ハッピーエンドを待っている 〜転生したけど前世の記憶を思い出したい〜

9.強くなりたい

 俺と母様が登城し、父様から事情をきいた後一時的だが、俺と母様が過ごすために皇太子宮にある一室が与えられた。
 今まで住んでいた家の2軒分くらい広い部屋には、バスルームとトイレも完備されていて
 食事さえ運ばれてくれば不自由なく過ごせる。

 すげー・・・・豪華だな。

 目が眩むくらいどこもかしこも磨き上げられている。
 天幕付きのベッド。いかにも高そうなソファー、机、花瓶だけだって、
 まるで花瓶自身に落とすなよと言われているようだ。

 日本で生活していた俺、早く適応しなければならない。
 俺はテオドールなんだ。・・・・そこはもう別物・・・・

 この人生は俺とテオドール。テオドールと俺。

 ・・・あとは、番(つがい)の記憶を取り戻すだけ。

 取り戻せれば、もう一度逢える。俺の前世から消えた魂・・・

 なぜそうしたのかアレクシスしか知らない。

 その魂にアレクシスは幸せになってほしいと言った。
 俺に喧嘩売りながら・・・

 思い出した幼い約束。ただただ、ぽかぽかするんだ。

 絶対守ると思っていたんだな。それくらい大事な人だった。

 好き・・・だったんだろうな・・・。

 どれくらい?それすら今はわからない。
 番(つがい)だったと言われただけで。だけど。

 悲しくて、せつなくて

 ・・・少し怖い・・・

 名前も思い出せない存在。顔も知らない。

 俺はこの世界線で・・・・

 コンコンコン‥‥

 扉を叩く音がした。
「失礼してもよろしいでしょうか?」
 扉の奥から従者の声がした。
「どなたですか?」

「皇太子妃様がお目通りを希望されております。」

「えっ…あ、っはい…」

 座っていたソファーから慌てて立ち上がった。

 扉を開けた従者が、どうぞと腰を折る。

「こっ皇太子妃様…」
 俺は慌ててお辞儀をした。

 頭を下げた俺に駆け寄って、俺の肩にそっと触れ、目線を合わせてくれた。
「まぁ、どうかお顔を上げて下さい。」

 綺麗な金髪を靡かせ、エメラルドを思わせる瞳。淡いグリーンのドレスを着た皇太子妃
 アリアナだ。

「テオドール皇子様。どうかお許しくださいませ…」
 眉を下げて今にも泣きだしそうな顔をしている。
「えっ…あの、皇太子妃様…?」
「テオドール皇子様と父君と7年間も引き離してしまった事…マーガレット様にも申し訳なく思っております。」

「あっ…いえ、僕はお母様が居てくれたので、皇太子妃様に謝っていただく事などありません。」
「皇太子妃の座は元々、マーガレット様のものなのに…」
「事情は聞きました。お父様とお母様が決めたこと…そして皇太子妃様の身が無事でよかったです。」

「テオドール皇子様…」
「今、皇太子様とお母様は皇帝陛下とお話されています。それに、2人とも幸せそうでした。」

「そうですか…。危機が迫っていたとはいえ…本当に…」
「皇太子妃様…」

 申し訳なさそうに俯くアリアナ。
「お二人には感謝しても仕切れません。明日を過ぎれば、私はロイドと共にここを去り、
 数日後には死んだ者となりましょう…。やっと、本来の形に戻るのです。」

 そう言ったアリアナは、安心したように笑みを浮かべた。
 愛する人と新しい地で、何に縛られる事なく生活することができる。

 きっと、とても、うれしいんだろうな・・・。

「皇太子妃様…」
「皇子様、どうぞアリアナとお呼びください。」

「アリアナ様、アリアナ様も、僕とお母様を守ってくれていたのでしょう?
 ありがとうございます。」

 そう言うと、アリアナは嬉しそうに笑った。

「この帝国の未来は安泰ですね。皇子様はこんなに優しく聡明なお方なのですから…
 皇太子様とマーガレット様の御子ですものね。」

 目尻に涙を浮かべたアリアナに、笑顔を返した。

 みんなが、幸せのために必死で生きている。

 誰かを守り、守られ、愛し、愛される、満たされた人生を…。

 俺の知らないところで、話は着々と進んでいる。
 明日の処刑、そして、新しい皇太子妃となる母様と、後継者となる俺の存在。

 忙しい父様とは一緒に食事は出来なかったけれど、母様と一緒に豪華な食事を食べた。

 毎日こんなの食べてたら簡単にデブるな…。

 心の片隅でそう思いながら、とりあえず、すげー食べたよね。7年間分の贅沢だ。

 ちらりと、側で食事する母様を見た。ドレスを着て食事する母様は平民じゃなかった。
 しっかりと教育されたテーブルマナーもそう、一口一口食べる仕草も優雅だった。

「………」

 思わず食事する手が止まる。俺はテーブルマナーなんか知らないから、簡単なスプーンとフォーク。

「どうしたの?テオ…」
 食事の手を止めて母様が心配そうに言った。

「母様は、その…平民の暮らしは大変でしたよね?貴族の生活から、一人で家事をして、
 僕を育てて…あの花屋は…」
「あの花屋はね、オリヴァー様が用意して下さったの。
 私、お花はすごく好きだし、それにね?家を出る前に家事もメイド達に教わって、いつかオリヴァー様に食事を作ってあげたい!なんて思いながらしていたら、全然苦じゃなかったわ?私城下も好きだし…。

 なにより、可愛い我が子と一緒にいるんだもの!大変なんかじゃないわ?
 あなたとの時間は私にとって宝物なのよ。貴族で生活して、そのまま皇太子妃となっていたら
 出来ない経験だった。…ふふっ私、結構楽しんでいたのよ?」

「でも…父様と…」

「そうねぇ…それだけはつらかったわね…。けれど、城下にはオリヴァー様の話が聞こえてくるし。
 会えなくても、あなたを見て、オリヴァー様を近くに感じられる。」

 そう言って、俺の髪を優しく撫でた。

「…迎えに来ないかもしれないとは…思わなかったのですか?」

「ちっとも!だって、私愛されていたもの!それに疑うのはとても疲れるのよ?
 信じる方が、ずっと幸せだわ?信じたおかげで、こうして、また一緒に居られるもの…。

 まだまだ、心配はあるけれど、オリヴァー様はとっても素晴らしい方なのよ?」

 一点の曇りもなく、母様は言った。とびきりの笑顔と共に。

「母様の…口癖…ですね。」

 その笑顔と言葉に俺は、少し戸惑った。

 戸惑ったのはテオドールではなく、暁だった。

 俺はこの人生で、この母と父の元に産まれたことを感謝した。

 どんな困難も、立ち向かい、その選択に自信を持ち、信頼出来る人を見極める力。
 信じた者を疑わず、愛を貫くその信念。

 俺の両親は…すごい人だな…。

 もちろん教育の賜物かもしれない。育った環境も。
 弱き者に手を差し伸べ、身を削ってでも助ける権力者。
 その力を持つに値する人柄。
 そして、自分の愛する人を信じる想い。

 俺は、こんな両親の下に産まれた。生まれ持った強い心は努力なしには存在しない。
 学ぶのだ。両親から強い心を…守りたい者を守れる強さを…。

 グッと手を握り、俯いていた顔を上げた。
「母様…。」
「ん?」

「僕…勉強がしたいです。剣も習いたいです!出来る事は全部…。
 僕も父様と母様みたいになりたい!」

「まぁ…オリヴァー様が二人になりそうね。母様うれしいわ!素敵な夫と、素敵な息子がいるなんて。
 大丈夫よ。テオは賢いもの。勉強だってすぐに追いつくわ?ごめんなさいね。身を隠していたから…
 変に勉強させるのは心配で、この歳から学ぶ事になってしまって…」

「いいえ!僕が頑張ればいいのです!」
「えぇ!信じているわ?私の可愛い王子様」

 なぜ、どうしてと、考えてばかりいたところで答えは見えない。

 俺は強くなる…。この両親の子であることを誇りに…。

 守りたいものを守るために…。

 いつか…守る者のために…。

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