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【感想】「いい子のあくび」(著:高瀬隼子)

概要

 4月に入ってから何冊か小説を読んだけど、なかなか自分好みの作品に出会えていなかったので、こんな時のためにとっておいた本作を読んだ。自分にとっては、「おいしいごはんが食べられますように」に続いて、高瀬隼子さん2作目。時系列的にも、「おいしいごはん…」の次に刊行された作品ですね。

第74回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞

芥川賞受賞第一作。
公私共にわたしは「いい子」。人よりもすこし先に気づくタイプ。わざとやってるんじゃなくて、いいことも、にこにこしちゃうのも、しちゃうから、しちゃうだけ。でも、歩きスマホをしてぶつかってくる人をよけてあげ続けるのは、なぜいつもわたしだけ?「割りに合わなさ」を訴える女性を描いた表題作(「いい子のあくび」)。

郷里の友人が結婚することになったので式に出て欲しいという。祝福したい気持ちは本当だけど、わたしは結婚式が嫌いだ。バージンロードを父親の腕に手を添えて歩き、その先に待つ新郎に引き渡される新婦の姿を見て「物」みたいだと思ったから。「じんしんばいばい」と感じたから。友人には欠席の真意を伝えられずにいて……結婚の形式、幸せとは何かを問う(「末永い幸せ」)ほか、社会に適応しつつも、常に違和感を抱えて生きる人たちへ贈る全3話。

集英社HPより引用

 集英社HPのあらすじに集約されているのだけど、本作は「社会に適応しつつも、常に違和感を抱えて生きる人たち」が登場する物語。「おいしいごはん…」の読後に著者の高瀬さんのインタビュー記事をいくつか読んだけど、著者の高瀬さんは一般企業に勤めながら執筆をしていて、芥川賞受賞後も会社員を続けているそうで、実際に会社に働いているからか、作中の会社でのやり取りや登場人物がリアル。
 また、普段から気になることや嫌なことがあるとノートに書き留めていて、そこから物語を考えていくとのこと。この嫌なこと(しかも人によっては些細なこと捉えるかもしれない)が現代社会でなかなか言及されていなかったり、軽視されてしまうことだからこそ、それを題材にしてくれる気持ちよさがある。

感想

儀式の目的と手段

 自分は3編目の「末永い幸せ」が本書の中で一番好き。結婚式という儀式を受け入れられない主人公は、親友からの結婚式への出席依頼を断る話。なぜ結婚式が受け入れられないのかというと、女性が「じんしんばいばい」される儀式のように感じられ、「じごく」だと思うから。例えば、父親と一緒にバージンロードを歩く新婦が、新郎に渡される場面とか、ケーキ入刀後のファーストバイトの由来とか、新婦だけ家族に向けた手紙を読む意味とか。
 これ以外のイベント含め、結婚式ってある程度パッケージ化されていて、それぞれの行為の意味とか由来とか全然考えていないけど、旧来の家族制度的な価値観をベースにした儀式だから、冷静にそれぞれの意味を考えると、今の価値観に照らせば引いてしまうものばかり。しかも、めでたい場だから、ネガティブな反応を示すのがマナー的にご法度、結婚式を否定することは新郎新婦の結婚事態を認めないことと同義みたいな、思考停止したスタンスの人たちもいて、価値観が多様化したり大きく変容しつつある現代において、かなり歪な儀式だなあということを、本作で気づかされました。
 実際、「そもそも何のためにこんなことやってるんだっけ」と感じる作業とか儀式とかって、結婚式以外にも身の回りにたくさんあって、自分はそういうことにモヤモヤしてしまうタイプだから、「末永い幸せ」を楽しく読んだ。

女性目線で社会を観察すること

 1編目で表題作の「いい子のあくび」は、自分ばかり他者を気遣うことに「割に合わなさ」を感じている主人公が、歩きスマホで避けようともせずに向かってくる人にぶつかっていく話。歩きスマホの人は相手を見ていて、自分より力が弱そうな女性だから避けないのであって、スポーツマンの彼氏と一緒に歩いていると、自分から避ける必要があるような場面に遭遇しない。こういう、女性だからというだけで降りかかってくる嫌なことについて解像度高く表現されているのが、本作の読みどころ。
 自分は男性だから直接的な体験としてこういう場面に直面することはないけど、女性目線で社会を観察するのは、その客体になり得る男性にとっても不可欠な視点なんじゃないかな。

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