戦略と戦術を混同してはいけません。アカデミックな知見と,個別の現場における小手先のテクニックを混同してはいけません。混同してはいけませんが,戦略も戦術も重要です。 戦術が戦略に従属し,戦術は,戦略の目的達成のプロセスの一つだということを理解できるのであれば。

今日は,ものすごく重要なお話をします。

まず,「戦略」(Strategy) と「戦術」(Tactics) の違いについて知る必要があります。

戦略も戦術も,もともとは,軍事用語でした。

いまでは,ビジネスその他の多くの領域で使われています。

「戦略」とは,「特定の目的を達成するために,大局的な視点で,組織的な行動を計画し,遂行する方策」ということを意味します。

「戦術」とは,「具体的な作戦や任務・目標達成のための具体的な方法」ということを意味します。

戦略が示すのは,進むべき方向性や,そのためのレトリック・パフォーマンスです。

言い換えるなら,戦略とは,目的を達成するために何をすべきなのか,何を重視し,何を切り捨て,どのように効果的・効率的に目的を達成するのかを考えて,準備・計画・演習・実行を遂行することです。

戦術が示すのは,その時その時の,行動の仕方であり,具体的な場面での現実的で,具体的な手段や行動の流れです。

言い換えるなら,戦術とは,特定の場所,特定の時期において,どのようにふるまうのがよいのかという具体的,かつ,短期的なアクションのことです。

元々は,軍事用語なので,本来の意味で語れば,例えば,ある国と戦争になるとします。

戦略は,長期的,包括的,総合的,マクロ的な視点から,戦争に勝利することを考えます。

兵力はどのくらい必要か,兵器はどのくらい必要か,どんな兵器が必要か,戦争に勝つためには何年間くらい必要か,被害はどのくらい出るのか,費用はどのくらいかかるのか,何をもって戦争に勝ったとみなすのか,などなど,

戦略は,総合的な視点から,戦争に勝つことを考えます。

これに対して,戦術は,実際に戦争が始まり,局地的な戦いにおいて,この平原での戦いではどうすればいいのか,この都市で戦うにはどうすればいいのか,この地域で冬に戦うにはどうすればいいのか,どんな兵器をどのくらいつぎ込めばいいのか,戦闘の陣形や攻撃の開始はどうすればいいのか,などを考えます。

戦略は,戦争に勝つという目的を達成するためのグランドデザインです。

戦術は,個別の戦闘・戦地での勝利を目標にした個別の作戦です。

当然ながら,戦術は,戦略が有効に機能するための役割を果たします。

つまり,戦略が上位にあり,戦術は,戦略が成功するために存在します。

さて,教員採用試験で考えてみましょう。

教員採用試験の究極的な目的は,もちろん,合格を勝ち取ることです。

教採で合格するためには,

筆記試験で高得点を取る。

面接で高得点を取る。

模擬授業・小論文・集団討論等で高得点を取る。

といったことが必要です。

筆記試験であれば,教職教養(&一般教養),専門教養などの知識が必要です。

ここは,学問であり,アカデミックなものです。

面接は,人物評価であり,採用側に,その受験者が,教師として,適性・資質・能力・魅力があると感じ,採用したいと思わせれば勝ちという営みです。

模擬授業・小論文・集団討論等も,基本的には,面接に準じる営みとなります。

教員採用試験に合格するための戦略は,

アカデミックなもの

人物評価的なもの

を総合的に考案し,その戦い方を立案し,準備し,演習します。

アカデミックなものは,過去問などを精査しながらも,学問として,教養として,価値あるものを学び,筆記試験の本番で,問題を効果的,かつ,正確に解けるような力を身に付けます。

このときは,戦略的な勉強ですから,志望自治体が,たとえば,マークシート式の出題をするからと言って,正解を選択肢から選べればいいというだけの勉強はしません。

理解するべきものは理解し,記憶すべきものは記憶し,説明できるべきものは説明できるようになっておきます。

理解と記憶と説明(活用)ができれば,マークシート式だろうが,記述式だろうが,問題を解くのは簡単です。

確かに,マークシート式には,マークシート式のための若干の解法のコツはあるでしょう。

それは,戦略的な準備が終わったあとで,戦術として,志望自治体に応じて,個別に準備しておけばいいことです。

面接などの人物評価においては,採用側の面接官の印象・心証・主観的なイメージを,より好ましいものにして,面接官の好感・共感・好印象を勝ち取ることを目指すのが戦略です。

この戦略には,レトリック理論やパフォーマンス理論が必要です。

レトリック理論やパフォーマンス理論は,目の前の聞き手(聴取),つまりは,面接官の好感・共感・好印象を,いかにして,勝ち取って行くのかの,アカデミック,そして,サイエンティフィックな戦略のことであり,コミュニケーション理論や心理学などの知見を総動員して,準備し,演習します。

もちろん,志望自治体によって,この自治体では,校長や教育委員会の管理職だけではなく,民間人面接官もいるということもあるでしょう。

そういった場合は,民間人面接官の好印象を勝ち取る具体的な作戦が必要でしょう。それが戦術です。

また,志望自治体によって,自己アピールを重視するとか,志望動機を重視するとか,講師経験から学んだことを重視するなどの傾向はあるでしょう。

そういった場合は,それに応じた,具体的な作戦を準備します。それが戦術です。

しかし,あくまでも,戦術は,戦略を実現するために存在します。

戦術は,戦略に従属します。

決して,戦術は,戦略の上には来ませんし,戦術の都合で,戦略を安易に変更することは,原則的には,ありません。

欧米では,戦争においても,ビジネスにおいても,広報においても,選挙においても,まずは,戦略を立案し,その後で,必要に応じて,個別の場面・機械で,戦術を有効に行使します。

そして,戦略をつかさどるのが,参謀や司令官,指揮官・トップの役割です。

戦術をつかさどるのは,実際の戦地・場面で戦うスタッフ(部隊・兵隊)の役割です。

欧米では,司令官・指揮官・指導者・トップになる人は,戦略の立案の仕方,戦略的な準備の方法,戦略的な演習のやり方を徹底的に学びます。

これは,教育の世界でも同じです。

アメリカでは,日本のように,教諭を何十年も勤め上げた後に,校長に出世するというルートは一般的ではありません。

校長になろうとする人は,校長用の大学院に行き,20歳代後半から,30歳代前半で,副校長補や副校長になり,そこから,校長になっていきます。

日本の校長は,定年の少し前に就任するので,校長を務めても,せいぜい数年から10年くらいですが,アメリカの校長は,30歳台前後から副校長として務めますので,校長歴が数十年と言うのは,全然,珍しくありません。

つまり,アメリカなどでは,管理職は戦略をつかさどり,一般の教諭などは,日々の授業や指導で戦術をつかさどるという風に,役割分担が決まっています。

こういう文化的な背景もあって,日本では,現場に近い人が,戦術的な意見を,あまりにも声高に叫びすぎてしまって,大所高所からの戦略的な思考が軽視されがちです。

最終的に戦争にいかに勝利するかという戦略よりも,この戦いでは戦車が必要!とか,この戦いでは少人数でなければならない!とか,この戦いでは重装備は不要などの,小さな局所的な議論ばかりをしています。

確かに,局所的には,その議論は大事です。

しかし,局所的な,議論だけでは,一つの局所的な戦闘には勝てても,戦争そのものに勝つことはできません。

教員採用試験で言えば,ある自治体での教員を経験した人は,自分の経験を言い立てて,自治体ごとの対策を,ことさら重視します。

大きな組織の管理職・司令官・指導者・経営者になったことがないので,戦術しか見えない人がいます。

もちろん,戦術も重要です。

しかし,戦術は,あくまでも,戦略に従属し,戦略が成功することをサポートするのが,戦術の役目です。

教員採用試験で,もっとも重要なのは,合格のための戦略です。

そして,その戦略とは,アカデミックな準備と,レトリック理論やパフォーマンス理論を駆使した準備です。

具体的な自治体を受験する場合は,局地的な「戦地」としての戦い方・作戦としての戦術は有効になります。

この自治体はXXを重視しているとか,この自治体はYYは気にしないとか,この自治体はZZである必要があるとか,それぞれの「戦地」での事情はあります。

それはそれで,情報を収集し,その局所的な事情のための作戦を立てて,実行すればよいことです。それが戦術というものです。

しかしながら,戦術が,戦略を超えることは,ありません。

戦術は,あくまでの,その「戦地」での,その局面での戦い方です。

例えば,ある自治体が志望動機をものすごく重視するとします。

であれば,その自治体が喜ぶような志望動機を考えて語るというのが,戦術です。

ただ,志望動機の語り方のレトリック理論やパフォーマンス理論は,戦略的なものであり,相当程度,普遍的なものです。

仮に,ある自治体が,講師経験を重視するというのであれば,その自治体が喜ぶような講師経験を効果的に考えて語るというのが,戦術です。

ただ,講師経験を効果的に語るという語り方のレトリック理論やパフォーマンス理論は,戦略的なものであり,相当程度,普遍的なものです。

戦術は,戦略を超えない。

戦術は,戦略に従属する。

このことを理解することは,極めて重要です。

日本人は,現場に近い人が,すぐに,「上は,現場がわかっていない」とか,「現場がわかれば,上手くいく」などと言い出します。

戦術的な思考はできるけれど,戦略的な思考ができないというのが,多くの日本人の特徴です。

そして,これが原因で,日本は,80年ほど前,太平洋戦争で,悲劇的な失敗を経験しました。

戦術ばかりで,戦略がなければ,最終的な勝利を得ることはできません。

戦術ばかりで,戦略がないのは,現場しかしらない底辺的思考です。

現場しか知らない人は,局地戦で,いくつか勝ったとしても,結局は,戦争全体では,大敗北を喫してしまいます。

底辺的思考は,自分が知っていることに固執するあまり,大局を見誤り,自分の周囲を巻き込んで,大敗北に沈んでしまいます。

トップに立つ人,経営や最終的な勝利を志向する人は,戦略的に考えます。

大局的な戦略に影響のない戦術は,あまり議論の価値はありません。

大局的な戦略に影響のある戦術は,戦略に基づきながら,戦略を達成するように,実行していくべきものです。

昨今,教員採用試験の準備に普遍性はあるのか,自治体ごとの対策が重要なのかといった,愚かしい議論があるようですが,まったく,的外れな議論です。

教員採用試験で最も重要なのは,戦略です。

戦略とは,アカデミックな準備,レトリック理論やパフォーマンス理論を駆使した準備です。

自治体ごとに特殊な事情があるのであれば,当然ながら,その事情に応じた戦術が必要です。

ただ,戦術が必要だという事実は,戦略は不要だということには,絶対になりません。

必要な戦術とは,戦略を成功させるための具体的な作戦にすぎないのですから。

教員採用試験の対策講座を指導している人の多くは,ビジネススクールに行っていませんし,管理職用の訓練も受けていませんし,ましてや,軍隊の将校の訓練も受けていません。

ですから,多くの人は,現場重視の戦術のことしか,語りません。

底辺層の議論ではいけません。

木を見て,森を見ずではいけません。

そう言えば,私(河野)は,アメリカでの博士課程(Ph.D.課程)は,教育学大学院の中の "Policy, Planning, and Leadership" という学群(学科)に所属していました。

"Policy, Planning, and Leadership" とは,日本語で言えば,「政策,計画・リーダーシップ」と言う意味です。

これが学群というか,学科の名前でしたので,どんな研究や学びをしたかは,想像がつくと思います。

教育学大学院を超えて,ビジネススクールやロースクールでも,学び,単位を取ることが求められました。

戦略的思考は,学問も,科学でも,とても大切なものです。

戦略的な思考なく,現場の経験だけで戦術的な言説だけを振り回していては,太平洋戦争の誤りを,繰り返してしまいます。

目の前に見えていることだけに,こだわっていてはいけません。

自分が経験して,知っていることだけに,こだわっていてはいけません。

戦略は理論です。

戦略は未来予測です。

戦略は科学です。

戦略は目的達成のためのシナリオです。

これに対して,

戦術は,一場面での行動の短期的なステップです。

戦術は,プロセスの一つです。

戦術は,戦略に奉仕します。

というわけで,くだらない論争はやめましょう。

戦略と戦術を混同してはいけません。

アカデミックな知見と,個別の現場における小手先のテクニックを混同してはいけません。

混同してはいけませんが,戦略も戦術も重要です。

戦術が戦略に従属し,戦術は戦略の目的達成のプロセスの一つだということを理解できるのであれば。


河野正夫


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