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【#創作大賞2024 漫画原作部門】『国際怪獣島学園巨大生物部』第3話「結成!巨大生物部」

「とにかくまず、原因が何なのかを知らないと!」
「おれもそう思う」
 熱帯雨林の只中、荒涼とそびえる火山を背に奇声を発し対峙する巨鳥ブラックエリヤとマザーエリヤの親子を前に、マリヤとタイガは当座の目標を確認し合う。

「力づくで止めたとしても、きっとまたすぐ同じことになる……!」
「念のため聞くけど、あの親子って今までにケンカしたことは!?」
「ないぜっ!」
 タイガは力強くそう断言。なお、ふたりは先程からナチュラルに大きな声を出し合っていた。緊迫しているのもあるが、絶賛ケンカ中のエリヤ親子が馬鹿でかい声の張り合いを繰り広げるため、自然と声が大きくなるのだ。さもないと意思疎通すら危ぶまれる。

「むしろ、滅茶苦茶仲良いんだよ、ブラックエリヤとマザーエリヤは。だから逆に、何でこんな凄いケンカになってるのか原因が分かんないんだ!」
「じゃれ合ってるだけって可能性は無いの!?」
「じゃれ合いであんな凶暴な声出さないよ!」
「そっかごめん、聞いただけ!」

 マリヤの気のせいでなければ、タイガの声にはいささか不安が籠っているようだった。タイガが父と呼ぶのはメシアザウルスだけだが、共に過ごしてきた怪獣たちもまた、彼にとっては家族のようなものかもしれないのだ。

「あっ、見て山の方へ行くよ」
「父ちゃん、頼んだ!」
 ふたりの足元でメシアザウルスが咆哮、ふたりを背に乗せたまま火山方面に飛び立った二体の巨鳥を追ってジャングルの大進撃を開始する。四〇メートルを超す純白の幻獣が、緑の大地を悠然と突き進むのはいつでも圧巻の光景だ。

 彼らが辿り着いたのは、火山の東側斜面に位置する小砂漠と呼ばれるエリアであった。幾度の噴火で植物が焼け、長年の風化作用で火山岩が砂利と化すと、一面真っ黒な砂漠状大地が生じるのだ。
「マリヤ、いったん降りるぜっ」
「えっ!? 待って待ってちょっ……ひゃーっ!?」

 タイガは何を考えたのか、マリヤをあっという間に抱きかかえると返事も待たず、メシアザウルスの背から黒い大地目掛けて飛び降りた!
 メシアザウルスが多少屈んでいたお陰で落差は一〇メートルから二〇メートル。タイガは慣れたように軽い動作で着地したが、それにしてもマリヤは生きた心地がしない。

「ちょっとタイガくん!? 次からは前もって一言言って貰える!?」
「わ、悪いっ。けどおれ、今日ずっと父ちゃんの目線でしかケンカを見てなくて、マリヤと一緒に人間目線で見れば何か分かるかもって」
「それはそうかもだけど……」
「――マリヤ、危ない!」

 タイガが再びマリヤを抱いて跳躍した直後、ふたりのいたところを真っ赤な火炎放射が通過していく。母か子か、エリヤ親子の一方が口から灼熱火炎を吐いたのだ。
 ブラックエリヤとマザーエリヤ、たちまち二大巨鳥の間で火炎放射合戦が始まる。物騒極まる親子ゲンカの余波を受け、マリヤを抱いたタイガは絶えず右に左に跳び回る。

「熱っっっつ!? おいさっきから危ないだろ! マリヤ、大丈夫か? おまえケガとかしてな……マリヤ?」
「……う、うん」
「どうしたマリヤ、何か顔赤いぜ。やっぱ熱いのか?」
「ごめん何でもないの!」

 マリヤは先程からお姫様抱っこで連れ回され、タイガの日焼けした、それも裸の胸元に密着する形が続いている。タイガの胸板が思いのほか厚く、飛び交う火炎の熱量もあってマリヤの心臓はドキドキしっぱなしだった。

 だが今はそんな場合ではない。マリヤは自分を戒めるため、己の頬をパァンと手の平で張ってみせた。
「おいマリヤ、大丈夫か!?」
「大丈夫大丈夫、気にしないでいいから!」
「いや気になるだろ!?」
 グオォォォォォォ!
 着地先でふたりがコントを繰り広げていると、今度はメシアザウルスが雄たけびを上げブラックエリヤたちに向けて一直線に進撃を開始していた。

「メッシー!?」
「やばい、父ちゃんがキレた!」
 タイガたちが巻き込まれたからか、流れ弾のためか、とにかくメシアザウルスは業を煮やして親子ゲンカに乱入すると、体当たりで彼らをまとめて吹っ飛ばしてしまった。だが相手もやられっ放しで終わらず、巨鳥の片割れが吐いた炎がもう片方共々メシアザウルスを直撃したから彼は増々怒り出す始末で、怪獣大乱闘はどんどんカオスで収集がつかなくなっていた。

「ああもう、マザーエリヤ!」
 タイガはとうとう堪えかねたように叫んだ。
「おまえ母ちゃんだろ、なんでそんなに一方的にブラックエリヤのこといじめるんだよ! 仲良くしろよっ!」
「タイガくん、ちょっと待って!?」
 マリヤはその瞬間、とんでもないヒントを見つけた気がした。

「もしかしてこのケンカ、ずっとお母さんの方から子どもを攻撃してるの?」
「そうだぜ、見れば分かるだろ!?」
「ごめん、タイガくんしか分からないと思う!」
 人間のスケール感でいえば、旅客機サイズの巨大カラスが取っ組み合いやら火炎放射を目の前でしていて、どちらが親か子かなんて見分けがつくものではない。だがタイガには見分けられるのだ。それが決め手だった。

「多分これ、ケンカじゃなくて子別れだよ!」
「こわ……?」
「成長してきた子どもが自分の力で生きていけるように、縄張りから全力で追い出すの! 自然界の生き物に備わってる本能みたいなもの!」
「……じゃあこれ、ブラックエリヤのためにやってるのか!?」
「そうだと思うよっ!」

 タイガはまだ少し信じられないという顔だったが、やがて意を決したように怪獣たちに向かって歩みを進め出す。マリヤが思わず制止しかけた時、急に何処からともなく強烈な懐かしさを覚える、心穏やかで優しい気持ちを呼び起こす不思議なメロディーが聴こえ、辺り一帯を包み込んだ。

 マリヤだけではない。ブラックエリヤもマザーエリヤも、それどころかメシアザウルスまでが怒りと興奮を鎮めて大人しくなっており、その中心の人物こそタイガだった。彼はあの首から提げた半透明のオカリナを吹き鳴らし、美しい音色で一瞬で争いを終わらせてしまったのだ。

「…………タイガくん、そのオカリナって」
「人間の父ちゃんの形見だ」
 タイガは演奏を終え、手にしたその楽器に目を落としてポツリと言った。メロディーを奏でたことでタイガ自身の気持ちの高ぶりも鎮まったようにマリヤは思えた。

「この島の遺跡で見つかったらしくて、今ではおれが預かってるんだ。こないだマリヤと話してたら久しぶりに懐かしくなっちゃってさ、役に立ってくれてよかったぜ」
「……見て、タイガくん」

 ブラックエリヤとマザーエリヤは、戦いを止めてもしばらく見つめ合い、小さく鳴き声を発し合っていた。それまでとは打って変わって静寂の中のやり取りだ。
 やがて子どもの方は母親に背を向けると山の斜面の小砂漠を離陸し、それは切なそうに夕陽に向かって飛び去って行く。我が子のそんな孤独な背中をマザーエリヤはいつまでも名残惜しそうに見守っていた。
「……マリヤ、今日は来てくれてありがとうなっ」
 事件が収束したことで、タイガは改めてマリヤに礼を言った。

「おれ、この島の正義と平和を守りたいってそう思ってる。だけど今日みたいに、おれと父ちゃんだけじゃ正直、どうしていいか分からない時もあるんだ」
 息子の背後でメシアザウルスはすることがなく、尻尾を振って黄昏れていた。呼んだか、という顔を一瞬するもすぐまた興味を失くしてそっぽを向く。彼は自由だった。

「だからマリヤが来てくれて、本当に助かったぜっ」
「タイガくん…………」
 夕陽に染まったタイガが少しだけはにかんでみせる。
 その時、マリヤの中にタイガについて天啓めいたものが降ってきた気がした。マリヤは瞬時にはそれを言語化できず、慎重に言葉を選びながら、ひとまず彼にこう告げた。

「ねえタイガくん……何日かしたら、もう一度学校に来て貰える?」

 * * *

 数日が経ち、再び怪獣島学園の正門前。
 タイガと待ち合わせていたマリヤは、ごめんごめんと慌て顔をしながら、青空のもとで所在無さげにしている待ち合わせ相手の傍へと駆け寄る。

「正式な書類を持ってくるのに手間取っちゃって!」
「何の話だよ、マリヤ。その手に持ってるの何だ?」
「じゃーん!」
 目を丸くするタイガの前に提示されたのは、怪獣島学園の部活動結成申請書だ。
 記された名前はずばり――『巨大生物部』。

「簡単に言うとね、学校にタイガくん専用の居場所を作ったの」
「おれの、居場所」
「あのねタイガくん、学校は勉強するところだけど、それだけじゃない。友達とか仲間を作って、同じ目標に向かって頑張ったりする場所なの。タイガくんにはこの先、そういう人たちが絶対必要。巨大生物部はつまり、そのための場所だよっ」

 カミシロタイガは単に学園に馴染めなかった訳ではない。
 人間と怪獣、ふたつの父から愛と加護を授かった彼は、自らがすべきと思うことに取り組んだ結果、学園に来る余裕がなかったのだ。だがそこには限界もある。
 タイガの信念は決して万能なものではない。彼には友達が、仲間が必要なのだ。

「――私に、タイガくんがすることを手伝わせてほしいの!」
「……おれ、」
「ダメかな?」
「……おれ今、すっげーワクワクしてる!」
 タイガの表情がパァッと分かり易く華やいで、マリヤもまた救われた気持ちになった。

「マリヤ、本当に本当に本当にありがとうなっ!」
「いいよっ。私、委員長だもんっ!」
「よーし!」
 周囲を行き交う生徒は、相変わらず奇異なものを見る目つきだがふたりには関係ない。
 タイガはマリヤと共に天高く拳を突き上げ、青空の下で宣誓する。

「人も怪獣も、おれたちが救うぜ!」
「おぉーっ!」
 国際怪獣島学園巨大生物部は、かくして結成された。
 時に、怪獣暦七一年九月下旬。少年たちの青春は、今日も怪獣を中心に廻っている――。

#創作大賞2024  #漫画原作部門 #少年マンガ #怪獣 #SF

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