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二元論と輪廻

ところで、当方は簡単に量子どうたら
と書き殴っておりますが、量子力学とか
宇宙物理はビギナー本でもややこしくて
混乱してきます。

ニュートンのような図解で簡単に
書いてる本でも混乱や勘違いする
ことが多々あります。

しかも立ち読みの記憶なんで笑。

反粒子と簡単に書いてるけど、バリティ
変換とか対象性の破れとかいちいちどれ
がどうとかかがんばったら発狂する?

そもそも量子は目に見えない世界
だから、法則の大部分は仮定だと
思ういます。

その変動も結構すると思います。

これを解決する方法として、
私なりに考えてみました。

「量子的な世界では法則があったり
なかったりする」

これは私が考えたわけでなく、
量子力学での定説です。

そのせいで相対性理論やニュートン
力学と衝突したわけですよね?

例えば、人体の鼓動や地球の自転や
公転などは、ほぼ一定の動きをしています。

こういう物理現象だったら量子的世界でも
法則性が存在していると思います。

ところが、パラレルワールドみたいな
世界には何か法則があっても、変動したり
あるんだかないんだかも分かりません。

生命や輪廻転生などもその一つ
で、法則があるんだかないんだか
分からないと思います。

または「何らかの状況において
法則が変わったり固定したりする」

ともいえると思います。

なので固定観念で推し量るのは
不可能だと思いますので、雰囲気的
にそうではないか?と理解して
頂きたいと思います。

こういうロジックを雰囲気的
ヒューリスティック
などど呼びます。

雰囲気で書いてるってことですが笑、
適当に書いてるということでも
ありません。

例え間違いでも突破口を開か
なくては前に進まない!

それを踏まえて二元論と輪廻の
話を推測します。

ちょっと前までは一元論か二元論
かで喧騒がありましたが、結局
どっちでもいいということで笑、
そんなに根深い問題ではありません。

二元論には遍歴があって、どれが
どうとか特定出来ませんが、一般的
には実体二元論といわれています?

実体二元論は、プラトン(プラトン
ではないという説がある)やデカルト
が唱えた説で、いわゆる「魂と肉体、
物質と精神は別物である」という
考え方です。

定説では、実体二元論はプラトン哲学
の根本概要であるイデア論に端を発します。

イデアは「人間が認識している実在
(実体?)」
という概要です。

意味が分かりませんが「今知覚して
いる全てはイデア(本当の実体)の
影である」
という考え方です。

プラトンは、牢獄の奴隷(囚人)が自分
の影の方を本物の世界だと思い込んでる
姿を見て、これが妄想とも思わずに
「ひょっとして人間の方が投影では?」
と見抜いたそうです。

つまり「影の元になっている人間
の方も実体ではない」
とプラトン
は考えたのです。

この考えが精神と肉体は別物である
という二元的思想と思われたのです。

そして霊(若しくは魂)と肉体
みたいな心霊的な考えの元になっ
たのです。

霊と肉体は宗教的な考えですよね?


プラトン以外というか、当時は
宗教社会なんで、主流的な考え方です。

プラトンにも宗教的な側面があったと思います。

プラトンの考えは「面(二次元)と
影」
という考え方です。

こういうのが幾何学の走りなんだそうです。

どういうことかというと、人間は
質量と奥行きがある三次元的な
立体構造ですよね?

ところが影は二次元的で、
立体構造にはなりませんよね?

それで「あれ?ひょっとして人間の
方も影と一緒で、本当は二次元的なん
じゃないのか?」
とプラトンは考え
たのです。

その平面であるはずの影に
グラデーションをつけると
立体的に見えますよね?

しかし平面は平面なんで、可視光線
の按配で人間の方も平面なんじゃ
ないのか・・?というのが空間
という考え方の一部です。

空間の定義は他にもありますが
割愛します。


それでプラトンは「面に投影された
影はやがて消えるがイデア(実体)
は不滅的に消えない」
とも思考しま
した。

つまり人間が消えたら影も消えるから
立体的に見えてるだけの人間の方は
実体ではない、
ということ。

ではその実体は何かというのが
問題で、デカルトらが「実体は
魂である」
といった感じの
物心二元論を思考したのです。

それを今日まで我々が霊や魂として
認知してきたというわけです。

現代風に言うと、その実体とは
情報のことです、魂も情報の一部
に入ります。

通常考えたら、情報の方がホログラム
っぽいんですが、相対性理論の空間
概念でいうとやはり肉体の方が
ホログラムになります。

ところが重力や質量という問題が
あって、そのせいで平面にはなりません。

しかし質量は可視光線とは別の
問題なんです。

ゲームで平面の3Dを見れば
立体になりますよね?

質量と可視光線は関係ないということです。

可視光線(スペクトル)は強い力
による作用で、それが放射された
ことによって電磁波や電気など
が発生したのです?

質量は重力以前に出来たと思います、
そうでなけでば重力が出来ない筈です。

ビックバン(以前?)=質量でしょうか?

それかブラックホールとか
そういう感じですかね?

順番からいくと「空間⇒質量⇒重力
⇒電磁気⇒物体」になると思います。

ブレーン宇宙論では空間(膜)と
重力が独立してるんですが、私は
そのシステムをいまだ把握出来
ていません???

この辺はちと難しいんで割愛します
が、実体が何かという問題。

苫米地博士の説だと、それが未来
にあるような感じです。

つまり未来から過去への投影が、
我々の世界ということでしょうか。

未来に何があるかというと、
やはり情報としか考えられません。

我々の実体は、我々という情報です。

そうなるとやはり情報=魂
みたいな結論になっちゃうん
ですが笑。

しかし人間はその一旦にしか
すぎないから、人間や意識を
形成する何かがあるとしか
言い様が無いと思います。

だけど化学変化が実体であることは確かです。

来世や輪廻転生も化学変化
の一端なんですよ。

ここでまた二元論の話に戻ります。

前記したように、実在主義とかいう
思考から精神と肉体の分離を哲学化
したのはデカルトです。

デカルトの二元論を物心二元論
(身心二元論)
といいます。

精神と肉体は別物である、という
考えは呪術や文明創世記から既に
考えられていましたので、プラトン
やデカルトらが最初に発見したわけ
ではありません。

心身二元論の方は、1970年代の
脳科学(神経医学)、及び哲学で
否定されました。

神経科学で脳(肉体)と心(精神)
は一緒である、とした説が一元論です。

しかし一元論は医学や科学というより、
政治や宗教的な問題が観点で、完璧
な否定ではありません。

二元論のデカルトの方も政治色
が強かったから、この二つは
政治哲学的で、私は両方とも
科学的でないと思ってます。

今でも意識や魂の存在は微妙ですが、
生きている時はほぼ一緒です。

意識は脳波やニューロンの活動です。

脳の活動の影が意識です。

ところが、死ねばその情報が喪失
するわけではないから、過去性記憶
や近似死のような不思議な現象が
きるわけです。

しかしその脳波説に加えて、
更に多重的な何かがあるとしか
思えなくなってきています。

従来、神や守護霊と呼ばれていた、
深層意識的な何かをコントロール
している何かがあると思います。

これは電磁兵器とかではありませんし、
産業革命以前から存在します。

何なのかはまだ分かりません、
或いはそれが実体なのかもしれません。

それとは別の仮説があるので書きます。

私は素人なんだが、来世に関して
結構確信的な自分の仮説があるんです。

情報や記憶、脳波にはレプトン系=
電磁気の作用があるんです。

弱い力を加えると電弱力もその一つです。

無線やテレビ電波は、構造やパワーは
(恐らく)違うんですが、脳波とは
質が良く似ているんです。

つまり脳波や記憶、情報も
電磁波の一種なんです。

そしてここが謎でしたが、
生命とは質量のことなんです。

つまり生命=質量=ヒッグスです。

そのヒッグス系生命とレプトン系
記憶情報が相互作用した時に、遺伝子
と人間らしき物体が生まれます。

来世も一緒です、生命遺伝子の素粒子
に前世の情報が入っているのです。

前世の方は、恐らく反粒子の
作用があるはずです。

中間性記憶(つまりあの世)の作用は
まだ分かりませんが、人類共通の
プログラム的作用があるはずです。

あの世のお花畑もプログラムの一種です。

法則的な何かがあるんです。

電気より磁気の方に大きな
作用があるはずです。

前記したように、電磁波系の兵器が
完成する遥か以前から存在しています
ので、社会陰謀的な幻覚ではないです。

ま、私の仮説にしかすぎませんけどね笑。

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