クラフトとは何か?

7月4日(日)西那須野日曜朝市第二回を終えて

ちょいと考えていた事があったので、その一つをnoteにしてみる。


あまり難しい事は各々調べてみてほしいのだが、横文字ではcraft とか kraft、他にも表記はあるのだが、いずれの表記にしても、作り込みに関した内容が目に映るものだ。
工芸品やら民芸品やら手芸品、クラフトフーヅなる企業関連のワードもあり、最近巷で発信されている、クラフトにはビールやらコーヒーやら、数えれば意外に耳にするものだ。

大企業の大量生産にもそれは当てはまるのか?イメージの問題からすれば、製造に携わる工夫さんやらが、その昔の女工さんのように、手作業で何かを作っているイメージはないだろう。

柳宗悦は、明日の飯にたどり着くために、発注主の使う姿、特に使い勝手や長年使える丈夫さを考えながら、茶碗やら湯飲みなど、それらを想いながら作った手製の器が、美術品のような工芸品のような言い方をしているが、これは時代背景も加味された思想だと感じるが、それらを考察してみると、今の時代にそれらの想いをもって取り組めたら、わかる人にはわかると言う言い方が、多く当てはまるだろうとは想像に難くない。

さて、持続可能と言うキーワードとクラフト、自らの生業を持つ地域や町中の人々の存在は、尊さの度合いでみれば今現在はどうなのだろう?

コモディティにしてもライフスタイルにしても、消費者の中の私と言う位置付けでは、小さいものかもしれないが、他社がライフスタイル的コモディティと感じるのであれば、私は違った目線で見ている。
そこは想像に任せるとして、大手が考える形とは、ユーザーを引っ張って行く方向として、クリエイター的発想のもとプロダクトは作られて行く。
ユーザー意識を取り入れていく事も大事だが、目新しい事、アイデアは常に出し続けなければいけない。

実は個人商店主様も同様の事は言えるだろう。
しかし、大手の企業様と違うのは、全国展開が必至だと考えなければ、自らが経験した事や想いを、誰かお偉いさんに決裁してもらわなくても、ものづくりを試せる事だ。

朝市の話に戻すが、上記で挙げた事を、今と言う時代の実情や考えに置き換えても、作り出すと言う事が周りの人々が、非常に興味深く見守っていた商品を一つ紹介すれば、店主様が自ら食べて、忘れられない味を再現してみたと言う一杯の牛丼だ。
試作段階で私も試食させていただいたのだが、その昔、海外産の牛肉があまり出回ってなかった頃の、とある牛丼チェーン店の味に近い味だった事に、驚きを隠せなかった。
今回の朝市で、それを出店していただいたのだが見事完売した。
しかし、喜んでもいられない。
今回味を知ってくれた消費者の皆様が、次買いに来てくれるかが一つ課題になるのだ。
2回目が肝心なのだ。
作ってもいない自分が、こんな生意気な事を言えば叱られそうだが、物販とはそんな世界である。

では私にはどんな事が出来るのか?
中身は色々だが、どれだけ応援出来るか?またどれだけ携われるか?そこに次へ続く答えが待っている。

今回の出店者様→いなかめし和郷さん
栃木県大田原市中野内737

是非

次回は朝市に参加してくれた

私が好きになったコーヒー店のコーヒー話を入れる予定

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