株式市場の岐路

日本の株式市場(ここでは東京証券取引所)は、2024年9月に公表された証券業協会のデータによれば1500万人を超えたらしい。しかも過去10年ほど増加トレンドがほぼ継続できており、株式市場は活気づいていると言える。日本の株式市場には、合計で今や1000兆円ほどの値段がついている。下記と比較してもいかに巨大な影響力を持つか分かる。
【日本の経済指標】
・日本のGDP:約600兆円(2023年)
・日本の銀行の貸出金総額:約600兆円(2024年6月末)
・日本の株式市場:約1000兆円(2024年3月末)

個人株主の動向について | 日本証券業協会 (jsda.or.jp)
日本の去年1年間の名目GDP ドイツに抜かれ世界4位に後退 | NHK | GDP
統計別検索 (boj.or.jp)

金融業界に「メインバンク制度」という慣行があることや、財閥の中核企業に必ず銀行があることから、これまで銀行による資金の融通がとても重要視されてきたように思う。
しかしIT革命以後の多くの事業の新陳代謝の加速、資金調達段階での先行きの不透明さ上昇は、否応なく株式市場の重要性を銀行と同等かそれ以上に高めていくことだろう。周知のように、銀行による貸出しは、原則として収益性の見通せる事業でなければ行われない(見通せなくなると引き上げようとするので、「雨が降ると傘をとりあげる」とも評される)。これは銀行の得られるリターンが金利によって固定されており、なるべくリスクを避けることにインセンティブが働くことの帰結だ。対して、株式を通じた資金調達では不透明な事業が大きな成長を成し遂げれば資金の出し手(株主)も大きなリターンを得る構図になっているので、不透明な事業には銀行貸出ではなく株式と引き換えでの資金供給が一般的なのである。

当然、巨額の資金を集めて大きな工場を作れば、或いは多くの店舗・商業施設を作れば、かなりの確度で収益が見込める世界というのも物理的な領域では残るだろうから、そういった世界では株式より割安での資金調達をさせてくれる銀行業界の活躍が続く。
しかしGDPに占める、研究開発の色合いの濃い産業(情報通信、バイオテクノロジー、等々)の成長やスタートアップエコシステムの拡大は、「株式による資金調達の世界」の拡大を示唆していると言えるだろう。GDPの比率では見えてこないが、旧来の大企業であっても、研究開発の色合いの濃い事業を新たに未来の柱とすべく成長させようとする動きは確実にあるはずで(探索活動と言われる。「両利きの経営」などで着目されたが昔から先見性のある経営者は行っていた)、借入金でその資金をまかなおうとは思わないだろう。社会に銀行借入のマッチしない資金需要が増えていることはほぼ確実だと思う。

不確実性が増加する実業界のトレンドにあわせて、金融業界も進化していくという社会の仕組みの変動が順当に進めば何が起こるか。
・銀行預金の金利が上がらない一方、株式・投資信託への家計の呼び込みに向けて手続きの簡素化や利益の還元を政府と民間ともに行い、家計のお金の持ち方が変わる
・ベンチャーキャピタルやPEファンドからの資金供給により挑戦的な事業の活動が活発化するので、そうしたファンドの投資金額が年々増える

ところが、このような動きは政治の仕組みによっては必ずしも順当にいかない。コロンビア大学のダロンアセモグル教授の著作「国家はなぜ衰退するのか」は社会の経済成長の論理を歴史上の国家の分析を通じて検討した名著であるが、そこでは政治の在り方が勤勉やイノベーションに対するモチベーションをどれだけ引き出せるかの制約になり得ることが記載されている。(例えば、政権にある者にとって不利に働くような個別の事案で、公平な法秩序、財産の保護、特許権の保護をどれだけ守るかは、政治の在り方が決める)

既存の社会階級の序列・秩序を守ろうとした国家は、新たな挑戦を求める層の経済活動を度々妨げてきた。新興勢力の成功は、それがたとえ社会全体の豊かさとって良いことであろうとも、既存権力には不都合をもたらすからである。これは権力の習性とでも言って良い。国民は常々気を付けて見ていなければいけないと思う。
・ロシア帝国やハプスブルク帝国は鉄道の敷設を拒み、工業の発展による社会の新たな階層の成長を阻んだ。
・徳川幕府は新規製造物禁止令を出し、既存事業者の失業による社会不安を拒んだ。
・中世イギリスのエリザベス一世など国王は編み物の機械普及を止めた。
・中世のヴェネツィア、中国、徳川幕府など多くの君主が、国民による自由な貿易を制限し、国の許可制にした。
・今も世界には、スタートアップの成功者に対する反発が存在する

もちろん独占により市場の公平性を損なうような事業者への制約は自由経済のルールから導かれるが、法の平等な行使によらず、既存の権力層の圧力で事業者が制約を受けることは社会の成長のためにあってはならないことだ。

以上の検討をふまえて今の日本の株式市場をみるならば、私は岐路に立っていると思う。権力層は、財政負担の圧力を受けて悩んでいる。マグナカルタ制定前夜のイギリス国王やフランス革命前夜のフランス国王など、昔の欧州の国王が戦費調達に悩んだのとは事情が異なり、社会保障を思う存分つけていたら圧力がかかったのが理由だが、要するに悩んでいる。
こんな時期には、貿易を独占したり、専売制を敷いたりと、既存権力による資金獲得施策へのインセンティブが高まるものである。
経済活動のエンジンである諸々の制度、自由な活動は果たして守られるだろうか?困難な財政状況の中で財産権や経済活動の自由が実質的にも守られ、産業界の変化に日本の社会制度が対応することは出来るのだろうか?
これらについて、レポートバンクでも引き続き注視していきたいと思う。

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