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感想というかなんというか

昨日観た映画2本について、
なんとなくの現時点での感想みたいなものを残しておこうと思います。

⚠️ネタバレ含みますので、ご注意ください。







まず1本目
『君たちはどう生きるか』

ほぼ何の予備知識もないまま観に行きました。
初っ端から、「うわ千と千尋やん」となりました。
かなり、過去作の匂わせみたいなシーンが多かったですよね?
龍になったハクに呼びかける千尋のシーンや
自転車で引越しするトトロのシーンや
崩れ落ちるラピュタの城を彷彿とさせるシーンや
もののけ姫のコダマに似た生き物たち(名前忘れちゃった)や
カンバスに血を吐く菜穂子のシーンなど
たくさんありました。

あと、宮崎駿の中にある"母親"への執着がすごかったなぁと感じました。
いろんな母親像が登場しましたね。

それからあの時空や時を超える、ハウルの城のような扉が並んだ廊下も印象的でしたね。
自分だったら、どの番号の扉なんだろう。
どの扉を選ぶべきなんだろう。
実はこの問いへの一つの答えが次の感想に出てきます。

世界のバランスを保つための石は崩れてしまいました。
石(意志)を継ぐものは結局現れなかった、と言いたかったのでしょうか。
しかし主人公は一欠片だけポケットに持ってきていましたね。
宮崎駿は、自分の人生を大いに悲観しているわけではなく、
微かな希望を捨てずに作品を締め括ったのかなぁと感じました。

私たち人間は誰かの命を継ぎ、また次の世代へ、この世界、人間の種の持続のために循環しているといえます。
私たちは、突然この世に生をもったわけではなく、巡り巡ってこの世に辿り着いた命だというわけです。
過去の遺産を否定することも、未来の希望を否定することも、出来ないわけです。
ただ、今を生きる我々にとって、過去に囚われて足枷になっているモノは取っ払うべきなのかもしれません。
時代は移り変わります。
過去を生きる我々が、未来を担う若者の足を引っ張るわけにはいかんのです。
自分の開ける扉を間違えてはいけないのです。
だからこそ、「君たちはどう生きるか」と問われたのかもしれません。


2本目です。
『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』

イケおじパラダイス〜〜〜!!!!!(IQ3)

あ、すみません。
ハリソンフォードがカッコよくてついつい…。

副題にもなっている「運命のダイヤル」を巡って、色んな人たちの思惑が交差しながらハリソンフォードがカッコいい、という内容でした(???)。

なんとも、この運命のダイヤルは2つに割れてしまっていて、
片方は見つかったものの、もう一方が見つからないから探しに行くぞ!というわけで、おじいちゃんのインディ教授が馬にも乗るし潜水もするし洞窟も探検しちゃうわけです。
カッコいいですよね!

ようやく見つかったぜ〜!となったところでワルに奪われてしまい、
ワルは「ヒトラーが犯した罪を修正しに行く」と言って1938年(たぶん)のドイツにタイムスリップしようとします。

しかしそれは失敗し、運命のダイヤルの製作者アルキメデスがいた時代のアテネまで逆戻り!大慌てになりながら、てんやわんやでワルのみんなは吹っ飛びます。

インディは夢にまでみたアルキメデスとの対話を果たし、考古学者魂に火がついたのか「自分はここに残る!現世には戻らない!」と突然ダダをこねます。おじいちゃん落ち着いて!

結局アゴをぶん殴られ、無理矢理現世に戻ってきたインディの元に妻が現れます。
そして印象的な過去作のあのシーンのオマージュ…。泣くよね!おじいちゃんカッコいいよ!

インディはダダこねてましたが、人は生きるべき時代・場所という「運命」があるのだと思います。
『君たちはどう生きるか』にも出てきた扉のように、自分で選ぶべきなのです。
ドラえもんたちかタイムマシンで時空探検をしても、必ず現代に戻ってきますね?
それと同じです。
自分の望みとは別の範疇で、運命というものは決められていて、その中でどう生きるか、それが大事なのかなって感じました。


狙ったつもりはなかったのですが、
宮崎駿はおそらくこれが最後の作品。
ハリソンフォードがインディを演じるのも最後。
彼らのメッセージは、実はよく似ていて
私にはまだ時間があるけれど、
いつか同じように若い世代へ説教する日が来るのかなぁなんて思いました。


2作品通して1番印象に残っているセリフを最後に。

"困ったときはダイナマイト"

『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』より

こういうわけです。

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