The Vortex Sign / 多弦渦動境界

流謫とは今や時への放逐だ。航時機械など不要。自力でゲートをくぐる能力のない船を星もまばらな空隙に転移させれば、相対性理論が始末をつけてくれる。宇宙は途方もなく、「スカスカ」だ。

だが人類は人道を忘れない。流謫を慰める閉じた仮想空間を与え、放逐者に終わらない煉獄の夢に溺れることを許した。



森が開け、空がのぞく。巡る月の六つの欠片。木々は欠けているが、ここは岩場でも泉でもない。精巧な杯に気がつく。魔法の残り香を、不意の風が拭い去る。満たすのは溶けた星の光。

だが、その杯を飲むことは出来ない。たどり着くことすら出来ない。すでに三肢がないからだ。欠損から命が流れ出す。問う。見た。それでよしとはできないか。答えは自動的だった。ふざけるな。

永遠が過ぎ、須臾が過ぎた。時は無限に延伸し、あるいは存在しなかった。ただ、残された一肢で、無様に這いずった。荒い息が星の雨を乱し、天は極星を中心に巡る。何度目かの永遠の果て、一肢の先の指先が、杯に届く

カチリ、と、杯は、三軸のこの時空連続体ではありえない方向に裏返った。溶けた星の光はこぼれることなく蜘蛛の糸に変わった。ほどかれた私の存在が星の恐ろしい糸に綯い合わされていった。甘美な崩落感と耳鳴り。

ログアウトは激しい嘔吐を引き起こした。狭いコフィンをのたうち回る。警報が鳴っていた。

苦痛はやまず、意識ははっきりしない。壁に亀裂があき、気密が喪われ、黒い、ネバネバしたものが「外」から入ってくるのを感じた。

激しい飢えが、怒りにも似た渇望が沸き起こった。

燃える目を昏き塵、忌まわしい汚れた群体、名を知る由もない邪神の一端たる古き存在に私の体は飛びかかった。

歯を突き立て、抵抗する肉を裂き、咀嚼する。理解があった。これは終わりではない。この宇宙の膨大な真空を満たす無数のこの呪われた存在たちこそ、私の飢えの真正の対象なのだと。

私の顔には微笑みが浮かべられていた。

【続く】

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