「それ」にキャプションをつけるとしたら?
前回の記事「モノをことばで表すということ」が、想像よりたくさんの方に読んでいただいてうれしいです。せっかくなので第二弾として、今回は例としてイスのキャプションの書き方を考えてみたいと思います。
キャプションは、大まかにいうと展示などで作品に添えてある短いテキストです。もちろん、場合によって役割は変わります。現代アートか、技術展示か、商品か、デザインか…でも書き方は全然違います。
そのなかで今回は、デザイン分野の作品を例に考えてみたいと思います。といいますのも、わたしは芸術分野の学芸員などではないですし、専門的に美術史を学んだわけでもないので、現代アート等におけるテキストの書き方は全くわからないのです(学びたいです)。
ただ、デザインについてのキャプションはそれなりに書いてきましたので、その経験をもとに、簡単に解説したいと思います。毎度書きますが、もちろんこれが正解!というわけではありません。書き方のひとつの参考にしてください。
さて、最初に個人的な結論を述べますが、キャプションの主な役割は「作品を見る人のための補助線」だと考えています。そのため、あまりに情緒的だったり、遠回しだったりする表現は必要とされていません。
特に学生さんの展覧会に行くと、思い余ってポエティックすぎるキャプションも多いのですが、見た人を「それで、これはいったいなんなの…?」という気持ちにしてしまうので、もったいないです。詩は詩としてnoteなどで発表しましょう。
それでは本題。今回は、例として架空のイスのキャプションを考えてみます。読むのも書くのも大変なので、250文字以内をしばりにします。
★あるイスの特徴★
・生分解性プラスチック製なので、土に還る
・外観は一般的なプラスチックイス
このイスを説明してみましょう。
1.それはなにか?
意外と抜けやすいのが「それは結局いったい何か?」の説明です。ひと目で分かるものならばよいのですが、そうでないものの場合「あ、これイスだったんだ…!」など、じっくりキャプションを読んで初めてわかる、というものも少なくありません。
そこで、最初にこれがイスであることと、簡単な特徴を入れてあげるのが、最もわかりやすい書き方です。出落ちにならないことは重要ですが、個人的に大事な情報は初めに書くのが好きです。
「これは、土に還るイスです。」
まず、これでいきましょう。
2.それはなぜ生まれた?
次に与えてあげたい情報は「なぜそれはつくられたのか?」ではないかと思います。いわゆる、制作背景とコンセプトです。とても大事な部分です。社会問題や個人的な興味がきっかけとなることが多いかもしれませんが、事実としての背景と、それを踏まえてのコンセプトを分けることが大事です。
まず、制作背景です。例えば今回の場合は、
「毎年ミラノサローネでは、大量の新作家具が発表されます。」
これはあくまで事実です。ポジティブでもネガティブでもありません。今回は曖昧にしましたが、例えば「毎年○○万人がこのイベントに集まります」など、数字等で強調することも有効でしょう。
さて、次にこの事実をどう捉えるか?が一つのコンセプトやステートメントになります。今回はこうしてみましょう。
「しかし、モノがあふれる現代においては、もしかしたら、ゴミを増やす行為と変わらないのかもしれません。では、人々は作ることをやめればよいのでしょうか。それは、文化の発展を止めることと同じです。」
これが、今回の問題意識です。では、どうすればよいか?
「いま必要なのは、自然と共存しながら、モノを作るアイデアなのです。」
これが、ざっくりとした一つの答えです。そこから考えた具体的な方法が以下です。
「そこで、自然界の微生物によって、将来的には水と二酸化炭素に分解されるイスを開発しました。」
これが土に還るイスを作った理由と背景になります。
3.どう使う?
もしこれが商品や、商品化を前提としたプロトタイプの場合は、使用シーンを伝えることも重要です。今回は(面白くないですが)
「耐候性が高いため、屋外での使用も可能です。」
などと説明ができます。
4.その他の情報
もしその作品によって重要な要素が他にもあれば、それもしっかり伝えましょう。例えば、
・誰が使うものなのか?(ターゲットは?)
・いつ使うものなのか?(使用時期や時間は?)
・どう作られたのか?(技術的な新しさはある?)
・スペックは?(耐荷重は?耐用年数は?)
・どの時代を想定しているのか?(今?1年後?10年後?)
などを与えてあげると、わかりやすくなるテキストもあるでしょう。
5.テキストの組み立て
これらの情報を足して、一つのキャプションができていきます。
「これは、土に還るイスです。毎年ミラノサローネでは、大量の新作家具が発表されます。しかし、モノがあふれる現代においては、もしかしたら、ゴミを増やす行為と変わらないのかもしれません。では、人々は作ることをやめればよいのでしょうか。それは、文化の発展を止めることと同じです。いま必要なのは、自然と共存しながら、モノを作るアイデアではないでしょうか。そこで、自然界の微生物によって、将来的には水と二酸化炭素に分解されるイスを開発しました。耐候性が高いため、屋外での使用も可能です。」
一応、まとまりのあるテキストができました。しかし、どこか物足りない感じがありません…?
0.イントロとコーダ
ここまでは、モノを伝えるための書き方を順を追って考えてきましたが、せっかく書いても読んでもらえなければ意味がありません。そこで、人をテキストに引き込むフック、そしてスッキリした読後感を作りたいと思います。
いろいろな書き方がありますが、おそらく最も一般的なのは、頷いてもらう一言です。これまで書いてきたことをひっくり返す部分もありますが、例えば、こういうのはどうでしょうか。
「人がモノを作ることと、ゴミを増やすことに、違いはあるのでしょうか。」
最初に加えてあげることで、人に気づきを与えられるかもしれません。
同じように、最後には、まとめを加えます。
「地球に生きる私たちが、作り続けるための一つの提案です。」
合体すると、こんな感じになります。順番も少し入れ替えて、追加した文に合わせて言い回しを整え、細かい情報は省きます。
「人がモノを作ることと、ゴミを増やすことに、違いはあるのでしょうか。
毎年ミラノサローネでは、大量の新作家具が発表されます。しかし、モノがあふれる現代において、この祭典はもしかしたら、ゴミを増やす行為と変わらないのかもしれません。では、人々は作ることをやめればよいのでしょうか。それは、文化の発展を止めることと同じです。いま必要なのは、自然と共存しながら、モノを作るアイデアではないでしょうか。 **
これは、土に還るイスです。自然界の微生物によって、将来的には水と二酸化炭素に分解されます。地球に生きる私たちが、作り続けるための一つの提案です。」
こんなキャプションができました。架空の存在に対して書いたものなので、粗い部分もありますが
・それがなにか?
・なぜ必要なのか?
・どういう仕組みか?
は伝えられたと思います。
(最初に何かを書いてないじゃん!というツッコミもあると思いますが、イスであることは一目瞭然という前提で、主題をゴミ問題にすることで、自ずと浮かび上がるヒントがあるので、あえて順序を後ろにしました。この辺は感覚的な要素も強いかもしれませんね…)
最初に書いた通り、文章の書き方に正解はありません。でも、構造として文章を考えると、伝えるための要素は詰めやすくなります。作品等を展示する機会のある方の参考に、少しでもなれば幸いです!
がんばって生きます。