【モノカキ空想のおと】楽器スプレー【即興SS】
小学校低学年の頃、某国民的アニメ、ネコ型ロボットの
新ひみつ道具アイディア募集の企画があった。
その何でも出てくる不思議なポケットに魅了され、
毎週のようにテレビにかじりついていたわたしは
──これは送らねば。
と、謎の使命感に燃えたのだった。
そこで思いついたのが「楽器スプレー」。
そのスプレーを吹きかければ、どんな物でも素敵な音がなる。
保育園の頃、お弁当箱を叩いていて怒られたことを覚えている。
「誰がやったか分かってるんだからね」
そう言われて、怖くなったわたしは、
自分から先生に名乗り出て怒られたのだった。
そして、運動会の鼓笛練習に遅れて混ざった。
どうしてか、それが悔しかった。
お弁当箱からもっと素敵な音が出たならば、
わたしは怒られなかったんじゃないか。鼓笛隊の太鼓みたいに。
…そう思ったのかもしれない。
だから、「楽器スプレー」はわたしの自信作だったのだ。
結局、テレビで採用されることはなかったけれど、
それ以来わたしの心のポケットには「楽器スプレー」が住み着いた。
今思い返せば、ひねた子どもである。
そんなわたしもいつの間にか大人になって、結婚し、娘が生まれた。
おしめを替える。鼻水をぬぐう。お風呂に入れる。
ミルクの後には抱き上げ背中をさすり…。
この先のどんな困難からも、彼女を守っていきたいと思った。
そう思っていながらも、時に彼女は憎らしい存在にもなった。例えばそう、
お絵かき用の真新しいクレヨンを、彼女はわざと床に落とした。
「やめて」「ちがう」「だめでしょ」
口をついて出る否定の言葉。
「クレヨンさん、痛い痛いよ」
何度言っても、彼女は言うことを聞かない。
――もう、いい加減にしてよ
叫びにも似た声が喉元にまであがってくる。あぁ、もうどうして。
こんなにも小さなことでイライラしてしまう自分にさらにイラつきながら。
クレヨンが床にぶつかって痛そうな音が響く。カン、カラン。
――音。
…あぁ、彼女は。彼女は笑う。
わたしが不快に感じる音を、彼女は違うように聞いて笑ってる。
「楽器スプレー」の出番だった。
心のポケットから取り出し、吹きかけ、怒りのエネルギーを
少し違う形に変える。
その存在に何度救われたことか。
いつの間にか大人になった。
いつの間にか、見てる世界も、聞こえる音も変わってしまった。
けれど心に子どもの欠片を。
某国民的ネコ型ロボットが活躍するあのアニメは、
今でも我が家の笑顔の中心である。
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