なつかしい味

まんまるのきつね色が、
まんまるの黒い鍋に浮かんで「ぱちぱち」「じゅわじゅわ」
ひっくり返すごとに、色を深めて。
ふと、夜に浮かぶお月さまみたいだと思った。泡が弾ける賑やかな夜だ。


コロッケは、父と母の合作料理だと思っている。

たねづくりは母の分担。彼女のお芋のつぶし方は絶妙。
つぶしすぎず、程よくかたさを残して。
一緒に入ってる、玉ねぎ、人参、お肉も甘くておいしいよね。

油で揚げるのは父の分担。うちでは父は揚げ物のプロ。
本当はカツを揚げるのが彼の本領で、外はサクッと、中はジューシー。
そんじょそこらのお店にもきっと負けない。

崩れないよう箸で持ち上げ、ソースをつけて。
熱々だから火傷しないように気をつけながら、
そっとかじると「さくり」「ほくり」「ふわり」
口の中に広がるあの味が、わたしは“幸せの味”だと思っている。


例えば父がいなくなったら。母がいなくなったら。
きっとこの絶妙なつぶし加減の、ちょうどいい揚げ加減の
今食べているこのコロッケと同じコロッケにはならない。
どちらが欠けてもだめなんだ。でも、その日はいつか、確実に来る。


そうなった時、わたしが一番懐かしく思い出す味は、
きっとこの味なのだと思う。
懐かしさという感情には、少しだけ、悲しみや切なさが混じってる。
もう二度と戻らない味。けれど温かくて、優しくて、涙が出そうになる味。

まったく同じは無理だけど、
少しずつわたしがこの味を、引き継いでいかなくちゃ。
だからもう少し長生きして、色々わたしに教えてね。


「コロッケ、おいしいね」


あ、そうそう。ひとつ気がついたことがある。

パン粉づくりはわたしの分担。
お皿に盛られたパンの耳。散らばらないようチラシを敷いたら準備は完了。
おろしがねで、よいしょよいしょと すりおろす。
終わりにはふわふわの山がひとつでき、ちょっとした満足感なのだ。


だからここで訂正する。
コロッケは、父と母とわたし、つまり家族の合作料理だ。
だからわたしは、コロッケが好き。うちのコロッケが一番好き。

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