時やカンファレンスに参加する時です。
その時にはいろいろと調べている夫が先生方に鋭い質問をぶつけていて。そんなことをしていない私はそれをただ「はい。はい」と言って聞いているだけ。夫にとったら何も調べたりせず、息子と呑気に遊んで過ごしていた私を見ていてさぞかし歯痒かったことと思います。

私の考え

でも私はそんなふうに真っ向から病気に向かい合うのは精神的にも持たなかったと思うから、最初から放棄していました。なので私はそれとは向き合わずに目の前にいる息子とだけ向き合うようにして来ました。
…そんなことを言っても目の前で苦しんでる息子のことを見守るしかなかったんですけどね。私の出来ることは、苦しんでる息子がその苦しみを少しでも忘れることが出来るように一緒に楽しんでいられるか、ぐらいのことでした。

一応言い訳をすると、私は息子の身体のことは、内臓のことや血液検査に至るまでその道のプロの先生たちが何人もかかって何日もかけて調べてくれて話し合った上で「この治療が一番良いです」って言ってくれてるので、それならばそれに従うしかないよねって思っていたと思います。そこに私たちが口出しできるものは何もないと。それを受け容れた上で、息子が少しでも楽しく過ごすのが一番だよねって思っていたと思います。そうして息子と楽しく過ごしていました。結果、息子もお母さんが大丈夫って言うなら大丈夫やろって思えていたのかもしれません。

息子が大人になって再発した時に夫とその頃の話をしていて「あんなになんの根拠もなく絶対助かるって思えるって、母親って強いよね。僕には絶対出来ん」って言われました。

娘の記憶

それから娘をどうしようかという話になって。
うちはありがたいことに私の実家が娘を預かっても良いよって言ってくれていたので、娘に「お父さんとおばあちゃん、どっちと暮らす?」って聞いたら、娘は躊躇いなく「おばあちゃん!」って言いました。

その頃のことを娘に聞いたのですが、おばあちゃん家で暮らしていたのは覚えているのですが、私が2日に1回帰ってたのもあんまり覚えてなくて。時々は夫とご飯を食べに行ったり映画に行ったりしたこともあるのですが全然覚えてないし、病院にもお見舞いに結構な回数行っていたんですが、それもあんまり覚えてないって言ってました。
唯一覚えていたのは、ドナーになって骨髄をとる時に全身麻酔だったから入院しないといけなくて息子の部屋に家族4人で泊まったことがあって、その時に「なんか旅行に来たみたいやね。ワクワクするね」とか言いながら、みんなで「銀河鉄道999」を観たことでした。
骨髄を取ったときも全身麻酔だったから痛みもないし、終わった後もそんなに痛みが続いてたわけではないので、本当に覚えてないみたいです。私たちには骨髄を取った後の説明で「針を100回以上刺して取れる分だけとりました。なので骨髄は2回分あります。冷凍保存してあるので、再発した時は使えます」って言われました。早期再発した場合は同じ骨髄は使わないみたいですけど。
兄妹児についてはまだまだこんなことでは語りきれないことがあるので、また改めて書こうと思っています。

どれが正解とかどれが間違ってるとかはないので、その人なり、その家族なりの方法で向かい合っていけばいいと思います。

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