死んだ男とラッキースター (「らくだ」) 1

 管理AIが死んで以来、事象監視ネットワークに無為に流れる通報や警報や悲鳴を盗聴するのは我々の密かな愉しみだった。機械は感傷的なのだ。
 管理AIの神の如き保護を買って出ることなど思いもよらない。死に行くこの世界の崩壊を押し留めるような使命感は我々にはプログラミングされてなどいない。所詮力及ばぬことだ。
 「ネルガルが死んだぞ」
 メッセージは簡潔なものだった。通常のコロニーなら、これで尊厳ある一連の手順が遅滞なく起動したことだろう。
 だが、ここではそうではない。
 我々はこのメッセージに注意を払った。
 
 続いて蜂の巣のように管理ネットワークを情報の暴風が吹き荒れた。辺縁での爆発とそれに続く崩壊。警報、機能停止報告、救援要請。もちろん、忠実な末端たちのこうした請願を聞き届けるものはもはやいない。戦闘だろうか?

 座標は最初の通信の近傍。我々はその場に顕現することにした。「そのときはいい考えだと思ったのだ」のちに我々は考える。まるで、どこかで聞いた、たちの悪いジョークのようだ、と。

 朦々とした煙が広々とした丘陵を覆っている。このあたりはとりわけ人口が少ない。都市であった名残は、かろうじて地面からのぞく構造物に残っているだけだ。
 我々の端末の多脚は視界の悪さや地面の走行性の悪さを問題にしない。熱源と騒音を検知して、我々は手近な丘に寄りたかった。
 戦闘の一方は高熱源の一人、他方は、金属製の武器を持った二十人前後、恐らくこちらが「地元」の住人たちだろう。恥ずかしい話だが、我々の世界はすでに、高度な熱源を発する武器を生産する工業力はない。
 煙が不意に晴れた。
 黒髪の女が、身長より長い砲身の狙いを眼下の敵に向けたまま、凝然としていた。袖口から覗く右手は義手だ。口元にはやたらに細長い紙巻きタバコがくわえられ、先端から煙が立ち上っている。裾の長いコートが風になぶられている。眼鏡をかけた不機嫌そうに細められた目は鷹のように鋭い。
 襲撃者たちは半数が倒れていた。すかさずまだ残っている彼らが反撃するかと思われたが、そのうちの一人が我々に気がついた。

「ガベッジ・コレクター!」

 遺憾ながら彼らは我々をこう呼ぶ。恐怖をあらわにして、彼らはいつものように我々から逃げ出した。我々は生体に危害を加えることなど(滅多に)ないのだが。
 当然、彼女の反応は異なるものだった。
 片目で我々の方を見やると、かなりのあいだ、そのままの姿勢で警戒し、それからようやく、砲身をこちらに向け、言った。

「で、どいつが親玉だ」

 彼女の目には、我々の無数の姿が映っていたのだから、それは当然の問いだったろう。だが、彼女のやってきた、いまだ崩壊前の文明の水準の常識では、我々のようなハイブ=マインドの存在は珍しくもないのだから、それはむしろ一種の諧謔だったのかもしれない。彼女の黒い瞳に映っていたのは、我々の無数の鋼鉄の蜘蛛の群れのような姿だった。

 「我々は等価です。ご用向をお聞きしても?」
 「何だ、お前、ここの管理AIか」
 「管理AIは死にました。我々は廃棄物・循環・再生サブシステムです。業務が停滞して久しいことは認めざるを得ませんが」
 「くそ。饒舌な機械知性か。良くないな。なんだ、ここは、もう、終わりか」
 「終焉を定義してください」
 いかにもAIがいいそうな台詞だ。
 彼女は、なにか聞くに堪えない罵声を口の中で発した。我々は礼儀正しく無視した。
 「死にゆく我らの星にご来訪ありがとうございます。歓迎の術とてありませんが、お役に立てるようなら、なんなりとお申し付けください」
 彼女は嫌な顔をした。
 「物見高いことだ」
 「ミスタ・ネルガルが死んだとお聞きしましたが」
 「……戦争以来行方を探していてな。やっと探り当てて来てみたら死んでやがった。それも死んだばかり、ほかほかの死にたてと来た。とりあえず通報して十字でも切って立ち去ろうとしたら、さっきの連中だ。こっちが知りたい。なんなんだ」
 通報の時点からすでに調査は着手していた。ネルガル・ブランケットは近隣の鼻つまみものだったようだ。だが、すこしおかしな点があった。
 「では、埋葬をお手伝いしましょう。その前に」
 「何だ?」
 「お名前をお伺いしても?」
 「リリーだ。吹っ飛ばしのリリー。お前は?」
 「?」
 「名前だよ」
 「……ああ。意表を突かれました。何とでも。ガベッジ・コレクターと彼らは呼ぶようですが」
 「長い。ガービーでいいな」
 「アズ・ユー・ウィッシュ。ミス・リリー」
 「本当にしゃらくさいな、お前」

続く
 

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