見出し画像

#208「プロセスには時間が必要です。」

【プロセスには時間が必要です。】
今日は「プロセスには時間が必要です。」という話をさせて頂きたいなと思っています。これはですね。「クラス会議で子どもが変わる」っていうコスモスライブラリー社の本の中でも、僕が印象的に思っている文章の一つなんですけども…。

クラス会議のことを伝える時、どうしても「すごくうまくいく!」という話をしがちなんですよね。話をする時って、やっぱりいいエピソードを持ってきてしまうし、いい部分を強調してしまうので…。ボクも最初らへんにがんばって伝えてたら、「失敗談はないんですか?」とか、「うまくいかないことありませんか?」っていう話をされたりとか、「うまくいかないんですけど、どうしたらいいですか?」みたいな話をされることが多かったんです。

始めた頃は自分も必死やったし、何とか良さを伝えようと思って必死やったんで、きちんと伝えられずにいたんですけど、やっぱり長いことやってきて、僕20年ぐらいやってたんで、なんていうか…いい時もあかん時もあったんですよね。やっぱりね。時には、本当にしんどいクラスをもって、その中でのクラス会議を1年間やり通した…っていうあのクラスもありました。

で、そんなこんなで、その本の中でまあ最初の辺はここの部分に、なかなかこう引っかかって来れなかったんだけども、いろんなクラスを持った後に、「そのプロセスには時間が必要です。」っていうとこ、ものすごい引っかかったんですよね。っていうのは、内容を要約していると、「この新しい見方、また新しいことは扱う時、時として物事が良くなる前に悪くなえる時があります」と。「だけど、あなたがご期待するように熱心に子供が答えなかったとしてもがっかりしないでください。一歩一歩着実に進めば必ず一緒になってクラスを良くしていってくれると信じてください。」っていうことが書いてあるんですよね。で、「クラス会議がうまくいくのは、もうそれを信じている人だけがうまくいきます。」っていうことが書いてあるんですよね。もうとにかく「プロセスを信用してください。」ということですよね。

えっとこれ、もう本にも書いてあるんですけども、毎日短時間のクラス会議を積み重ねていったとしても、一ヶ月もすれば結果が出るクラスもある。結果が出るっていうか回り始めるクラスもあるけども、半年かかってやっと動き出すというようなクラスもあるわけですよね。

僕はね、このクラス会議をやってて、必ずその時が訪れると思っていました。ええ、例えば半年ぐらい経って、急にこう上手く回り出すんですよね。堰を切ったようにとか大きい岩がこう山の斜面のとこに止まってて、押して押しても転がらへんけど、ふとした拍子に動き出してゴロゴロ動き出すみたい…なイメージがあってたんですけども。ふとした瞬間にふわっと動き出すっていうのがクラス会議やと思ってたんです。ただ、そこまでにはすごい時間がかかるクラスとそうでもないクラスがあると。

さらに言えばですね。僕、まあまあ、大変やったクラスを持った時に、1年間経ってもなかなか動き出さへん…ってこともあるっていう風に思っています、つまり「クラス会議」をやればうまくいくとか、いいシーンばっかりが見れるっていうよりも、「クラス会議」のプロセスをしっかりやっていくことで、そのプロセスの中で子どもたちが学んでいって、いつの日か、それがこう行動として表れてくる…。クラスがいい感じで回り出す…っていうことがあるかなと思うんですよね。

ただ、これはですね。僕も説明できるようになったのは「ケアリング」っていうの勉強してた時に、「潜在的なもの」と「顕在的なもの」、見えないものと見えるもの、行動として見えない潜在的なものがしっかり溜まって初めてパッ!とこう見えてくるものがあるということが書いてあったことがあったんですよね。これ「ケアリング」の考え方の中にあったんですけど、これ、僕、すごいわかりやすいし、たぶんそうやろうなと思って。

さっき言ったように、ある瞬間から急に動き出すっていうのは、子どもたちの中に「クラス会議」のプロセスを通して、安心できるとか、発言しっかりできるとか、助け合うとかってことに関して、子どもたちの中に溜まってきた後に、ある瞬間からパッとこう行動として表れ出すんじゃないかな…ってことを思ってるんですよね、これ多分ある!と信じているんですけれども。

つまりですね。もともとたまってる子たちが多いクラスやったら、すぐ行動として現れるですね。でも、それがあんまりたまってない子やったら、なかなかこう結果として現れてこないわけですよね、なので、例えば、「クラス会議」をやると上手くいかない…とか、しんどい…とかっていうことが起こり得るわけですよね。なので、しんどいから止めてしまうということになってしまうと、子どもたちはたまっていくプロセスを経験することができないので、たまっていかずに、良い感じで回って行きにくい…と。

ただ、子どもたちが、もともとそういう必要なのがたまっている子たちやったら、すぐに結果が出るので楽しいわけですね。なので「クラス会議」をやって、うまくいくっていうクラスで「クラス会議」をやっていく、うまくいかないクラスはちょっとしんどいから止めとく…ってことがよくあったんですけども。ボクはちょっといろんなクラス経験してきて、特にすごいしんどいクラスでも「クラス会議」をやり続けて時に感じてたのは、逆にそういうしんどいクラスの子こそ、そういう活動とかそういう学びが必要なんじゃないかなと思うんですよね。

うまくいく子たちっていうか、そういうスキルを持っている子たちが多い、良い関係を築いている子たちが多いんだけども、しんどいクラスの子たちって、そういうのが苦手やったりとか、うまく学んでなかったりする子も多いんですよね。なので、「クラス会議」がうまくいくクラスで「クラス会議」をやるのはもちろんすごくいいんですけど、もうまくいかないクラスでも「クラス会議」っていうものをしっかりやっていく必要があるだろうなと思っています。

で、例えばですけど、教師のコントロールとか強制とか罰とかで、子ども達を育てていることが多いけども、”協力”・”勇気”・”信頼”で「ライフスキル」をしっかり育てて、子ども達を育てていくようにこうシフトチェンジしていかなあかんのんちゃうかみたいな話があるんやけども、もともと子どもたちがどういう教育を受けてきているか…とかいうことも、この「クラス会議」が上手くいくかいかへんかというところにも、あの影響してしてくるんちゃうかと思うんですけどね。

例えば、小さいときから徹底的に教師にコントロールされて、罰とか強制で育てられて来た子を、例えば6年生のクラスでいきなり「クラス会議」したら上手くいく訳がないわけですよ。急にそういうことをやると、本にも書いてあるように新しい見方を学ぶ時に上手く行くどころか、後退するように見える…。または、時として悪くなると感じることもあるだろうと思うんですよね。でも、そういうことを育てていくってことを必要だと信じるのであれば、それをしていかなかんけれども、まあクラスだけでやっていくっていうのは、まあちょっともしかしたらしんどいときがあるかもしれへんし…。

僕としては、例えば、小さい時からずっと積み重ねていって、同じような考え方で「クラス会議」のようなものを積み上げていけば、高学年になった時にもしっかり育っていくやろけどね。その辺がまだなかなか議論がされにくいところであるし、やっぱ結構コントロールしてしっかりクラスを回していくんだ!、教師が回していくんだ!っていう考え方がベースにあるようなところでやると、子どもたちは当然、あの、逆にシフトする訳ですから、悪くなったりとか、まあこう上手く回らなかったりするわけで…。それが周りの方から見るとああいうこと(「クラス会議」)をやると、やっぱり荒れるよねみたいな話になって、上手くいかなかったり、ほんまにクラスが上手く回らずに先生がしんどくなったりすることもあると思うんです。

ただやっぱり、何が大事なんかとか、何を育てていくべきなのかっていう話をしっかりと考えてやっていくということは必要だしと思うし、僕はあの本にも書いてあるようにこのプロセスを信じて、子ども達がしっかり、こういうことを学んでいけるような環境を整えていって教育を進めていくということが必要なんちゃうかと思っています。

学校の先生をしてた時に、とことん一生懸命やってたのが「クラス会議」やったんですけど、今日お話しさせてもらったのは、うまくいくばっかりじゃないですよ…と。こういうことを学んでいくのは、すごくしんどいこともありますよ…という話なんですけども。だけど、それでも進めていきたいし、これからまたいい例も悪い例も含めてね、いろんなことを紹介していきたいなと思うんです。ボクとしてはこれまでやってきて、本当にこのクラス会議間違いなく必要やし、間違いなく良い方法だと思っているということを思っています。なんで、また日曜日ね、続けて話していきますんで、あの是非、これからも聞いていただけたら嬉しいなと思います。

【コメント返し】
「日曜日のVoicy楽しみにしてました。ちゃんとごめんなさいできて、ちゃんといいようができたシーンを想像して、ちょっと泣きました。 最近、話し合ったように思ってたけど、全然伝わってなかった。人間関係って難しいなあ…と思ったことがあったのですが、今日のお話を聞いて、私はその人のニーズを知ろうとできてなかったんだなあと思いました。勉強になりました。ありがとうございました。」

ありがとうございます。この「クラス会議」をしてたり、オタスケマンなんかをやっていくとと、子ども達はトラブルが起こったりとか、困ったことについて話し合ったりするんです。「クラス会議」やってると、”勇気”・”信頼”・”ライフスキル”っていうんですけど。勇気の一つで、子どもたちは、悪いことをしてしまった、なんかしてしまったことで「認める」っていうことをし始めるんですよ。これが面白いんですよ。

何かっていうと、「クラス会議」では、悪いことに注目して話し合いをしないんですよね、解決策を出し合って、そこから選ぶので、相手が悪いとかじゃなくて、自分が何するかを選ぶわけですね。また、ゆっくりしゃべりますけどね。で、オタスケマンなんかも相手のニーズ、何をしてほしいか…ということで話をするので、なんかどっちが悪いかみたいな話しないんですよ。そしたら、悪いってことを責められる機会が少なくなってくるので、「ごめん…。ボクがやった。」とか、「ごめんな。やってしもうた…。」という事を言い出すんですね。

言い出した時に、またそれをしっかり認めていってあげるという事を繰り返すと、そういう文化が成り立ってきてしまってですね。認めたことが讃えられたりするわけで、何かあったとしても、勇気を持って認めて前に進んでいくっていうことが起こり始めます。あのこの前のシーンで泣いたって言ってくださったんですけども、そんな泣きそうになるようなシーンがクラスでたくさん現れ始めるのが「クラス会議」とか、オタスケマンなんです。

オタスケマンっていうのは、「ピアメディエーション」の考え方のベースにあるんですけども。しっかり話し合い方を教えてあげて、どういうふうにこう認めたりとか、どういうふうにこう解決していくかということをね学んでいくと、子どもたちは本当に素晴らしい姿を見せていくので、またその辺もね、ちょいちょい紹介していきたいと思います。たくさんありますからね。そういうシーンがね、紹介していきますんで。また思たことあったらコメントメッセージよろしくお願いします。

次は元同僚だった先生から。
「LINEでいただいております。毎週学校のラインに転送してるんですけど、最近隣のクラスの先生はもちろん、あちこちから聞いてますって言われます。広がって良さを知ってほしいと願いながら続けます。」

ということですね。そんなことをして頂いててありがとうございます。ボクもね、できる限りこの日曜日、しっかり続けていきたいと思っていますんで、なにかこう、あの皆さんの助けになったりとかね。足がかりになったりとか、勇気が沸くようなことになっていくように、僕も頑張ろうと思ってますんで、また反応とかあったら、そういうのもまた教えていただけたら嬉しいなと思います。よろしくお願いします。ありがとうございます。ほんまにやってよかったなと思ってますけどもね。

Voicyの方でコメントいただいています。大手さんですね。
「なんでしょう?お話聞いて涙が出てきました。大人の価値観の押しつけや影響のないピュアな感情に心が震えます。子ども達の問題や課題を認識する力、解決する力を信じて育み導く人間に求められている部分が詰まっていると思います。」

ということですね。本当にありがとうございます。こういうメッセージいただきましてね、ほんまに僕らの価値観っていうのは、僕らも一つの考え方やけども、もっともっといろんな考え方があるということを「クラス会議」してたら、今教えてもらうことができました。で、あのそんなシーンが本当にいっぱいあるんですよね。で、子どもたち自身が問題を解決していくという力というのは本当にあると思います。大人が決めつけてしまったら、その枠にしか入れへんけども、子どもらも自分らで考えてやっていく…という力を十分持っているし、実は大人よりも子どもの方がしっかりできたりとかするんちゃうかなというところもたくさんあるんですよね。

例えば人間関係の話なんんかで言うと、実は大人の方が身近な人間関係に勇気をもって話をするとか、実はできないんですよね。ちっちゃい子どもの方ができるんです。なので、実は、自分らで困ったことを話し合う…みたいなことが、大人はできひんから裁判とかがあるわけですけども、子ども達はしっかり教えていくと、それをやっていこうやっていこうとしますんで、できるだけ僕は小さい時から積み重ねていくということが必要なやろなと思っています。アドラー心理学でもね、10歳とかぐらいまでにしっかりやっておく…っていうことをよく言われますけども、僕もそう思っていまして。

低学年、中学年ぐらいの間に、しっかりこう「クラス会議」や「オタスケマン」というのを十分やって、自分たちができるんだとか話し合いができるんだということをね。しっかり持って、高学年、思春期の方に入っていけばですね、少しまた雰囲気変わってくれちゃうかなと思ったりしているんですね。

なんか、みんなでやったら僕出来るんちゃうかなって思って、本当に教師してた時も一生懸命やってきてたし、まあ、実はね、教師を辞めてから石屋さんになってからも、「クラス会議」の”火”が消えないわけですよ。たくさんあのメッセージいただいたりとか、同僚の先生がずっと続けて広げてくださってたりとかするのでね。おそらく「クラス会議」というのはすごく良い方法というか…。”火”が消えないんのでね。良いもんやと思うんでね。何か僕も貢献できるようであればですね、しっかりやっていこうと思うんで、日曜日頑張りますんで、また良かったら、一緒に盛り上げていただけたら嬉しいなと思いますんで、またよろしくお願いします。

はいというわけで、今日はね、この辺で終わりたいと思います。日曜日も頑張りますんで、どうぞよろしくお願いします。

「思いはただ1つ…子どもたちの命を守ること。」

どうか一人でも多くの方にメッセージが伝わりますように。

今日も最後まで聴いていただいてありがとうございました。また明日。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?