特別列車の案内人
collaboration 01 「大時計」「駅」みそらさん( https://note.mu/misora_umitosora )とのコラボ企画。
共通のテーマを持ちながら共に物語(台本)を作成しました。
そこにあるのは同じ街。
けれど時代を変えれば違う物語が生まれます。
こちらと共にお楽しみいただければ幸いです。
「時の貴婦人」(作:みそら)
https://note.mu/misora_umitosora/n/n391549e41fff?magazine_key=m5027189d1887
※文章の使用についてはこちらをご覧ください。
http://happy-smile30.wix.com/kuusouya#!shiyou/clmo
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---背景---
長期化していた戦争がようやく終りを迎え、1年。街は少しずつだが着実に復興していた。鉄道が復旧し物が入ってくるようになり古くからの駅前広場も活気を取り戻しつつある。しかし、街のシンボル的存在である大時計は外装こそはずいぶん修繕されたものの今だ動きを止めたままである。ここ数年街に鐘が響かない年が続いている。
---人物---
□ハロン
18歳。6歳の頃教会(孤児院)から引き取られてくる。しかし6年後、戦争が始まる。父親は兵士として戦場へ、母親は空襲で亡くなってしまう。
唯一兄が共に生き残るが、当時15歳だった兄は生活を支える事ができなかったため、ハロンは戦争の被害の少ない田舎町の教会に再び戻って生活を送っていた。
■駅長
見た目は優しそうな“おじいさん”。駅前広場の大時計の事を“彼女”と呼び、大切に思っている。どうやら彼女とは古くからの友人らしい。
■ジャック
(生きていたら)21歳。ハロンの兄。15歳の頃空襲にあい、妹は教会へ、自身は町工場の親方の下に転がりこみ、住み込みで働いていた。18歳の頃戦争に行く事が決まり、妹にその事を知らせる手紙を出すが、会うことは叶わなかった。
その他 車掌・父親・母親・修道女・商人1・商人2・ガヤ
※作中のSEはあくまでイメージ
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空襲。飛行機の音、爆撃、崩壊、燃える音。
人々の混乱、悲鳴、走る音など。
ガヤ 『空襲だ!!』
『逃げろ逃げろー』
『川の方に走れー』
ハロン(12歳)走っているが転ぶ
ハロン 「ぁ」
ジャック「ハロン!…っ」(手をのばすが、逃げ惑う人ごみにのまれる)
ハロン 「お兄ちゃん、お兄ちゃん……!」
電車の音。ドアが開く。
ハロン、目を覚ます。
ハロン 「……嫌な夢」
車掌 「旧市街地前、旧市街地前… ドア閉めまーす」
ハロン 「! お、降ります」
ハロン、慌てて電車を降りると、電車閉まり行ってしまう。
雨が降っている。歩く音、立ち止まる。
ハロン 「…雨」
ハロン、駅改札外の待合席にずっと座っている。
駅長、外の様子を見にゆっりと歩いてくる。
外の様子に目をやりながらハロンに話しかける。
駅長 「止みませんな」
ハロン 「…」(駅長に気づき少し顔を上げる)
駅長 「雨の日は、まるで街全体が眠っているようだ。 長いことここで
駅長をしているが… 昔からこんな風に寂しさを覚えたものか…」
ハロン 「…雨は人を寂しい気持ちにさせる…。
静かな雨音に、大切な誰かを思い出すから…」
駅長 「ふむ…。“大切な誰か”か…」
(間)
駅長 「お嬢さんは、どこから来たんだい?」
ハロン 「隣町の外れから」
駅長 「どこに、行くつもりだったんだい?」
ハロン 「…… あの大時計の下で待ち合わせしてたんです。3年前。
でも戦争のせいで電車が止まって…」
駅長 「…そうでしたか。当時の約束を果たすためにここへ…」
ハロン 「おかしいですよね。3年も前の事なのに」
駅長 「…いや」
ハロン 「…止まっちゃったんですね、あの時計」
駅長 「え、あぁ。あれもずいぶんやられてね。
外装だけはだいぶ修繕されたんだが…どうにも駄目らしい」
ハロン 「…私みたい」
駅長 「え?」
ハロン 「ずっと動けないでいる、私みたい」
場面転換(過去)
踏切の音、電車の音が現実を押し流していく。
母親 『今日からうちの子ね。ほら、みんなに名前を言って』
ハロン 『…ハロン』
父親 『よろしく、ハロン』
母親 『彼があなたのお父さん、私がお母さんで、
この子があなたのお兄さんになる、ジャックよ』
踏み切りの音
父親 『ジャック、俺は戦争に行く事が決まったが…
家を空ける間母さんと妹の事を頼むぞ』
空襲。飛行機の音、爆撃音、悲鳴、走る音など。
母親 『ジャック、ハロン。
お母さんは足の悪いおじいちゃんとおばあちゃんを連れてから
行くから、先に2人で川の方に逃げるのよ』
ハロン 『お母さん!』
母親 『大丈夫、すぐに行くから―――……』
爆撃音(大)。建物が壊れる。
小さく燃える音。
ジャック『ごめん…父さん…』
(間)
ジャック『ハロン、ごめんな。俺、一生懸命働いてまた一緒に暮らせるように
するから…。しばらくは離れ離れだけど』
ハロン 『大丈夫…。この時計台の鐘の音が、どこにいても二人をつないで
くれるから』
鐘の音
ハロン 『だから、お兄ちゃんだけは…どこか遠くに行かないでね』
(間)
修道女 『ハロン、手紙よ。お兄さんからみたい』
ハロン 『!』
手紙を読む手が振るえ、紙をくしゃり。
オルゴールの音、フェードアウト。
走る足音が徐々に響く。ハロン、息が切れている。
半分くらい泣きそうな様子。
ジャック『ハロン。ついに僕も戦争に行く事になった』
(手紙)『機械いじりの腕を買われて、そっちの部隊につく』
『生きて帰れるか分からないから、その前にもう一度
…君に会いたい』
ハロン 「お兄ちゃん!!」
ハロン 「―――…(ハッ)」
夢から覚める。雨がぽつぽつ。先程より弱まっている。
ハロン「(大きな溜め息)…また、この夢…」
ハロン「…毛布、さっきの駅長さんがかけてくれたのかしら」
ハロン「雨、あがった」
水溜まりを歩き、大時計の下へ行く。
ハロン「…久しぶり、大時計。やっぱり、いつ見ても立派ね」
ハロン「燃えた跡…。痛かったでしょう。せっかく素敵な赤煉瓦だった
のに…。あなたの鐘の音が聞けなくてすごく寂しかった」
ハロン「私は結局…独りになっちゃったのかしら…」
カチっと文字盤が動く。大時計、鐘が鳴り出す。
ハロン「!! な、何!?」
戦争を思わせる音。飛行機、爆撃、人々の混乱、悲鳴など…
ハロン 「嫌… やめて…やめて!!」
駅長 「お嬢さん、お嬢さん!」
ハロン 「…あ」
駅長 「大丈夫かい?」
ハロン 「今、時計が…時計が…!」
ハロン、時計を見上げるが止っている。
ハロン 「止ってる…?」
場面転換。駅長室。
ハロン 「…ふぅ」(ホットミルクを入れてもらって)
駅長 「落ち着いたかな?いや、すまないね。駅長室は少々狭いが…」
ハロン 「いえ、ありがとうございます。とても温かい…」
駅長 「はは、寒い夜はホットミルクに限る」
ハロン 「おじいさん、さっきのは、いったい…?」
駅長 「…彼女もまた、深く傷つき悲しんでいるんだよ」
ハロン 「彼女って…大時計の事?」
駅長 「あぁ。歴史あるものには不思議な力が宿る。
その大時計もずいぶんと昔から皆に愛され、大切にされてきたから
な… 人が時計を想い、時計が人を想う関係ができあがっていたの
だよ。しかし、戦争が起きた。兵器は罪のない民衆の命も平然と
奪っていく。今まで大切に想ってきた街が、民が彼女の前で姿を
変えていったのだ。もちろん、大時計自体も戦火にやられ大きな
被害が出た…。それ以来動きを止めてしまったのだが…
時々な、悲しみが力を暴走させるようで大時計の記憶が人を飲み
込む事があるのだよ」
ハロン 「大時計の記憶…今のが…?」
駅長 「記憶に飲まれてしまったら、容易に帰ってくる事はできん。
特に今日のような静かな夜は孤独が影をさすのだろう。
十分、気をつけなければいけないよ」
ハロン 「…はい、ありがとうございます」
駅長 「もう、1年経つのか。あの戦争を終えて…。
いや「まだ」1年と表現するべきか…」
ハロン 「え?」
駅長 「傷を癒すには短すぎる時間かもしれんの。
大時計にも、君にもな…」
ハロン 「…えぇ」
場面転換。昼間。駅前広場、賑わっている。
商人1 「お姉さんお姉さん、お昼にどうだい?うまいよぉ」
ハロン 「え、えぇ。じゃあいただくわ」
商人1 「まいどあり」
商人2 「お姉さんお姉さん、お金持ってるんだろ?
こっちのも買ってくれよぉ。人助けだと思ってさ」
ハロン 「いえ… そんなに、お金ももってないですし」
商人2 「そんな事言わずにさぁ。買っておくれよ」
ハロン 「いえ… 本当に結構ですから」
商人2 「ちぇ。なんだい、なんだい。さっさと行っちまいな!」
ハロン 『(心の声)街はこの1年でずいぶん復興したわ…人々も活気を
取り戻しつつある。でも…なんだろう。前のような穏やかな温か
さは失われている気がする…。あぁ、そうか。誰も、時計を見上
げ立ち止まらないんだ。時を止めた時計なんて誰も見向きもしな
いんだわ…。大時計は…、本当に孤独なんだ……』
夜。ハロン、大時計の下で寝ている。
駅長 「どこに行ったかと思えば大時計の下で…。
もう夜も更けるというのに… お嬢さん」
ハロン 「ん・・・」
駅長 「こんなところに寝ていたら、風邪をひいてしまうだろう」
ハロン 「…駅長…さん…」
駅長 「… 泣いていたのかい?」(頬に残る涙の跡に気づいて)
ハロン 「孤独な夜こそ…、誰かそばにいてほしいものなのよ」
駅長 「彼女のために涙を流す人間に…久し振りに出会った。
本当に、大切に思ってくれていたのだね」
ハロン 「昼間街の様子を見たわ。確かに活気は戻りつつあるけれど…
私の記憶にあるこの街は、この大時計の刻む緩やかな時の流れの下
お互いを思いやり、助け合い、一緒に生きていくものだった」
駅長 「人格すらも変えてしまうものというのが、世の中にはあるのだよ」
ハロン 「おじいさん、時計の修繕はこれ以上進まないの?
もうずっと…、この時計は眠ったままなの…?」
駅長 「計画がないわけではないが、しかし…
私は…彼女を眠らせておいてやる方がいいと思うのだよ。
長い歴史の中で、幾度も戦争に巻き込まれ、
その度に崩壊と修復を繰り返してきた。
どうせ繰り返される歴史なら…
このまま眠らせておいてやった方が…。
それに今目覚めたとしても変わってしまった街があるだけだ」
ハロン 「だけど、それじゃあ苦しいままよ。一生悪夢にうなされ続けるのと
同じ。ずっとひとりの夜に涙を流すだけだわ。時は…苦しみを運び
もするけど、きっと希望も運ぶもの。
私なら… 私は、もう先に進みたいの。
そうよ。どうして3年も前の約束のためにここまで来たのか
自分でも分からずにいたけど…
きっと何かが変る気がして…何かを変えたくて私、来たんだわ」
駅長 「君は…強い女性だな。確かに雰囲気は違えど、瞳が時の貴婦人に
よく似ておる」
ハロン 「?」
駅長 「あるいは君ならば……大時計を動かす事も可能かもしれん」
場面転換。駅長、一人大時計に話しかける。
駅長 「なぁ…貴婦人殿。その瞳は閉じつつも、耳だけは世界に向けている
のだろう?あのお嬢さんは自分を君に重ねておる。
君は…どうかね?
今日は君にひとつ提案があってきたんだ。私と、賭けをしないか?
君の力を貸してほしい」
場面転換。朝。誰もいない駅の待合室で。
駅長 「…と、いうことなんだが… どうかね?お嬢さん」
ハロン 「どうも何も…できるんですか、そんな事…。
大時計の力を借りて、3年前のあの日に行くなんて…」
駅長 「行くと言っても、本来ならば時の流れに逆行する禁止行為だ。
君が過去に姿をとどめていられるのはほんの一瞬。
伝えられる言葉はほんの一言だけかもしれん。
それに加えて大時計は今とても不安定な状態だ。
彼女の悲しみに飲まれれば時の流れに閉じ込められて
一生戻って来れなくなるかもしれん。
無事に戻って来れたとしても、今と何が変るわけでもないかも
しれんしの…。
そんな危険をおかしてでも、君にとってその“約束”とは
守る価値があるものなのかい…?」
ハロン 「…分からない。もし私が死んだら、どこかで生きてるかもしれない
お兄ちゃんには一生会えないし。いたずらに大時計を…
おじいさんの言う“彼女”を傷つけてしまうだけかもしれない。
でも…」
駅長 「でも?」
ハロン 「たった一言でも伝える事ができたなら、一瞬でも会うことができた
なら、きっと…今の私からは変れる。どんな形でも…
今のどうしようもない自分からは進む事ができる…。きっと…」
駅長 「伝える言葉は、決めてあるのかい?」
ハロン 「…! うん。決めてあるわ…ずっと前から」
駅長 「きっと彼女も、君のように真剣に未来を望む者を…
背中を押してくれる者を望んでいるのだろうよ」
ハロン 「ふふふ… おかしい。過去にかけるのに、
“未来を望む者”だなんて」
駅長 「まぁ、確かに、そうだな…ははは」
二人笑う。
駅長 「そういえば、まだお嬢さんの名前を聞いていなかったね。
教えてくれるかい?」
ハロン 「ハロンよ。よろしく、素敵な駅長さん」
場面展開。夜。時計台の前で。
駅長 「いいかい、お嬢さん。切符とは自分の望むところに連れて行って
くれるもの。しかし、どこから来たのか分からなければそこで
おりる事はできない。
行き先と来たところ、両方をしっかりと心に抱いて
大切に行くんだよ」
ハロン 「えぇ、分かったわ。絶対無事に戻ってくる」
駅長 「ん、いい目だ。それじゃあ、始めるとするかの」
駅長、大時計に手を当てる。
駅長 「友よ、目を覚ましたまえ…。君の助けを必要としている者がいる。
名をハロン」
大時計、息を吹き返すような音。風が吹く。
ハロン 「わぁ… おじいさんって、いったい何者!?」
駅長 「なぁに、大時計と同じように少しばかり長い時を生きすぎた…
特別列車の案内人さ」
駅長 「さぁ、ハロン。願いを」
ハロン 「私を、3年前の約束の時間に連れて行って!」
時計、逆回転。鐘が鳴る。電車の音が聞こえはじめる。
ハロン 「おじいさん、ありがとう!」
駅長 「なぁに、お礼なら彼女に。ここから先は一人だ。いいかい
しっかり切符を持って行くんだよ」
ハロン 「うん」
電車の音。戦争を思わせる飛行機、爆撃などの音も聞こえる中を
走るハロン。
ハロン 「私を3年前のあの日へ… あの日へ!!」
ジャック「――― ハロン?」
ラッパの音。
兵を送り出すお祝いをしている。騒がしい駅のホーム。3年前。
ジャック「…気のせいか」
ハロン 「ジャック…!!」
ジャック「…ハロン。来てくれたんだね」
ハロン 「うん… うん。ずっと待たせて、ごめんね…」
ジャック「僕の方こそ…」
ハロン 「ジャック、聞いて。
ずっと兄妹だからとか気にして 言えなかったけど…
私は、あなたが好き」
電車の音、再び時がハロンを連れ戻そうとしている。
ハロン 「いつも想ってくれてありがとう。励ましてくれてありがとう。
もし、もし無事に帰ってくる事ができたなら…
3年後の今日、この時間に大時計の下に会いに来て!私、私…!」
ジャック「ちゃんと待ってろな。絶対、帰ってくるから……」
踏み切りの音。
しばしの間。
穏やかな電車の音。
ハロン、ふっと目を覚ます。
ハロン 「…… 夢…?」
車掌 「旧市街地前、旧市街地前… ドア閉めまーす」
ハロン 「! お、降ります!!!」
ハロン、慌てて電車を降りると、電車閉まり行ってしまう。
駅長 「切符を。…確かに」
駅前広場賑わっている。
ハロン、大時計の下まで歩いていく。
ハロン 「…久しぶり、大時計。やっぱり、いつ見ても立派ね」
大時計動いている。
ハロン 「(にっこりと笑って)よかった。」
後ろから足音が近づいて来て止る。
ジャック「…ハロン」
ハロン 「…!」
ハロンゆっくりと振り返る。
ハロン 「…ジャック…?」
ジャック「ただいま。ハロン」
ハロン、駆けてジャックに抱きつく。
ハロン 「おかえり…おかえりなさい…!」
大時計、鐘の音。
フェードアウト。
おしまい。
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