Q for the Queen of ... / 火は、確かに、この胸に
至高天の陵虐は四肢を断することにあるのではない。精巧な義肢は星辰の至るところより集められた彼女たちを卓越れた侍とする。名を奪い、記憶を奪われた侍たちには、満たされない飢えしか残らない。
「師娘、逃げた方がよろしいのでは」
浅黒い肌の、精悍な大男が、大事そうに横抱きに抱えた女性に傘をさしかけながら、そっとささやく。裏路地、雨、夜だ。
「何だ。U、お前も大概心配性だな」
大小の電磁カタナを無言で見せつけながら、強化ケブラー網代笠のなかに、ゴーグルやモノアイを潜めた侍数人が、二人を取り囲んでいる。
「無銭飲食をとがめに来た、という訳ではなさそうだな」
応えず、一斉に、侍たちが帯電抜刀する。踏み込む。
「礼にあらざれば視ること勿れ」
女が言う。カタナが空転する。闇が落ちる。不意に奪われた視界に侍は直ちに聴覚……相互支援心眼機構へ切り替える、が、
「礼にあらざれば聴くこと勿れ」
紅唇から放たれる言葉で今度は、聴覚、のみならず、五感が禁じられた。飛びすさった侍たちは、《信》を同胞へ、
「礼にあらざれば言うこと勿れ」
が、応えるものはない。女の手には黄金の弓がある。引き絞る。添えるのはささやかな変わらぬ誓い。
「吾道一以貫之(ワン・アンド・オンリー・トゥルース)」
再び雨音があたりを圧し、女はおもむろに男の腕から降りた。
視線の先には、ひとりの侍が素顔をさらして横たわり、雨に打たれている。傍らに投げ捨てられているカタナは折れている。短い黒髪で、顔つきは意外に幼い。息は荒く、侍特有の四肢の義肢との接合面ではショートした火花が散っている。首には、古びたロケットが掛かっている。刻まれた文字は、「回(フォーチュン)」
それを、豪華飛行船の屋根から見下ろしている女が二人。狐面の女が愉しげにもう一人に言う。
「死にかけの稚魚が宿無しと出会った。極天に飛ぶ日は来るかな」
「知らないよ。知らないかどうかすら知るもんか」
【続く】
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