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彼はそろそろナックルウォーキングをするかもしれない🦍

先日、会社の後輩に「おかじさんって自分が注目を浴びることが何より好きですよね」みたいなこと言われました。ええ、そうです。私が注目を浴びることが何よりも好きなおかじです。

何の話かといえば、月曜日のもっつ(水曜日のカンパネラ的な)さんも書いていた、日傘の話です。

おかじともっつさんの共通点といえば、釣りが好きなことと二足歩行であることくらいしか思い浮かばないんですが、この夏に新たな共通点が生まれました。生まれて初めて日傘を買ったことです。

そして、そこにはもうひとつ深いところに、共通するところと相違するところがあるという発見もありました。

まずは、相違するところ。先の日記でもっつさんはこんなふうに綴っていました。

ただ、やはり周りの目が気になる。
数年前から「男性も日傘を」みたいなニュースやら記事やらが出ていたりと、どうやらそんな方向へ風向きが変わってる感はありました。
が、実際に街に出てみると、まだまだ日傘を差している男性はごく少数。
なんだか色眼鏡で見られるんじゃないかなぁという憂いが拭いきれずでして。
まさに日本人的右にならえ精神。
マジョリティ原理主義。

寺本涼馬『まっすぐ、コツコツ、日々内省』より

対しておかじは、日傘を買うまでに全くこういう葛藤はありませんでした。じゃあ、なぜ今まで日傘を買わなかったのかといえば、「陽射しが強い日は日傘を差すといい」という発想が全くなかったからです。まわりにどれだけ日傘を差している人がいても、自分が日傘を差すという発想に1ミリも至らなかった。シンプルにアホだなと思いました。

そして日傘が家に届いたのが、もっつさんが日記を投稿した月曜日。この日、おかじは夕方から飲み会があり、自宅で作業していたのですが「あ〜早く日傘を差して街を練り歩きてェ〜『あの人の日傘イケてるな、どこで買ったんだろう』とか思われてェ〜」といてもたってもいられなくなり、すっかり日が落ち切った夕方18時過ぎに日傘を差して出かけました。

「おかじさんって自分が注目を浴びることが何より好きですよね」

そうです、私が注目を浴びることが何よりも好きなおかじです。結果、もう夕方というよりもはや夜なのに日傘を差し、グラサンまでかけてハイボール片手に歩いている変なおじさんとして日暮里中の注目を浴びてきました。

そして共通するところ。それはもっつさんの日記にもある通り「今まで見過ごしてきた日傘がたくさんあるんだろうなぁ」と思ったことです。葛藤がなかった時点で言葉の意味は異なるのですが、おかじも同じことを思いました。

つまり、日傘のように「外に出て注目を浴びたくなる」ためのアイテムを(実際注目を浴びるかどうかは置いておいて)、久しく買ってないなあ、見過ごしてるんだろうなあと。

新しい服とかメガネとかを買うと、ワクワクするじゃないですか。早くこれを着て出かけたい、みたいな。そういうのが最近なかったなぁと。置きにいってばかりというか。でも日傘を買ってその楽しさを久しぶりに味わったので、こういう買い物は積極的にしていきたいなと思いました。

ちなみに日傘の性能はまだ実証できてません(明日も雨らしい)。

今週の質問「改めて、皆様のコンセプトについて教えてください!」

「立ち飲み」です。クリエイティブ的な意味での、立ち飲みです。

立ち飲み(クリエイティブ的な意味で)ってなんだよ、と思う方もいるでしょうが、言葉の通りです。決められた役割やポジションもなく、フラットな関係で気心知れた仲間とワイワイやって、時間も忘れて夢中になって、楽しく解散。次の予定は特に決めてないけど、「今日ヒマ?飲み行かない?」とまた突発的に始まって、隣で飲んでるおっちゃんとも仲良くなって……みたいなものづくりが好きだから、立ち飲みです。

僕の場合、何かものをつくるっていうのが人生の根本にあるので(もう1人ランニングホームランには同じ価値観の人がいるけど)、コンセプトも自ずとクリエイティブありきなものになります。それが自然過ぎて、立ち飲みというコンセプトを見出したあとも、「立ち飲み的なクリエイティブ」ということをあまり説明してこなかった気がします。説明する必要があることにここ最近気づいた感もあります。それくらい生き方とクリエイティブへの向き合い方が同じというか。

まぁでも、それを肯定できるようになった、というのは「立ち飲み」という言語化をしたことによる大きな変化です。そういう意味では、コンセプトを言語化するってガチで大事ですね。(乾杯!)

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