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longing for spring

言葉が違う国で暮らしている。

この国には、スーツケースと自分ひとり以外何もない。この国に友達はまだひとりもいないし、この国の言葉で教育も受けていない。電車の乗り方も、支払いの仕方もわからないし、大統領とすれ違っても気づかない。いくら淋しかろうと悲しかろうと車を運転してきてくれる人もいないし、何も考えずに話せる言語での安定もない。

それでも、ふと考える。私が選ばなかったもの全てのことが歩きながら頭に浮かぶことがある。それは一番好きな自分になれる言語で友達や恋人を作ったり、何も不安を持たなくても良い家族や、何もしなくても情報が入ってくる生活だったりする。やっぱり違う夕焼けや、家から見える故郷の海だったりもする。

本当にここには何もない。でも、まだ何もないからこそ全ては自分次第で作り上げられることを、私は知っている。何回も失敗してしまうけど電車に何も考えずに乗ることができるようになるし、この国の言葉も話せるようになる。自分から動けば友達も多分たくさんできるし、少しだけ帰りたくなることも知っている。

道を探す唯一の方法は、道を失うことなのだと誰かが言っていた。私もロンドンで何度も道を失った。

だから、私はまた、言葉が違う国で暮らしている。かなしくは、ない。


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