フェアウェル・ファーザー、ネヴァーモア

 父さんが人食いだと私が気がついた頃、すでに父さんは弱りきって寝てばかりの状態だった。父さんは沢山の人を殺して食べてしまう悪い化け物だったから、何故誰も育てようとせず捨てられた赤ん坊の私を、食べずに育てようと思ったのかは分からない。

 父さんは私をとても愛してくれたけれど、それでも人肉への飢えは忘れることができなかったから、私を食べないようにひどく苦しんで自制しなければならなかった。その苦しみのためにどんどん弱っていって、食べ物を手に入れることもできないようになってしまった。

 父さんは私を本当に愛してくれていたけれど、それは人間を愛するようになったり、人間の倫理を身に着けたというわけではなかったから、私を食べないように苦しんで自制しながら、まだ外に出ていく元気のあるときには、毎日のように何処かで殺してきた人の肉を食べていた。

 父さんに人間の倫理は分からなかったけれど、私が人肉を食べるのはいやがるだろうということは分かっていたようで、それに、やはり私に自分が人食いの化け物だとは知られたくなかったらしく、私に人肉をすすめることはなかった。ただ、一度も私が知らずに口にしたことがないとは自信が持てないのは確かだった。

 父さんが弱って食べ物を手に入れることができなくってから、私は自分で食べ物を手に入れようとしたけれど、まだ子供で、それはあまり成功せず、ずっと私は飢えていた。父さんはそれをかなしそうに見ていたけれど、ある日とうとう、このままでは私が死んでしまうと思って、力を振り絞って、出ていって、いちばん近所に住んでいる人間を殺して。食べさせてあげるよと言った。

 私はその夜、明日になったら殺されてしまう友だちと、父さんの愛情のことを思って、涙を流しながら、もうやめにしなければと思った。

 朝、父さんがまだ起きる前に、私は寝ている父さんを見下ろしていた。

(アイヌの民話「人食いじいさんと私」を種本として)  
 

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