【#創作大賞2024 漫画原作部門】『国際怪獣島学園巨大生物部』第2話「勃発!怪獣大乱闘」
時に、怪獣暦七一年九月下旬。
白磁の輝きをまとう国際怪獣島学園本校舎。その二階教室の窓際で、オオトモマリヤは物憂げに空など見上げつつため息をついた。
「……タイガくん、今日もまた学校休むつもりかな」
マリヤは重ねてため息をつく。その日だけで何度、幸福が逃げていったか分からない。
「折角、一緒に学校通えると思ったのに」
初登校の日から既に一週間と少し。カミシロタイガはいつしか再び学校に来なくなってしまっていた。驚きだったのは、タイガの名目上在籍していたのがマリヤと同じクラスで席も隣同士、更には年齢すら同じ十五歳だったことである。正直、彼は年下でもおかしくないとマリヤは思っていたぐらいだ。
怪獣島学園は創立したての関係上、その生徒は全員が第一期生である。一方で各国学園制度の差異等を考慮した結果、各クラスは主に十代半ばを中心としながら、その実質的な年齢構成にはある程度の幅が設けられている。異質な人間を受け入れる土壌はあったハズなのだ。
そうした状況を踏まえてなお、カミシロタイガは学園に馴染めなかったのだろうか……と、マリヤはやきもきする想いだった。
ところが、そんなある日の放課後のこと。
「地震……?」
ホームルームも終わり寮に帰る準備をしていたマリヤの耳に突如、ズズンズズンと何処からか覚えのある周期振動めいたものが聞こえ、同時に学校のあちこちで悲鳴やどよめきのようなものが上がり出した。
間違いない、とマリヤは取る物も取り敢えず教室を飛び出すと、急ぎ学園の屋上へ駆け上がる。そこに現れたのは、想像した通りの懐かしのコンビ。
「……タイガくん! メッシー!」
「へへへ、マリヤ久しぶりだな! 元気にしてたかっ!?」
メシアザウルスの背に乗ったタイガが、以前と変わらぬ笑顔で学園にその姿を現わしていた。怪獣暦が続くことおよそ七〇年、巨大怪獣で学校に乗りつけた人間など前代未聞である。しかもそんなやつと普通にニコニコ会話している女がいるものだから、屋上にいた他の生徒の大半はギョッとした顔をしている。
「メッシーも久しぶりだね……この前はありがとう! 相変わらず仲良さそうだねっ」
「め、メッシー? マリヤ、何だよそれ?」
「メシアザウルスだから、略してメッシーだよっ」
困惑顔をするタイガに、マリヤはドヤ顔で解説してみせる。
「未確認動物っぽくて、カワイイでしょっ♪」
「父ちゃん、どう思う?」
俺に聞くな、と言わんばかりにグオ~という軽い咆哮。
「……ま、父ちゃんがいいならいっか!」
「それよりどうしたの? ずっと学校来なかったのに、急にこんな派手な登場して!」
「いけね、忘れてた。マリヤ、理由は後で話すから一緒に来て力を貸してくれ。おれたちだけじゃどうにもならないんだ!」
「……オッケー、任せて!」
マリヤは二つ返事で頼みを引き受けると、僅かに屈んでくれたメシアザウルスの背中に、タイガの助けを借りて屋上から乗り込む。不思議なぐらい不安は感じなかった。
学校中の人間が唖然となる中、マリヤはタイガと共に再び、学園の北西部に広がる島の怪獣保護区へ向けて出発した。
「……ねえタイガくん、学校にはもう来ないつもり?」
マリヤは保護区への道中でさりげなく訊ねた。
「いつでも自由に来ていいのに、何だか勿体ないよ」
「おれは正義と平和を守る大怪獣、だからなっ」
タイガはからからと笑うように言った。後ろ暗さみたいなものは微塵も匂わない。
「やることが多くてさ、毎日忙しいんだ!」
「それ、あんまり答えになってないよ」
「そういうマリヤこそ、学校なんか行って本当に楽しいのか? おれにはやっぱり、話が難しくて何が何だかちんぷんかんぷんだったぜっ」
「いいよ、タイガくんさえ良ければ基本から教えてあげる」
マリヤは例によって得意げな顔。
「私、委員長だもんっ」
怪獣島学園の対外的基本方針は、怪獣との共生可能社会構築および模索である。ゆえに学園のカリキュラムでは基本教科に加えて、怪獣基礎学と呼ばれる総合学習過程に多くの時間が割り当てられる。基礎学を構成するのは、主に次の五つである。
純粋な生物としての側面を研究する怪獣生物学。
生体機構の解析と技術転用を研究する怪獣応用生物学。
純粋な歴史研究としての怪獣史学。
環境破壊由来の災害として減災や防災を研究する怪獣防災学。
そして怪獣の定義そのものを論じ合う形而上怪獣学こと、いわゆる怪獣哲学。
なおこれらは一年次のカリキュラムであり、二年次以降はより各自の専門性に特化した自由な教科選択が可能となっていく見込みだった。
「保護区の設置もそうだけど、怪獣との共存融和路線には反対派の主張も根強いの」
マリヤはいつしか真剣な口調でそう論じていた。
「学園にも実現の怪しかった時期が沢山あって、解決策として学園は制度上、研究や後方支援も含めた防衛軍の人材育成拠点扱いらしいの。危ない綱渡りだけど、お母さんの話だと防衛工学の授業を二年以降の選択式にするだけでも、苦労したとかで……」
「……やっぱりよく分かんねーや!」
タイガにいつぞやの如く一言でまとめられてしまい、マリヤは危うくメシアザウルスの背から落ちそうになる。
「悪いなマリヤ、おれちょっとだけ眠るから、話が終わったら起こしてくれよな。じゃ、おやすみっ」
「ちょ、タイガくん……それじゃ話す意味ないんだけど……もしもーし!」
「グガアァァァァァァ……」
「寝るの早!」
何なら寝る時のいびきまでもが怪獣めいていた。
メシアザウルスの周囲を流れ去る風景は既に熱帯雨林へと変貌、タイガと流れを辿って歩いた例の河川も遠くに見える。大冒険は、まだつい昨日のことのようだ。
友愛怪獣メシアザウルス。
この怪獣について調べて分かったのは、結局その正式名称だけだった。メシアザウルスは他の怪獣と異なり何故か学園配布資料に記載されておらず、学内ネットワークでやっと検索にかかったと思えば、名前以外は全て白紙扱いの有様だった。軍や学園に把握されていることは確かだが、極力その情報は公表したくない姿勢も感じられる。怪獣暦はじまりの存在と似た力を持つことも原因かもしれない。
学園自体が置かれる微妙な立ち位置といい、この島の水面下には想像以上に様々な思惑が渦巻いているようだと、マリヤは薄々感じ始めていた。
その時、マリヤの視界に入るジャングルの一番遠くで轟音と共に巨大な土煙が上がり、それを聞いたタイガが隣で光の速さで飛び起きる。
「なんだ、もう着いたのかっ!?」
「メッシー、停まって!」
メシアザウルスが歩みを止めるのと前後して、再び熱帯雨林の一角が破壊され凄まじい絶叫がタイガたちのところまで届く。しかも何やら聞き覚えのある声だ。
「タイガくん、力を貸してほしいってアレのこと? 何が起きてるの!?」
「行けば分かるよ、父ちゃん急げ!」
メシアザウルスが雄たけびと共に進撃を再開する。広大な緑の樹林帯を掻き分け、突き進む先に待っていたのは――、
「――ブラックエリヤが二体いる!?」
そこで展開していたのは、旅客機サイズの体躯をもつ漆黒の巨鳥二体による壮絶な取っ組み合いだった。一方が爪と嘴で襲い掛かるともう一方が死にもの狂いで回避し、周囲の熱帯植物が巻き添えを食らって次々と引き倒されていく。
ギャギャギャギャギャ……! 巨鳥がまたしても叫び声を上げた。
「片方は、母ちゃんのマザーエリヤだ!」
「つまりこれ、怪獣同士の親子ゲンカってこと!?」
「ああ、だけどこんなの殆んど殺し合いだよ! 今朝からずっとこんな調子で、止めても止めてもこいつら聞かないんだっ!」
確かによく見ると、一方の個体はもう一方の個体よりひと回り体が大きい……。小さいほうが先日キングダビデに敗れた個体なら、大きい方はその母親という訳だ。
ブラックエリヤとマザーエリヤは、茶褐色の火山を背景に抱いてじりじりと睨み合いを続けていた。
「おれ、父ちゃんともケンカなんてしたことなくて、困ってたんだ。それでマリヤなら、何か分かるんじゃないかって思って」
「防衛軍とか保護官の人は!?」
マリヤは真っ先に訊ねた。
「こういう場合、島には大人の専門家が大勢いるハズだけど……」
「呼びに行ったけど、バリアが消えてるから今はそれどころじゃないって言われて」
「……もしかして電磁バリアのこと!? そういえばメッシー、よく当たり前みたく学校入って来られたよね」
「怪獣が逃げたら大変だって、大騒ぎだったんだ。こないだから急に調子が悪くなって、今日はとうとう消えちゃったって。なんでかはよく知らないけど……」
怪獣島周辺の空と海、それに島内の保護区と居住区の境界にはセキュリティ的観点から物理障壁とは別に、防衛軍開発の不可視性電磁バリアが張り巡らされている。
不調ということはシステム自体のバグ、ないし落雷レベルの大出力電磁衝撃波の影響があったのでは……そこまで考えて、マリヤは極めて嫌な可能性に思い至った。
「……それ、ひょっとすると私のせいだね……」
「そうなのか? とにかく、」
タイガは本気で分かっていない様子だった。マリヤひとりのために天候を変えた張本人までもが、ふたりの足元でグオ~と無関係みたいな声を上げている。
「おれ、このまま放ってなんておけないぜ……!」
その時、先日は見なかったアイテムをタイガが身に着けていることに、マリヤは初めて気付いた。メシアザウルスと同じ色をした、半透明で硬い質感の小さなオカリナ。首から提げたそれを、タイガは大事そうに握り締めて遠くの怪獣親子を見つめるのだ。
マリヤもまた、山のふもとで絶叫する二体の巨鳥に目を向け、決意を新たにした。
自分たちが、何とかしなくては!
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