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税務署員の恋愛の続きと、署長は怖いぞって話

前回はプレイボーイ君たちの話だったが、今回は不器用な彼の話。まだ、あるのかといえば、まだあるのです。まだまだある。ここで書くのは氷山の一角。
 不器用な彼は名前を赤間くんといった。ずんぐりして、メガネをかけて、人の良さそうな、前回のプレイボーイ達とは違い、いかにも公務員というタイプだった。だから恋愛偏差値的には低く、経験も少なそうだった。そんな彼に火がついたのも、試験後だった。それまで、女性の話はまるでしなかったし、男性のみで話す下ネタ的のようものにも乗ってこない人だった。そんな真面目で人の良い人が、同じ班の女の子を追いかけ始めた。相手の女性は、やはり他の局の女性だった。だから、タイムリミットが近い。研修が終わるまでに付き合わなくちゃって、頑張ったのか?いや、そういう打算はなかったと思う。そうは見えないほど、彼は我を失っていた。前回のプレイボーイ君たちにはスマートさがあった。相手を探すときはさりげなく探して、自然に横に座り話しかけた。恋愛の少ない赤間君にはそんなスマートさはなかった。授業中であろうと、他の教室への移動であろうと、ところ構わず彼女に付きまとうようになった。さすがに相手の嫌がることはしないが、彼の行動には目に余るものがあった。
 次第に、クラス内では困ったな、という雰囲気が出てきた。何を言っても研修中である。勉学に集中すべき場所である。もちろん、追いかける彼にも、追いかけられる彼女にも悪意はない。皆、それは分かっている。
 とうとう飲み会で彼と彼女がいない時、「赤間さんには困ったね」という話になった。もうちょっと穏便にやってくれないかな、という意見で一致した。でも、赤間さんに止めろとも言えないし、多分言っても我を失った赤間さんには伝わらない。止める手立てがないな、困ったな、という雰囲気になった。
 そんな時、大阪局の人が口を開いた
「もう、彼は『赤間さん』じゃなくて、『あからさまさん』でええやん。な?」
 爆笑だった。あまりにも上手すぎる。面白すぎる。こうなった時の大阪人はさすがである。困った状態を笑いに転化してくれる。その瞬間から、彼は『あからさまさん』になった。
 その後、予想の通りというか、彼の恋愛は成就しなかった。研修最後の日は、彼は落ち着いていたように見えた。落ち込んでいるというよりは、落ち着いたという表現があう。税大マジックは解けたのだ。
 赤間さんからの攻勢を浴びた女性は、僕から見ればいたって普通の人間だったと思う。取り立ててすごい美人でもないが、表裏のないさっぱりした性格で、彼を手玉にとる悪意はなかったと思う。ただ公務員の女子の割には明るい印象があった。ちょっと男子に対してノリが良いというか、男性とも楽しく会話ができるタイプの女性でした。それで彼も勘違いしたのかもしれない。赤間さんに付きまとわれて、ちょっと困っていたと思う。
 
 不倫だったり、すぐ別れたり、失敗したりといった話ばかりですが、もちろん結婚までいった話もたくさんありました。そちらの方が全然多い。
 とある局の男女が研修中に付き合うようになりました。女性の方は僕も顔見知りで、すれ違えば挨拶をする程度には仲が良かったです。その後彼らは結婚をしたので「良かったね」という話ですが、なんでそんなことを覚えているかというと、逢引きの方法が面白かったのです。研修終了後何年か経って別の結婚式で東京に来た、彼らと同じ局の同僚が飲み会の席で教えてくれました。
「彼氏の方が、段ボールに入ってたらしいよ」
「あ、あれ?俺も何度も見た。女子寮の前でデカい段ボールを荷台に乗せて歩いてた。あれか」
 研修中はいろいろ宅急便が来る。購買部が代表で受け取ってもらって後で取りに行くシステムなので、荷台に段ボールを乗せて寮の前をうろうろするのは珍しい光景ではなかった。ただちょっと気になったのは、なぜかダンボールが妙に大きくて宅急便のサイズではないのと、頻度が多かったことと、彼女のよそよそしさでした。「ああ、〇〇さん。大変だね」と声をかけても「ああ、うん。じゃあね、また」とあっさり離れていくのです。そんな人じゃないんだけどな、という印象がありました。確かに中に彼氏が入っていたら、気安く男性と話せないし、女子寮は男子禁制なのでバレたら大変です。気が気ではないでしょう。大人しくて真面目な〇〇さんが、ずいぶん大胆なことをするな、と思いました。でも、研修中はストレスが多いので、そうまでしても2人は会いたかったのでしょう。
 でも、つっこみたくなる。特大ダンボールはどうしたんだ?とか、使い回しか?とか。宅急便を出すふりして大きい段ボールを荷台に乗せて寮から購買部に持っていって、陰で彼氏が待っていてダンボールに隠れて、しばらくして「今度は実家からすごい大きい宅急便が送られて来ました」って顔で寮に戻るのか?それならよく見かけるわけだ。よくバレなかったな。で部屋に入ったら、特大ダンボールから彼が出てくるのかな?シュールだ。うーん、面白い。

 あまりに研修生の恋愛話ばかりだったので、最後に税大教授の話。先にも書いた通り、税務大学校の教授は税務署では署長クラスの偉い人達だ。仕事で叩き上がってきた強者だ。その中から教授として適正のある、人格的に温厚な人が選ばれて来ているような気がする。だから、新人研修のみならず、専科研修等のその後の研修でも税大の教授は立派で尊敬できる人達だった。あのような人達に教わる事が出来たのは、人生の財産だと思っている。
 新人研修の最後に、その時の担当教授から花向けとして、「君はこういう性格だから、ここに気をつけて頑張ってください」的なプリントを各人がもらった。教授は楽しそうに満面の笑みでニコニコしながら配る。
 そもそも、教授といっても直接教えてもらう授業は大教室で数コマだけ。それ以外は朝の顔合わせの連絡事項と、何回かあった飲み会程度だ。そんなに接点が多いわけではない。
 そんな、いくら教授だからって尊大な。教授はいい人で好きだけど、俺たちの何を知っているのか。そう思いながらもらった。
 プリントが配られると、皆もらった側から真剣な目で読んで「うわ〜当たってる」「怖え〜」を連発したあと、黙り込んでしまった。
 僕のも、怖いくらい当たっていた。全てを見透かされた気がした。内容は当たりすぎていて書けない。もらったプリントは後生大事に保険証券とかと一緒に保管していて、今回再度ウン十年ぶりに読んだが、その通りの人生を歩んでいた。あの時感じた以上に「当たっている〜怖え〜」と感じた。
 プリントを渡された僕らは気がついた。教授を舐めていたんだ、と。気安く話かけていたけれども、彼らはいろんな納税者に対峙して戦ってきた、海千山千の猛者だ。そういえば、ニコニコしながら時折キラッと目の底が光る時があった。常にチェックされていたんだ。当時は僕ら大学生に毛が生えた程度、彼からすればペラッペラに薄っぺらくて透けて見えるのだろう。3ヶ月の新人研修中、全てを見透かされ、お釈迦さまの手の上で踊っていたようなものだ。 

 今は僕は転職をして民間企業で働いている。その後、いろんな職種や企業の人と仕事をしてきたが、税務署ほど人を見る能力がある人たちを見た事がない。彼らが人を見抜く能力があるのは、当然だ。税務調査を通じて、人を見抜くことを生業にして来たんだ。

 税務署員は怖いぞ

 これは声を大にして言いたい

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