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The Wounded World

※2019年に書いた翻訳のレポートです。


今回は私の愛してやまないイギリスのバンド、As It Isの3rdアルバム
『The Great Depression』の収録曲、『The Wounded World』を起点テクストとして選んだ。

原曲:

既存訳:



◆はじめに:既存訳のスコポスは「歌詞の内容を正確に聴者に示すこと」だと考える。しかし私は、正確に訳しすぎるとかえってわかりづらく、印象に残らない訳になると思ったので、「歌詞の意味の核は捉えつつ、インパクトのある表現を用い、聴者の印象に残る訳にする」ことをスコポスに設定し、翻訳を行おうと思う。また、翻訳のテクストタイプの側面から分析を行うとすれば、既存訳は直訳も多いため、「情報型」に近いだろう。それに対し私は、この歌詞は訴えかけるような「効力型」のテクストに訳した方が歌詞の持つ本来の意味やアーティストの狙いがより反映されるだろうと考えたので、間接的翻訳(内容の補足・説明・追加、省略、要約)を中心に、効力型のテクストで翻訳を行う。


原歌詞

🍁既存訳

🌀自訳


Brothers, sisters, young and old

🍁兄弟、姉妹、老いも若きも

🌀お坊ちゃんにお嬢さん 老いも若きも

 We’re all to blame for the wounded world

🍁僕らは傷ついた社会のためにすべての責任を負うべきだ

🌀僕らは皆目の前の世界に 責任がある

Jet black hearts and abandoned souls

🍁愛に飢えた真っ黒なハートと見捨てられた魂

🌀穢れた心に 見捨てられた魂

Brothers, sisters, young and old

🍁兄弟、姉妹、老いも若きも

🌀お坊ちゃんにお嬢さん 老いも若きも

Jet black hearts and abandoned souls

🍁愛に飢えた真っ黒なハートと見捨てられた魂

🌀穢れた心に 見捨てられた魂

Lock us down in the catacombs

🍁地下の墓地で監禁されて

🌀何も出来ずに 死んでゆく

Singing songs of forgotten hope

🍁忘れ去られた希望を歌いながら

🌀忘れ去られた希望を 謳いながら

(*サビ) So raise your white flags up

🍁君の白旗が上がり

🌀この世界に 白旗を

And let surrender eclipse the sun

🍁太陽の輝きに降伏しても

🌀世界の終焉に 降伏を

Will we never learn?

🍁僕らは決して学ばないだろうね?

🌀どうして僕らは 学ばない?

We’re pointing the finger

🍁僕らは指をさして

🌀僕らの何気ない行動が

That’s pulling the trigger

🍁銃のトリガーを弾いている

🌀再び過ちを引き起こそうとしている

And in case you haven’t heard

🍁君は聞いたことがないのなら

🌀何も知らないとしても

We’re all to blame for the wounded world

🍁僕らは傷ついた社会のためにすべての責任を負うべきだ

🌀僕らは皆 目の前の世界に責任があるんだ

Time ticks down to a tragic end

🍁時間は無残な結末に向かって時を刻む

🌀時間は止められず 結末も選べない

Turn it back ’til we’re great again

🍁僕らが再び偉大な存在になるまで

🌀僕らが再び 気づけるまで

Witch hunts cull the forever young

🍁魔女狩りは永遠の若さを手に入れる

🌀生け贄は己の命を 潤わせる


We’re the hell that we’re running from

🍁責任から逃げるのは地獄だ

🌀向き合わないのは まるで地獄だ

(*)

Alright, listen

🍁さあ、聞いて

🌀いいかい、よく聞くんだ

I know this isn’t something you’re going to like to hear

🍁君が聞きたいことじゃないってのを、僕は知ってるけど…

🌀受け入れたくないのは 僕も理解してる

Which is exactly why you need to hear this

🍁そのとおり、なぜ君は聞かなきゃいけないのかは

🌀聞いて何になるんだって 思うんだろ

Because we have failed our ancestors, ourselves

🍁僕らも、僕らの祖先も失敗したんだ

🌀過去の人間達は 過ちを犯したからさ

And the future inhabitants of the wounded world

🍁そして、傷ついた社会にいる未来の人々も

🌀そして僕らも傷付いた世界の住人になってしまうんだ

You can’t pull back the trigger and then point the same finger

🍁君はトリガーを弾き戻すことも、同じ指でさすこともできない

🌀気づいたときにはもう遅い もう何も変えられない

You can’t pull back the trigger and then point the same finger

🍁君はトリガーを弾き戻すことも、同じ指でさすこともできない

🌀気づいたときにはもう遅い もう何も変えられないんだ

(*)



分析

◆翻訳スコポスは初めに示した通り、「歌詞の意味の核は捉えつつ、インパクトのある表現を用い、聴者の印象に残る訳にする」ことで、「歌えるように自然に訳す」よりも「アーティストの伝えたいであろう内容を印象的に訳す」ことを重視した。
また、歌詞に込められたメッセージが重く、深いことから、「語呂良くリズムに乗るよう訳す」よりも「あえてリズムには乗せず、アーティストのメッセージを忠実に、語りかけ口調に訳す」方が適切であると判断した。というのも、ポップでキャッチーな印象の2ndアルバムと比較すると、3rdアルバムは暗く重い印象があるからだ。実際、作詞を行ったヴォーカリストのPatty Waltersはインタビュー中、アルバム全体のテーマはMental illness、Depression、Social issueについてだと述べている(https://www.youtube.com/watch?v=ZaPNGUqIl5w /0:45-1:12)。そのような要素を含んだ歌詞は、聴者の心を揺さぶり、実際に聴者自身に考えるきっかけを与えてこそ効力を持つと言えるだろう。そう考えた故に、私は警告を促しているような、語りかけるような訳を制作した。


◆また、上記の翻訳のスコポスを達成するため、私は間接的翻訳という方略を使用した。なぜ間接的翻訳を選んだかというと、歌詞全体が暗喩的に構成されており、それに加えて歌詞内ではcatacombsやwitch hunts、eclipse the sunなど、意味を知るだけではメッセージを読み取れない単語が多く用いられていたからだ。今回定めたスコポスを達成するためには、訴えかけられた歌詞の内容を聴者がある程度理解でき、なおかつ印象に残るような訳にしなければならない。そこで私は歴史的背景や実際の事例を調べ、それが何を表現・代用している言葉なのかを推測し、説明や要約などを加えるという間接的翻訳を行った。

 

◆この訳文を伝えたい対象は「このバンドのファンの日本人」で、特にライブ時に多く見られた20代~30代の男女に焦点を当てた。対象が“日本人”だが、動的等価という方略は取らなかった。その理由は、歌詞内の単語が、“世界で起きた歴史”を指すものだったからだ(例えば、日本にはカタコンベはなかったし、魔女狩りも行われていなかった)。動的等価が用いられる目的の1つとして、“わかりやすくする”というのがあると思うが、日本とは異なる歴史を日本人にも伝わるようなものに代用して訳すと、ことの重大さの違いやニュアンスの差が生じ、曲の世界観を壊してしまうと考えたからだ。よって今回の訳はどちらかというと聴者を作者側に引き寄せた、「起点寄り」といえる。

 

◆テクストタイプに関してだが、原文は頻繁に入る「We’re all to blame for the wounded world」合唱部分や「Alright, listen~same finger」の語り部分から特にうかがえるように、何かのメッセージを強く訴えている、「効力型」であると判断した。よって、原文と訳文のテクストタイプは同じである。

 

翻訳の解説(解説が必要な箇所だけまとめる)

起点:Lock us down in the catacombs

目標:何も出来ずに死んでゆく (間接的翻訳:要約)

the catacombsは日本語に直訳すると「カタコンベ」である。カタコンベとは、“初期キリスト教時代の地下共同墓室”のことであり、ローマ帝制下において、未公認のキリスト教徒およびユダヤ教徒が迫害の避難場所、礼拝勤行の場所、遺体の安置所とした場所である(引用:学芸百科事典4, 197p)。これらの記述から、カタコンベは今でいう“政府”から隠れて自分の信じる宗教を信仰する場所だったといえる。また、迫害を恐れ、“反抗などはできず、無念のまま死んでいく“という例えを具現化した暗喩表現なのではないかと考え、「カタコンベに閉じ込められる」→「何も出来ず無抵抗のままに死ぬ」という訳にした。

 

起点:Singing songs of forgotten hope

目標:忘れ去られた希望を謳いながら(漢字の選択)

“謳う”という漢字の意味を調べたところ、“ほめたたえる”という意味があった。この曲全体の歌詞から判断して、“今はない希望を無い物ねだりで褒めそやしている”というニュアンスが適しているだろうと感じたので、既存訳は“歌いながら”となっているが、私は文字面でも意味の区別がはっきりと伝わるように、“謳いながら”とした。

起点:And let surrender eclipse the sun

目標:世界の終焉に降伏を(間接的翻訳:要約)

Eclipse the sunは日本語に直訳すると「日食」である。まず、基礎知識として日食とは、“太陽が月によって覆われ、太陽が欠けて見えたり、あるいは全く見えなくなる現象である“(引用:Wikipedia)。しかしこの情報だけでは日食とsurrender(降伏する)の繋がりが結びつけづらく、不自然な訳になってしまう。そこで、日食はどのような事柄の象徴なのか、しらべてみた。すると旧約聖書のヨシュア記10章13節中の文中に記述されていた「太陽が止まった」という出来事が、「日食」なのではないか、と仮説が立っていることがわかった。また、この箇所はヘブライ語の原文だと「太陽と月が通常行っていることをやめた」という意味にも取れる。(引用:https://www.christiantoday.co.jp/articles/24700/20171101/joshua-sun-stand-still-solar-eclipse-cambridge-university.htm)以上のことから推測し、「私たちの生活に不可欠な太陽が機能していない」=「世界の終わる時」を表しているのではないかと考えた。


起点:We’re pointing the finger

目標:僕らの何気ない行動が(間接的翻訳:言い換え)

Pointing the fingerは「指を指している」という意味になる。しかしそう訳すと意味が抽象的で伝わりづらいので、人はどんなときに指を指すのか、ということから考えてみた。人が指を指すとき、それはすなわち“気になったものを見つけたり、何かを他人に訴えたかったりする時”(その何かは時に異端者であったり社会に対する不満だったり)である。それは大抵、やっている本人にとっては無自覚で、悪気のない何気ない行為であろう。このことに関連させ、“私たちの何気ない興味が悪い方向にも作用しうる”というニュアンスを取り入れた。


起点:Turn it back ’til we’re great again

目標:僕らが再び気づけるまで(間接的翻訳:要約)

既存訳では「僕らが再び偉大な存在になるまで」と訳されているが、“great“を単に“偉大“と訳してしまうと、意味が通じにくいので、「偉大」とは実際どのような状態のことを言うのか、を考察し、取り入れた。上記にも示したように、この曲にはcatacombs、witch hunts、また聖書と繋がりがある可能性が存在する。これらの情報より、「中世」に焦点が当てられているのではないかと推測した。さらに、中世、「偉大」とされる人物は、発明家であったり思想家であったり哲学者であったり作家であったり、何かに”気づくことができ、社会を変えることの出来た人物“であるはずだ。よって、Greatはそれらのニュアンスを含み、現代の私たちをそれらに比喩して表しているのではないか。そう考えたので、こういった訳にした。


起点:Witch hunts cull the forever young

目標:生け贄は己の命を潤わせる(間接的翻訳:要約)

Witch huntsとは、“魔術を使ったと疑われる者に制裁を加えること”で、主な原因は無知による社会不安から発生した集団ヒステリー現象であったと考えられている(引用:Wikipedia)。私は、これに関して、今も昔も人間には共通する特性があると思うのだ。それは、“いけないと思うのにも関わらず、自分が被害に遭うのを恐れ、加害者側に回ってしまう”特性である。例えば魔女狩りで言えば他人の命が犠牲になり、自分の命は助かる。我々人間が犠牲者の命が終わる様を傍観している際に無意識ながらに感じてしまう感情は“自分じゃなくて良かった”だと思うのだ。つまり、何かの犠牲を出すことで、自分の生を明確に実感できる、ということだ。このニュアンスを翻訳に取り入れた。

 

◆最後に、総合的に自分の翻訳の目標の達成度を述べたいと思う。私の定めた翻訳の目標は、「歌詞の意味の核は捉えつつ、インパクトのある表現を用い、聴者の印象に残る訳にする」だった。実際、意味の核は捉えられており、聴者にインパクトを与える翻訳ができたと思う。また、間接的翻訳という方略を用い、イメージしにくい単語を、意味を押さえて拡大させ、説明・要約を行い、伝わりやすい訳に出来たと思う。課題があるとすれば、直訳を避けようとするあまり、少し抽象的な、ニュアンスの変わるような訳をしてしまったところもある点だ(例えば、We’re the hell that we’re running from=向き合わないのはまるで地獄だ、 And the future inhabitants of the wounded world­=そして僕らも傷付いた世界の住人になってしまうんだ)。今後はニュアンスを極力変えないよう、豊かな語彙の取得が必要だと感じた。

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