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〝生きたい〟という母の声

今日

脳幹出血からあっけないほどの生還劇を演じ
目は開けれなくても返事をし
ある種の閉じ込め症候群と診断されている母が
近所の町医者に転院した

朝早くからスタンバッて
ストレッチャーで運んでくれる介護タクシーに乗せられるのを見届けて
私もチャリで、新たな母の城へと向かう

10日ぶりの再会

13日に倒れ
ICUに運ばれた母と対面した時も
私の苦手とするおぞましさを感じながらの対面だった

あれ以来初......

こんな時
神様は 絶対何の憂慮もしてはくれない

それはいつものことで

母の着替えをさせた時も
母のお漏らしの後始末をする時も
初めてオムツをつける時も
それに伴い初めてシモをおしりふきで拭く時も
日に日に母がスカルに近づいて行ってる時も
これまでの 瀕死の状態になるたびに見せられた変わり果てた母の姿も

どんな時も毎回毎回 心の準備も何もさせてくれないままに対面させられる.....

まぁ

そんな心の準備なんてやって出来るものではないんだろうけど

見たくないの!

鼻にチューブが入れられてたり
手足が浮腫んで痛そうだったり
顔が腫れて全く別人の顔になってたり
話しかけてもなんの反応も得られなかったり

そんな、母が今まで見たことのない生き物になってく様なんて......

まだこないだまではよかったの
私を見て可愛らしい笑顔を見せ
会話もできた

でも今回は違う

ただ 横たわっている人型の肉の塊.....

見たくないんだょ、人が人でなくなっていく姿なんてさ........

だから今日も
目も開けられず、人としての空気をすっかり無くした母に会うのには多少の勇気を必要とした

これまで母がそんなふうになったところなんて考えてもいなかった

それは 悲しいとかさみしいとかではないの
残念とか悔しさでもない

それは相手が母に限らず
誰であろうと 
意識があるのかないのかわからない
元々のその人の風態をすっかり失った肉の塊りに出会う時に覚えるのと同じ感覚

おぞましいものを見ているような
異次元へ放り出されたような......

先生や看護師さんたちは 呼びかけに答えてくれますょ......と
いわゆる人としての扱いをした言い方をする
そこに愛すら感じるほどに.....

そりゃ彼らは慣れてるし
人に対してそこまでの深い愛情があるからこそ医療に従事しているんだろうし

きっともともとが 私なんかより人を受け入れる器が大きいんだょね......

そうして私は自己嫌悪に陥る.....

転院先は いわゆる大きな病院とは違う
細かな配慮と少人数だからこそ出来るさまざまな試みや工夫が感じられた

「うちで検査をした結果では、元の病院からの報告よりも改善の方向へ進んでると判断できるし、なぜ酸素チューブをつけていなきゃならないのかわからないです」

脳出血は、1ヶ月ほどすると
改善する人の場合はその変化が現れてくるらしい

母の場合は十分に改善していく見込みがあるんだそうだ

まずは経管栄養と浮腫が問題
酸素チューブと尿管チューブも外せるはず

これからの支援としては
ADLの向上と意識状態の改善が目標
とりあえずの入院期間は6ヶ月

「刺激を与えながら治療・支援を行い
再び施設入所ができるとことろまで回復できるよう尽くします」

とのことだった


呼びかけに

「ああぁっ!!」

と反応をする母を見てて分かったことがある

彼女はまだ生きるつもりだ
まだしっかりと 〝生きたい〟と言っていた

今度の病院は
オムツを買って持っていく必要も
毎週洗濯物を取りに行く必要もない

コロナのおかげで行っても面会できるわけではないし

毎週の病院通いはしばしの休憩に入った


 のりこ






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