言語の散歩 「ちょっと帰ります」

 久しぶりに見た我が星は、なんとも質素に映った。前までは綺麗だと自慢に思っていた星だが、改めて見てみると、なんだか整いすぎている。それがかえって不思議に思えた。
「--------------------」
 言語だってそうだ。私の母語はとことん無駄がない。言い換えれば、些細なニュアンスの差は無用とされるのだ。我ながらそれに味気なさを感じたので、いっそのこと母語を地球後に翻訳することにした。
「現状報告」
「火星 住人110万人 温度耐性可能」
 いや、それでもまだなんだか物足りない。上の会話は、地球で言うなら、「現状報告のために集められたのよ、そちらはどんな感じ?」に対して「僕は火星担当だよ。住人は推定110万人ね。温度は厳しいて予想されていたけど、我々だったら耐性ありそうだよ」と返事している感じだ。
 まあ、内容さえ分かれば効率が重視されるべきなのだろうが、なんだかなぁ、と思ったりもする。一応地球も、最小の発話で効率的に内容を伝えるべし、なんてコミュニケーションの法則はあるが、それでも人間語は、複雑でややこしい言葉なのだ。
 ふと、「おまえは?」と金木星担当が私に聞いてきた。私は「言葉を調べてる」と返した。すると、「理由」(訳: なんで? 意味あんの?)と言われたので、私はなんとも言葉につまってしまった。
「例えばーー」
 言いかけて、私は上を眺めた。カフェラテ色の空間が果てしなく横にも奥にも広がっている。
 不思議なことに、地球にいる人間の目からしたら、今の私の目に映るキャラメル色は、濃い青色にも真っ黒な闇にも見えるのだ。だから、彼らは宇宙を「神秘的」だとか「恐ろしい」だとか実に多様な言葉で表す。
 前、人間が夜空を見上げて、「星が広がっている」と表現していたことがある。だが、星側からしたら、ただそこに鎮座しているだけであって、広がっているなんて自覚はないであろう。人間の目には広がっているように見えるから、人間はそう言葉にするにすぎないのだ。
 例えば?と同僚は私に続きを促した。だが、私はそれに曖昧に笑って誤魔化した。だって、「例えば、人間の言葉には、人間が情報をどう捉えているのかが現れている」なんていったところで、地球を知らない者に理解されるだろうか?
 そんなことをグダグダ考えている間も、報告会は無駄なく進められていった。だが、私は、早く地球に戻りたいと思っていた。それも無自覚にである。
 だから、私の気持ちを自覚した時、私は唖然とした。
 どうやら、私は窮極の変態になってしまったらしい。また地球の観察にぶらりと出かける日を心待ちにしているくらいなのだから。
 ああ、少しショックだーー
 やはり、地球に行くの早めようかな。
 少しだけ、私は地球が恨めしくなった。



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