死んだ男とラッキースター(「らくだ」) 2

https://note.com/repunkuratuy/n/n22f7b48113f8

 戦争がすべてを変えたなどとは口が裂けても言うまい。
 俺は一度も足を踏み入れたこともない場所で、聞いたこともない奴らと知りもしない奴らの殺し合いに、軽率にも好んで足を踏み入れたのだから。
 だが、もともと乏しかった人間味というやつが削れ切り、岩の中の像のように、俺という人間の真価……つまり何者でもない空虚が露出した、ということは言っても構わないだろう。
 余分を削ぎ落とした結果、何も残らなかったというわけだ。
 ブラボオ!
 戦場で、冷血で、残酷で、利己的な、怪物が誕生したというのなら、それはある意味で、祝福にも値するだろう。ともかくも、そいつは何者かだ。心の正しい誰かが、何かうまい取引を持ちかければ、利害の一致の結果として、この世にマシな効果をもたらすこともあるだろう。何者かである、とはそういうことだ。
 だが、この、血色の悪く、手慣れた武器なしではいっそ体格の大きいだけのそこらの馬鹿にも勝てず、殺人にためらいのないだけが「取り柄」の、人に求められるものの何一つない、川岸にかろうじてへばりついて流されるのを免れているような男が、ここで、いったい何をしているのだろう。
 ここで?
 何処かで?
 他の何処で?
 違いはない。
 ゼロだ。
 ネルガル・ブランケットに価値はない。


 この星もまた、俺に似つかわしく、うまくいかなくなって久しい。誰も記憶していないほど遠い昔、この星は、人工的に造られたという話だ。地球空洞説のパロディ、もしくは、ある種の天球儀のような構造は、たしかに天然ではありえない。
 中心に小太陽、その周りに、地球よりは少し大きい半径の、無数の「帯」がめぐらされていて、それらが集まって、球形の籠のようになっている。
 壮麗な、人の手になる芸術品、そう言ってもいいだろう。
 うまくいってさえいれば。

 何百年も、生産はすべて機械たちがやっている。機械たちはよろこんで技術を教えようとしてくれるが、必要のない知識を誰が欲しがるだろう。

 10年前のある日、突然、管理AIが死んだ。ほかの存在、機械なり人間なりが、その権限を奪取することはできなかった。例えて言えば、パスワードなり、なにかそれに類したものがロストしたのだろう。以来、ここには法がない。すべてがちぐはくで、機械たちは自律的に権限を再編成することが、どうやら根本的に不可能なようにつくられているらしい。権限を与える権限が誰にもない。機械たちには融通というものが存在せず、総会のようなものを開いて、法を根本的に作り直すということができない。法の手続き的な継続性の要請は絶対であり、人間のように全員が納得すればなんとかなるという事はない。

 そんな状態でも、去ることも、そして、(愚かにも)ここにやってくることにも、たいした支障はない。だから、いまここにいる連中は例外なく、屑か、阿呆だ。

 そのことだけは保証してやれる。

 続く


 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?