配水管のネットワークが繋がるまで
国内ニュース:昼食/ファイター(下井草)
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1 昼食
2019年3月 自宅でニュース番組を見る
『26日正午すぎ、保育士が自室で刺殺される事件が発生した。ベランダから侵入した男にいきなり襲われたとみられ、被害者はベランダ近くでコートを着た状態で血を流し倒れていた。室内には帰宅途中に購入したカレーが食べかけで残っていた。』
アナウンサーが読み上げる原稿の内容に合わせてココイチの自動ドアが開き、退出する人々の下半身が映る。
そのワンシーンから、“ 最後の晩餐がココイチ ” というワードが頭から離れなくなってしまった。
昔はリーズナブルな価格だったけど今は高価なものという勝手な認識がココイチにはあり、あのカレーにありつく機会は滅多になかった。が、それでも各地のココイチの前を通るたび、CMが流れるたびに “ 最後の晩餐がココイチ ” が頭に浮かんだ。
この頑固なキーワードを精算しようと、事件から5ヶ月後、東京に出向いた際に、現場のココイチを訪ねた次第である。
犯人は被害者と同じ職場の男だった。
彼はテレビやネット上で「新型ストーカー」と名付けられた。
付き纏いなどの予兆がなく、ある日いきなり想いの丈が爆発して犯行に及ぶタイプ。相手に好意を見せたりできないほど自分に自信がない人物。それだけ予兆が見えにくく、防ぐことが難しい犯行だったという。(精神科医コメント)
【ふたりの職場から事件現場まで、徒歩30分のアーカイブ】
職場の園の向かい。配水本管を新設する工事現場の壁を使って年長さんの展覧会が行われる。
園を出て突き当たりを右に曲がる。例のココイチ。
ゴミ屋敷に遭遇。空き缶と布団のカーテンで中は見えない。
17時。夕焼け小焼けが流れ出す。
信号待ち。公園で遊ぶ親子がかわいい。
喪服のご婦人としばらく一緒に歩く。
現場付近ですれ違う。しばらく撮影を控える。
現場到着。フェンスに落し物が丁寧に巻かれている。
【ネットで湧き上がる疑問の声】
「コートのままカレー食べてたの?」
「すぐに園に戻らなきゃならなくて、
脱ぎ着する時間も惜しかったのだろう 」
「カレーを食べたのは犯人?」
「だったら怖いな」
「カレーを食べたのは誰?」
彼女の最後の昼食が本当にココイチだったのか、誰にもわからない。
2 ファイター、礼の意識
20世紀初頭。ドイツではサッカーに代わる女性向けの球技が模索されており「男性にも女性にもできる球技」としてハンドボールが生まれた。ヨーロッパ留学をしていた東京師範学校の大谷は、ドイツで女性が盛んに活動していたハンドボールに衝撃を受け、女性や児童向けの体育教材として日本にアピールしている。
被害者は昔、ハンドボール部に所属していた。
全国大会にも出場している強豪校のプレイヤーだ。自身の身体能力だけでなく周りを支えようとする姿勢にも定評があった。
職場の乳児院では主任を任されるほど責任感が強く、明るく真面目なリーダー的存在だったと同僚は言う。
話は逸れるが私は昔放送部だった。
京都でハンドボールの全国大会があってハンドボール部の顧問から開会式の司会進行を頼まれた。自分の通っていた高校も同じくハンドボールの強豪校だった。
全国から勝ち上がった本気の目を前に緊張で震えが止まらず、うわずった声で都道府県代表の高校名を読み上げる。
よく通る声で返事をして、二人の選手が立ち上がってこちらに向かって礼をした。
日本列島の最北端。一番初めに読み上げた高校こそが彼女の母校で、礼をしたのは彼女の後輩だった。
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一方加害者は中学時代、剣道部に所属していた。
『剣道の理念』たるものがある。剣道部だった弟が昇段審査前に唐突に語ってきた。
全日本剣道連盟の松本敏夫を筆頭に制定されたものが、以下の概要である。
「剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である」
剣道は対人競技であり、闘争本能をむき出しにしてしまう場合がある。こうした闘争本能を人間として統御するところに、剣道における礼の意識がある。
剣道には必ず相手がいなければ成り立たない。相手を尊重し、自分がもし打たれたとしても、自分の足りないところ、隙のあるところを打って教えて貰ったと考え感謝する。
学生時代、加害者はひょうきんで明るい性格だったと当時の同級生は言う。
彼のFacebookは5年くらい更新されておらず、SNSでは「赤ちゃんがかわいい」とたびたび投稿していた。
普段から日常生活がままならない様子で、自宅の部屋はゴミ屋敷状態だった。最近近所では奇声を発するなどして、不審な行為が目立ったという。
ネット上では過酷な職業が彼を変えてしまったのではという声もあった。
ふたりが働く乳児院には様々な境遇の子どもたちが集まる。
働く彼女と彼を想像する。24時間体制で子どもたちを守る。辛いけど、子どもたちがとてもかわいいから、頑張れると。
女性としてではなく、同じ「戦う人」としての礼の意識が彼にはあっただろうか。と、勝手なことを思う。
3 配水管のネットワーク
ふたりが勤める園の地下9670mには、現在配水管のネットワークが築かれている。
東京都水道局ではやがて訪れるかもしれない災害に備え、災害時の安全給水を目指して上井草給水所からの配水区域拡張と配水管のネットワーク化を行なっている。
下石神井1丁目から井草3丁目まで600m。
園の真下には内径800㎜の新設菅と内径600㎜の新設管の両押込口が出来る。この地は地元の人々を守るため、重要な役割を担う。
配水管は平成30年 6月22日から着工し、令和2年 6月 9日に完成が予定されている。
この2つの配水管が繋がる間に起こった事件によせて、作成した作品について。
2020年1月22日
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