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老いる....

人生100年としたら

その折り返しを過ぎて3年ほどが経過する私も
そろそろ

“年相応”

ってものを大切にしたいなってすごく思う今日この頃

気づけば 白髪が増え始め
肌はくすんで垂れ始め
顔はもとより 私のあらゆるラインは歳を重ねた女のソレとすっかりとって代わっている

無理な若造りはしたくない

まだ暗がりでは作りようによっては実年齢よりも若く見える時期を過ごしている

これまで好んで選んできた洋服の形やデザイン
未だ長く垂れ流した髪

ソレらの習慣化したものとそんなにさっさとおさらばできるものでもなく
できればこれをどうにか工夫してして 
その時々の自分にマッチした風情を醸し出したい

がしかし
自分ぢゃそれってぜんっぜんわかんないやんね.........(T ^ T)

そんな中、すっかりお年を召されていても
意識も脳もすっきりと働く素敵な人達に気づく

______あ💡💡💡
メインは意識と脳です
まずは肉体的に脳が滞りなく働けば
身体のほぼ全てはうまく回るわけで
それには メンタル的な自分への愛情があれば
ホルモンの働きが助けてくれて
衰えながらも基礎的な部分は機能を失うことはないと思われます__________


きっと
それぞれにいろんな努力をしてきてるんだと見て取れるそれは
まさに尊敬に値する

言わずともがな感じられる本人の日頃からの努力

それは そう簡単に語れるものではなく
等しいレベルの努力をしている、あるいはその方向に現段階で歩みを進めている人にしか見えない軌跡がそこにある

歳を取るってほんとに怖いコトだ

ひとは十人十色言うけれど
その違いがまさに顕著に出てくるのは
実は70、80を過ぎてからだろう........
分度器で言う ほんの1°の違いが
遥か先で大きく角度を開くことは誰しもよく知る常識だが

その違いが 己が人生にどれほど影響するか
考えたことがあるだろうか


私が人の『老い』に興味を持ち
自分はいかなる老い方をして行こうかと考えるようになったきっかけは
やはり誰を差し置いても母しかいない

彼女を見ていて
老いることへの不安や恐怖と闘う心の揺らぎをまざまざと見せてもらい
仕事の場面で出会う多くの母と同じ、あるいはそれ以上の方々から
それぞれの違いを見ることが出来たから......

『老い』への恐れと闘いながら
強く、自分をなくさず生きるその様に
感動すら覚える

そして
果たして私は あそこまでストイックに自己実現を重ねていけるのだろうかと

その果てしなさに想いを馳せる

それは人と分かち合えるものではない

全ては 孤独のうちに 
全ては寄せては返す波と同じく 
何度も何度も打ち寄せては心をかき乱していくのだ

母はよく 夜中一人で泣いていた
シクシク シクシク 老いと共に孤独に苛まれ
眠れなくって 泣いてたんだとわかる

老いていくとは そんなものなんだろうと思う

でも 果敢に一人 たくましく向き合う人がいるのも事実だ

おそらくは
たった一人 老いていく自分を惨めと感じるか
それでこそ人生だと、希望と共に毎朝目を覚ますことができるかの違いではないかと思う

『老い』とは

その人の本質をすっかりひん剥いて見せてしまうもので
まさに最後まで人間力を問い続けてくるものであり、試されるものなんだと

ひしひしと感じてやまない

どんな私であれば 私は私の老いを許すことができ
どんな私であれば 私は私に満足をして死んでいけるのか

全てはそこに答えがある

先を行く人々に尊敬の念を抱きつつ
これまでの人生と同じく
何本もにわかれ、私の目の前に横たわるたくさんの方向を
老いることを大切に、また、楽しみながら
ひとつひとつ選んでいきたいと思う


★老後をハッピーにする会★ でも立ち上げようかな(笑笑)!!


ありがとうございます


   のりこ

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